2C 蝉は雪を知る

文字数 886文字

 俺はユウミに近づくのをあきらめて、奇跡を連発した。
 まず、アメリカで宝くじの超高額当選者になる。桁が違うぜ。
 仕事を辞めて、K–ポップアイドルみたいにかっこよくなって、美味しいものを食べまくって、ひたすら遊ぶ。
 瞬間移動(テレポーテーション)で海外旅行しまくり、のはずが不法入国はバレると面倒で、奇跡で後始末に奔走しても真偽の怪しいニュースとして残ってしまった。対応が面倒で、泣きながら帰宅して何度もカップ麺を啜った。
 1年なんてあっという間だ。だんだん時間を惜しむようになり、高級料理にも旅行にも飽きて、俺は遺産管理に精を出した。俺の生きた痕跡を残したい。寄付先を選定し、いいことをしている自分に満足した。
 時間がない。
 死神は三日後にいる。いや、悪魔か。
 相変わらずの暑い夏。俺も雪を降らせてやろうか?
「はぁ……」
 ユウミが出演するブロードウェイミュージカル、見たかったぁ。
 奇跡で出演させることはできるけれど、きっと彼女は満足しない。
 スマホを確認すると、新しい動画が上がっている。
 友達と旅行に行ったのだろう。
 草原で仲間と共に『サウンド・オブ・ミュージック』を歌っている。
 俺は人生を楽しめているのか。
 なんだか悲しくなってきた。
 他のみんなはどうしてきたのだろう。俺に関係のないおかしなことはなかったか。
 雪を降らせた馬鹿は、どうしてそんなことをしたのだろう?
 そこで、ひらめいた。
『マイ・ウェザー』だ。
 舞台上に雪を降らせる演出で有名なミュージカル。
 雪だ。雪を降らせよう!
 そしたらきっと、『スノー・リング』を歌ってくれるはずだ!
 真夏に雪が降る! 野菜も虫も死なない不思議! 奇跡だ! 奇跡を起こせ!
 悪魔、もしかしてお前はいいやつなのか!

 雪が降っているのに、蝉が元気に鳴いている。スマホ片手に俺も泣いている。
『真っ白な雪でも隠せないこの胸の炎
 知っているでしょう!
 後悔しにきたんじゃない
 私は戦いに来たんだから!』
 今日、俺は死ぬ。
 それでも俺には見える。
 ユウミがブロードウェイの中心でスポットライトを浴びている姿が。
 カーテンコールで、みんなが君の名を叫んでいる。










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