第1話

文字数 1,262文字

 いつからだろう。
 ぼくは満月になると、月にへばりついて地球を眺める。
 ひょいっと月まで跳んで、ぺたっと張りつく。
 ぼくにこんなにジャンプ力があるなんて、ぼくも知らなかった。

 そして、おとなりさんを覗く。
 覗くと言っても、誤解しないで。
 ぼくに見えるのは色だけなんだ。
 世界を形づくるものは見える。
 でも、人の営みについては色だけが見えるんだ。
 赤や青や、ピンクや緑や黄色、白、紫……鮮やかな色、淡い色……。
 光の(カタマリ)のような色が、人の営みのあるところに見える。

 色が見えることで、ぼくはお医者さんみたいに病を予見したり治療したりできるんじゃないかと期待した。

 でもちがうんだ。
 ただ見えるだけ。そして、どれが良いとか悪いとか、そんなことはわからない。優劣もなにもわからない。ただ、見えるだけなんだ。
 人の感情か、健康状態か、なんの色が見えてるのかな。

 ぼくが月へ跳ぶのは満月の夜だけだから、あとの日はなにをすればいいんだろうと思いながら、なにをするでもなく過ごしてた。

 ある夜、それまで覗いていたおとなりさんの部屋だけじゃなく、もっともっとたくさんの人の営みの色が見えた。

 おとなりさんって、どうやらもっと広い範囲のことだったみたい。

 そしてそのうち、地球の全部が見えるようになった。そりゃそうだよね。月から見ればみんなおとなりさん。地球を分け隔てる壁なんてどこにもなかった。空気も時間も、分けることはできない。

 そんなふうにたくさんの色を眺めるようになると、だんだん頭がいっぱいになってきた。
 だから、ぼくは絵を描いた。
 ぼくが見たたくさんの色を大きなキャンバスに描いた。

 そしてできた絵を、街角の大きな広場に飾った。
 もしかしたらぼくには絵の才能があって、賞を取ったりするんじゃないか。みんながぼくの絵を見て感動したり元気になったりするんじゃないか。ぼくはそんなふうに期待した。

 でもそうじゃなかったみたい。
 誰もぼくの絵の前で立ち止まらないし、ぼくの絵が賞賛されることもなかった。
 でも邪魔にもされなかった。
 街角にぼくの絵はあった。

 しばらくすると風化するみたいに絵は小さくなっていった。

 もうすぐなくなる、と思った頃、ぼくはまた絵を描いた。絵はとても大きいから描くのに時間がかかった。
 だから、満月の夜は月にへばりついて、それ以外の日は絵を描くというのがぼくのサイクルになった。

 たまには眺めるのも描くのもいやになって自転車に乗った。ぐんぐん自転車をこいで海まで行った。だから、ぼくを海で見かけたらそれがぼくの休日。浜辺を歩いたり、たまには泳いだり。パラソルで影を作って本を読んだり。
 海のそばでのんびり過ごして、ぼくの心はすっきり空っぽになっていく。

 今日は満月だから月に跳ぶ。
 地球から、月にへばりついてるぼくは見えるかな。
 ぼくからは君が見えるよ。
 君の色が、ぼくには見える。
 それをまた絵にする。
 誰の目にも止まらない、そんな絵だけど、ぼくは描くんだ。

 これがぼくの生活。

 ぼくの名前は月男ーtsukioー


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