第22話 家族編(九)受理

文字数 1,093文字

 生活課の相談室でケアマネージャーと二人で待っていると、部屋に入って来たのはこれまでの中年女性ではなく係長らしい男性であった。額と目尻には無数の皺が刻まれている、いかにも人柄のよい壮年である。男性の相談員は、あらかじめ達也の実情について中年女性の相談員から聞いていたのか、改めて達也から説明することはなかった。ひとをみくだすような話し方をしていた中年女性とは違い、親身に相談にのってくれた。

 ケアマネージャーは、ひとりで介護することがどんなに過酷なものなのか、働く時間はまったくないことについて係長らしい男性に説明していた。

「それでは検討することにしましょう」

 と男性の相談員は言った。民生委員を連れて相談しに行くと、生活保護を受けやすいという話は聞いたことがあったが、一人で相談しに行くのとは随分違うものだ。

「三日後に、ケースワーカーが中山さんのアパートに伺って面談をします。その後生活保護が受理されるかどうかが決定します」

 係長らしい相談員は、担当のケースワーカーを達也に紹介した。まだ若い、区役所に採用されたばかりのように見える女性のケースワーカーだった。


 三日後、担当のケースワーカーとその上司が達也のアパートを訪れた。質問されたことは、今までどのような生活をしていたのか、どの大学を卒業したのか、就職した会社ではどんな仕事をしていたのかなど、おもに達也自身のこれまでの経緯であった。なかには他人に知られたくない内容の質問も含まれていた。達也の家族についての話題になった時、ケースワーカーの上司が、「お父さまは早く亡くなられたようですが、いつ亡くなられたのですか」と聞いてきたので、「私が二十四歳の時です」と答えると、その上司は、「死因は何ですか」と言ってくるのである。普段、達也は父の死因を聞かれた時、「病気で死にました」と答えていた。するとたいがいどのような病気か聞いてくるため、達也はあらかじめ返す言葉を用意していた。「脳の病気です」と答えていたのである。そのように言えば、相手は脳梗塞(のうこうそく)か脳出血だと勝手に解釈して、それ以上深く追究してこなくなる。脳が感情を司っているととらえれば、あながち間違った回答ではないはずだ。今回も脳の病気でのりきろうと思っていたが、達也は一瞬(いっしゅん)逡巡(しゅんじゅん)した。担当者の同情を買うことも、受理されることに有利に運ぶだろうととっさに思ったからである。

「自殺しました」

 達也が正直に答えると、二人とも憐憫(れんびん)の眼差しを向けて黙していた。一通り質問がおわると、部屋の間取(まど)りを調べて帰って行った。

 一週間後、生活課から連絡があり、生活保護が受理(じゅり)されたことを告げられた。
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