オリ

文字数 1,119文字

 小学四年の夏、一時間四人で百円だった。二百円とは言えなかった。言っちゃいけないと思った。
 畑の草むしり。野菜の収穫。ナス、キュウリ、トマト――野菜にはたいていトゲがある。あちこちに赤いすり傷ができた。
 田んぼの草取りもやった。夏の田んぼは暑くてぬるぬるで臭い。ヒルに吸い付かれることもあった。
 養豚場の納屋掃除は楽しかった。モナカアイスの皮が山積みになっていて、大人がいなくなると俺たちは柱を登ってダイブした。山に埋もれてアイスの皮を腹いっぱい食った。こんなしあわせねえよな、と言ってアイスの皮をくわえたまま笑った。
 空き瓶も拾った。きれいに洗って酒屋に持っていくと、一本五円になった。十本でアイスが買える。ためてある家もあった。宝石箱に見えた。見ないようにした。
 朝、八時に集まって、近所の農家でおばちゃんにお願いする。交渉するのは俺の役目だった。
 いちじかん、ひゃくえんで、はたらかせてください。くさむしりでも、なんでもやります――はずかしげに、たどたどしく。
 おじちゃんはだめだ。追い返されるか無視される。
 なんだおめえら、押し売り手伝いに来てカネもらう気か?
 はたらくのは午前中。昼すぎに集まってアイスを買った。
 午後もやろうぜ。ヒロはしょっちゅう言ってた。夕方もアイスが食える。あいつはバカだ。こんな田舎で午後までやったら、すぐに仕事がなくなる。
 この理屈はオリが言い出した。あいつは頭がいい。だけど早死にした。真夜中の交差点で信号無視の車にぶつけられた。二十八だった。
 パチンコで稼いでいたのが、仲間と清掃会社をつくった。理由は、聞いても言わなかった。
「俺が社長だぞ、社長」
 えらそうに言った十日後。仕事の帰りだった。

「頭が割れててよお。脳味噌かき集めんのが大変だったんだよ」
 あんたら友だちかい、と葬式の後で近寄ってきた葬儀屋の社長が顔を真っ赤にして言った。
「俺が回収に行ったんだ。警察から回ってくるんだよ。俺はていねいだからさ」
 オリのおふくろさんたちも皆帰ったあとだった。俺たちは何となく駐車場にいた。カズは先に帰った。仕事があるとかなんとか言って。あいつはいつもサッサといなくなる。
 ヒロはだまってタバコをふかしてた。
「白いんだよ。ウニュウニュすんのがわかんだよ、手袋してたって。ゆるい豆腐だよ。可哀そうだから、田んぼに浮かんでたのも全部集めたよ、俺は。それからな――」
 ヒロが逃げ出した。
 夏の畑にはときどき動物の骨があった。たいていは乾いていた。乾いてないのには蟻がついていた。干からびたミミズもいた。蝉の抜け殻や脱皮した蛇の皮もあった。
 オリはあの夏のことをどう思ってたんだろう。
 聞いとけばよかったな、オリ。
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