土まんじゅう
文字数 2,360文字
前川の土手は桜が散りはじめていた。橋を渡って少し行くとオリんちだ。土手の砂利道はケツが痛い。俺たちの自転車もあちこちサビが浮いてガタがきてる。新品に乗れるまで、あと一年もたせないといけない。
ヒロとカズと、きょうはノブもいっしょだ。オリんちで遊ぶことになっていた。
門口を入って納屋の軒下に自転車を置いた。
――ふざけんな!……てめえ……わるいんだろうが……てめえのせい……!
家のほうから怒鳴り声が聞こえてきた。大人の声じゃない。そしてバスンバスンと布団をたたくような音。
「オリか?」
「兄ちゃんかも」
「どうする」
と言いながらヒロは足音を忍ばせて玄関に向かって歩きだした。
「やめろよ」
カズが小声でとめる。
「だいじょぶだって」
ヒロにつられて俺たちもコソコソと玄関にむかった。その間もバスンバスンバスンと音は続いていた。
玄関のガラス戸は開いていた。のぞきこむ。
テツ兄ちゃんだった。座布団を丸めてこたつに座ってるおばあちゃんを叩きまくっていた。おばあちゃんは背中を丸めて頭を手で押さえいる。二人ともこっちに背を向けて、俺たちには気づいてない。
「お告げだ?おシラさまだ?ざけんじゃねえよ!てめえのせいだろ。てめえのせいでお母ちゃんあんなんなったんだろが!」
バスンバスンバスンバスン!
「てめえがいなくなれ。お母ちゃん返せ。お母ちゃん返せよ、クソパバア!」
バスンバスンバスンバスンバスン!
ものすごい勢いで狂ったように座布団を振り回す。
見ちゃいけないものを見た気がした。
「どうする」
「とめねえと」
「どうやって」
「わかんねえよ」
テツ兄ちゃんは肩で息をしながら、おばあちゃんを叩いてる。
「殺しちゃうんじゃねえか……」
「オリ」
ヒデがぽそっと言った。見ると、こたつの奥の薄暗がりの中にオリがいた。突っ立って、二人を見ていた。
「なにやってんだ、あいつ」
「包丁とか持ってねえだろうな」
ヒロが首を伸ばしてのぞきこむ。
「包丁でどうすんだよ」
「ばあちゃんを刺すとか、兄ちゃんを止めるとか」
バカだけどこういうことには変に頭が回る。
「するはずねえよな……」
「とめねえと!」
俺たちは勝手口に回って口々に呼んだ。
オーリーッ。
座布団の音が止まった。どかどかと足音が奥に消えて行った。オリが出てきた。
「ヨオ」と言う顔が固まっていた。
「ヨオ」返す俺たちもかたい。
「だいじょぶか」
俺は声をかけた。
「おお」
「兄ちゃんどうしたんだ」
「お母ちゃんが入院してから時々ああなる」
「どこ、どこ」
ヒロが割り込む。
「松長病院」
言うこと聞かないと連れてくからな、と俺たちが親におどされる病院だ。
「よけいなこと聞いてんじゃねえよ」
「だってよ……」
と言ったきりヒロもだまった。
気まずい。バカヒロが。
「なあ、お寺行って墓石飛びやろうぜ」
オリが言った。そういうやつだ。俺たちとはちがう。
墓石飛び。久しぶりだ。三年とか四年のときによくやった。
お墓の周りの壁の上を走って、となりの列に飛び移ったり、地面に飛び降りたりする。場所によって簡単だったり、ぜったいに無理だったりだ。
ときどき和尚さんに見つかった。中に落ちたら地面が抜けるからな、そしたらお前ら地獄行きだーっ!と、そのたびにおどされた。家の人にはだまっててくれた。
俺たちが向かったのは墓場の一番古いあたり。昔からの大きい墓が入り組んでいる。壁の高さもそろってない。超難関コースだ。
「いくぞぉ!」
オリがとっかかりの壁に飛び乗った。身軽だ。続いて、ヒロ、カズ、ノブ、そして俺。オリが壁の上を走る。列を飛び移る。俺たちも飛ぶ。ちびの頃ぜったいに飛べなかった鈴木さんちの墓の入り口も楽勝だ。
俺たちは忍者になったつもりで墓から墓へと飛んで行った。
それにしてもオリは速い。もう石塚さんの墓だ。狭い壁の上をあんな速さで。俺にはとても――オリの姿が消えた。
「おい!」
ヒロたちも気づいて壁から通路に飛び降りた。
オリ―ッ!
叫びながら俺たちはオリが消えた墓に走った。
オリは胸のあたりまで土まんじゅうに埋まって口をパクパクさせていた。
俺たちは顔を見合わせた。場所が場所だけに笑えない。たぶん、俺たちの頭には和尚さんの説教が響いている――いいか、あの墓場の土が盛り上がったとこを見てみろ。あれは[どまんじゅう]っつってな、あの下に仏さまがねむってらっしゃる。そして見ろ!真ん中のへっこんだところ。あそこはな、土の下にうまってる棺桶がくさって地獄まで穴が通じてるところだ!――バチが当たった、呪い、たたり、地獄行き。本当だったらと思うと、恐くて口に出せない。
「動けないのか」
恐る恐る聞いた。オリはうなずいた。両手を広げて土まんじゅうの斜面を押さえている。
俺は手を合わせて――失礼します、呪わないでください――とお祈りして墓に入った。砂と土の地面がふわふわして今にも底が抜けそうだ。ゆっくりとオリに近づく。
「どうしたんだよ、オリ」
「踏み外して落ちた」
「まってろ、いま引っぱる」
俺はオリの脇の下に手を入れて思いっきり引っぱった。
ザスッ!
とたんに俺の足元が沈んだ。
ヒイーッと喉から声がもれた。
「ヒ、ヒロ」
「な、なんだ」
「和尚さんか誰か呼んで来てくれ!」
和尚さんが助けに来てくれるまで、俺たちはオリが沈まないように交替で脇の下に手を突っ込んで体を支えていた。
「おれ悪いことしてねえよな」
オリが泣き笑いで言った。
「してねえ」
「お母ちゃん、おれのせいじゃねえよな」
「ちがう」
「おれんち、呪われてねえよな」
「ない」
ふぅーっとオリの口から息がもれた。
「じゃ、おれがおっこちたのは」
とばしすぎんだよ、と言おうとしたとこへ和尚さんの怒鳴り声が飛んできた。
「怒られるぞ」
俺たちはあきらめて、笑った。