朝焼け

文字数 1,292文字

朝を知らせる音が鳴る。
目覚まし時計が指すのは日の出の時刻。
ベッドから起きてカーテンを開け、空を眺める。
静かな空。
昇る陽に淡く染まる。
これから始まる一日の空が、こんなに美しいのはどうしてなのかな。
さみしさも、悲しみも、罪悪感も。
全てを許して包んでくれるよう。

朝焼けが、私は好きだ。
涙が出そうに綺麗な空も、私をさみしくはさせない。

悲しみを数えても始まらないのに、つい悲しみの数を数えてしまう。
ないものねだりは無意味な遊び。
わかっているけど。
つい、思い出す。
そして底のない穴を掘るように、どんどんどんどん悲しみを掘り続ける。

そのうち、ハッとして馬鹿らしくなってやめる。

でも、たまにこれをしないと心の安定を保てないのかも。

たまに電話もかける。

あのポップな色の公衆電話。
夢の中にあの電話が出てきて、私は10円玉をいっぱい用意して電話をかける。



「もしもし、もしもし」
「お母さん、わたしのこと好きだった? 嫌いだった?」
「私のこと、好きだった? 嫌いだった?」

私が聞くのはこれだけ。
同じことを繰り返す。
電話は誰に繋がっているのか、誰にも繋がっていないのか。

受話器からは誰の声も聞こえない。

ただ、私は同じ質問を繰り返す。


母性は海、父性は山。
昔そんな話を聞いたことがある。
だから、海好きな女性はダメだとかなんとか。
そんな勝手な話だったような気がする。

「母性」という言葉。
その言葉を聞いて、やわらかな安らぎを私は感じない。
言葉の攻撃性を感じてしまう。
無責任な言葉の強さ。
それを盾に、全てを「母」というレッテルを貼った女性に押しつけるような。
親である自覚に性別など関係ない。
「母性神話」はあるけど「父性神話」はない。あるとしたら夜泣きする赤ん坊に「うるさい!」と怒鳴るとか、赤ちゃんが隣で泣いていても起きないけど、窓越しの雨音で起きたとか、残念な情けない系の父親を揶揄する「シンワ」かな。それこそ、子育てに向き合っている父親のみなさんに失礼な話だ。
「母性」という言葉を聞くと、女性という役割に押し付けられた理不尽さだけが響く。父親だけに甘い逃げ道を用意するような。

母も苦しかったのだろうか。
理解しようとしたけど、そうするほど拒絶された。
だから、理解しない方がいいのだと思う。

それなら私は自然を愛そう。
海はそこにあり、山はそこにある。
愛すべきものが、そこにある。
海も山も、きっと黙って私を包んでくれる。

きっとそうだと思う。



人生は、電車に乗って旅をするよう。
駅で人が乗り降りする。
私の人生にも、それぞれのシーンで出会う人、別れる人、繋がっていく人……。

景色も変わる。
穏やかな日もあれば、トンネルの暗闇を進む日もある。

電車を降りてその街を眺めて歩く。知る。暮らす……。

私の人生の電車はどこへ向かって進んでいくのかな。
わからないけれど、この旅を楽しみたい。
乗り換え自由。
勇気を出して、ドアが開いたら降りてみたらいい。
たまには電車を降りて歩いたっていいんだから。

今朝の日の出の時刻は4時28分。

大丈夫。

いつも日の出を教えてくれる目覚まし時計が、笑顔で私を見守ってくれている気がする。

私の今日が始まる。



   *おわり*












ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み