オママゴト

文字数 1,189文字

「じゃあ、またそのうち」とヒロが帰って行った。俺も駐車場から車を出した。国道に街灯がともりはじめていた。
 ヒロたちとは会おうと思えばいつでも会える。オリには二度と会えない。そう思うと寂しさがこみあげてきた。
 実家の灯りが見える。親には何年も会ってなかった。今日の葬式にも来なかった。来るはずがない。そういう人たちだ。
 実家の脇を通りすぎ、公民館の庭に車を入れた。ヘッドライトに古ぼけた建物が浮かんだ。
 子どものころオリたちとよくここで遊んだ。
 コンクリートのホールと炊事場があって、広い和室があった。卓球をやったり、宿題をやったり、庭で缶けりをしたり。中学生は大人に見つかるとまずいこともしていた。
 オリたちと遊ぶようになるずっと前から俺は公民館に来ていた。家がとなりというのもあったが、公民館にいれば親から離れていられた。
 ちびのころは小中学生の兄ちゃんたちにからかわれたり泣かされたりしながら、俺はいろんな遊びをおぼえた。たのしくてたのしくてしかたなかった。
 お姉ちゃんたちも来た。俺を見つけると「イサ、おいで」と呼んでくれた。おままごとの赤ちゃん役だ。俺はバブバブとか言って役になりきった。
「まあ、いい子ね」とお姉ちゃんたちは頭をなでなでしてくれた。俺はうれしくなってンマンマとママのおっぱいに手を伸ばす。たいていは「調子に乗んな!」と頭をひっぱたかれる。そしてお姉ちゃんたちは優しいママにもどった。

 そんなお姉ちゃんたちのなかに一人だけちがう、ふんわりしたお姉ちゃんがいた。リンちゃんだ。
 ほんの少しさわらせてくれてから、俺の手を外す。俺はうっとりとしてリンちゃんにだっこされていた。
「イサはいい子だね」
「うん」
「おなかすいてない?」
「うん」
「ねむい?」
「うん」
「イサはかわいいね」
「うん」
 リンちゃんは、ほかのお姉ちゃんたちとは遊ばなかったし、ときどきしか公民館に来なかった。けど、俺が泣いているときはかならずいてくれた。庭のはしっこのお地蔵さんのところに連れて行って、だっこしてくれた。
「どうしたの、イサ」
「うん」
「しかられたの」
「うん」
「いじわるされたの」
「うん」
「かなしいの」
「うん」
 リンちゃんはいい匂いがして、あったかくて、やさしかった。ほんとうのママになってほしかった。
「起きな、イサ」
「うん」
 目を開けると真っ暗になっていることがあった。みんないなくなっていた。俺とリンちゃんだけがお地蔵さんの裏に、押入れの中に、残っていた。

 小学校にあがると俺はオリたちとここで遊ぶようになった。缶けりをしたり、鬼ごっこをしたり、秘密基地をつくったり。オリたちと遊ぶのがたのしくて、俺はリンちゃんが来なくなっていたことにも気づかないでいた。
 ヘッドライトのすみにお地蔵さんが立っていた。
「リンちゃん」
 答える声はなかった。
 俺は寂しいんだよ、リンちゃん。
「リンちゃん」
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