第34話 再起編(六)障害

文字数 1,349文字

 十日間大学病院に入院し、痙攣(けいれん)はおさまったが体が重く歩行困難な症状は治らなかった。

 医師からはアルコール依存症と診断された。もともと寝酒の習慣があったことに加え、母親の介護期間中に重度のストレスから、適量以上の飲酒をしていたことが原因であると告げられた。それでも、医師の診断に疑問をもっていた達也は、医学書を読みあさってアルコール依存症について調べた。その結果、アルコール依存症で歩行障害を発症する場合、小脳が委縮しているということが判明したのである。そこで、他の大学病院の脳神経内科で精密検査を受けたのだが、脳には異常がないと言われたのであった。

 確かに母親の介護期間中に、ストレス発散のため適量以上の飲酒をしていたが、歩行障害になるほどの飲酒はしていなかった。他に考えられることは、十年前から精神安定剤と睡眠薬を飲み続けていたので、薬の副作用で神経系統に支障をきたしたことも考えられた。

 精神安定剤と睡眠薬にアルコール、さらには風邪をひいてないにもかかわらず、風邪薬や鎮痛剤を服用していたので神経もおかしくなるだろうと達也は思った。再度神経内科の専門医に診察してもらったがはっきりした原因はわからなかった。神経系統の疾患(しっかん)については、現代医学をもってしても未知な領域が多いらしいのである。ただ確かなことは、どの医師からも「元の体には戻れない」と言われていたのであった。

 それでも、禁酒をはじめてから半年経った頃になると、少し体が軽くなって散歩程度なら出来るようになったため、就職活動を再開することにした。年齢的に、一日でも無駄にしたくないのに、歩行障害を発症していたため一年間就職活動が出来なかった。体調は万全ではなかったが、すぐにでも職を探さなければならない。

 ところが、思わぬ出来事がまた達也の期待を阻みはじめた。新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)による雇用情勢の悪化。達也が最も恐れていた不況が現実に起こってしまったのである。

 相次ぐ企業の倒産、八万人にもおよぶ雇用者の雇止め、大企業は社員の早期退職を募りはじめた。ハローワークで求人検索すると、以前は一日五十社以上あった求人が二十社以内に減っていた。企業に応募すると、以前の三倍の求職者が殺到し、しかも増加した求職者のほとんどは三十代から四十代の女性であった。事務職を希望する五十代の達也にとって、就職は絶望的になってしまった。

 達也は自暴自棄(じぼうじき)になってアパートに引き籠もってまた酒を飲みはじめた。昼は情報番組とユーチューブを見て過ごし、夕方になるとコンビニに行って一日一食の弁当と酒とつまみを買って来て、深夜までテレビを見ながら酒を飲み続けた。

肝心(かんじん)な時になるとどうしていつも……。悪運も遺伝するのか」と、やけになっていたのだが、

―こんな生活を続けていては廃人になって孤独死するだけだ。生活環境だけでも一年前の自分に戻ろう―

 コロナ禍のなか、大学図書館が開放されると、達也はまた図書館通いをはじめた。新型コロナウイルスの影響で、大学構内はまるで廃墟(はいきょ)のように閑散(かんさん)としていた。図書館通いを続けているうちに、生活環境は徐々に回復して以前の状態に戻った。それでも、就職は到底出来そうになかった。ある程度歩けるようになったが倉庫作業も出来る状態ではなかった。
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登場人物紹介

中山達也



 主人公。難関大学を卒業して大手の通信会社に入社し不自由のない生活を送っていたが、父親の自殺を契機に中山家が自殺の家系であることを知り戦慄する。それでも懸命に生きようとするが、入社6年目に配属してきた課長の椎野吉美から執拗な人事のパワハラを受け会社を退職する。椎野のパワハラによって達也の人生は転落の一途をたどる。

椎野吉美



 達也の直属の課長。達也に対して執拗な人事のパワハラを行い退職に追いやった卑劣な人物。趣味はマラソンで若い頃は実業団駅伝の代表選手として活躍していた。一見人柄が良さそうに見えるが陰険きわまりなく新人の女性社員に対してセクハラ行為も行っていた。

達也の父親



 内向的で厳格な性格。幼い頃から成績の悪い達也を侮蔑していた。達也が25歳に時に謎の死を遂げる。

達也の母親



 中学を卒業後兄弟と一緒に富山から上京した。中山家に嫁いだことにより不運な人生を送る。

達也の姉



 父親が自殺したことがきっかけになって新興宗教に入信し自己本位の人格に変貌する。

英子叔母



 達也の母親の実姉。達也の唯一の理解者で、母親が認知症を発症した後ひとりで介護をしている達也に対して経済的援助を行う。

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