ある人は甘党

文字数 1,351文字

 エスペランサ、ふっと笑えるそんな名前のラブホテルの横の歩道に凪咲は立つ。
 そして凪咲は事務所に電話連絡する。咳払いをして到着しましたとこみ上げる笑いを押さえて短く話す。
「須藤さんだとさ」
「了解しました。私は白鳥玲子ですよね」
 向こうから背の高い男性がビジネスバッグを肩にかけて近寄ってくるので、凪咲は歩道で体を固くして車道のライトを目で追いかける。
「白鳥さん?」
 (えっ? こんな普通の人?)
「はい。須藤さんですか」
 軽くうなずいて私を追い抜いた背の高い男性はまっすぐにホテルの中へどんどん歩いていく。こんな性急な人は初めてだった。サービスデイは料金が安いのだが、時間が少しばかり短いので焦っているのかも知れない。
 空いている部屋は少ないけれど、結構ゴージャスな部屋を選んだその須藤さんは凪咲の顔など見ないで部屋の前で立ち止まって先に入るようにとドアを開けた。風俗嬢なんかと話など必要としないということなのだろう。

「シャワーどうします? 先にいきます?」
 凪咲が問うと、首を横に振った。規則なので自分がシャワールームに入る。髪を上げたままカラダだけをソープで洗う。5分ほどで外に出ると、テーブルの上にケーキが二つ並んでいる。
「後で、一緒に食べようと思って」
「ええ? せっかくですけれど、ケーキは食べることができません」
「規則?」
「いいえ、子供の頃にチョー貧乏で口にしたことがないんです。だからマジで食べられないんですよ。特にクリームなんて」
 須藤さんは初めて凪咲の顔を見た。
 そしてベッドの横をポンポンと叩く、座れということのようだ。
 凪咲はバスローブの襟もとを左手でぎゅっと握って須藤さんの隣に座る。肩を強く抱いたその手はとても大きかった。温かい大きな手が懐かしい感じだったのはなぜだろう。凪咲はテーブルのケーキをもう一度見たが目を閉じた。お定まりの時間が始まる。
「じゃあ、無理に言えないな、僕一人で食べるよ」
 凪咲は座ったままで、須藤さんがモンブランと、黒猫の顔を模したチョコケーキをもぐもぐと食べている。この人は何がしたいんだろうと思った。
「あの、しないんですか?」
「なに?」
「え、それを言わせるのがプレイなんですか? クリームを塗りながらとかいうやつですか?」
「へえ……。そんな奴いるんだ。すごいね、考えつかないや」
 にこにこと笑いながらケーキを食べると須藤さんは、
「女性と話すのが苦手でさ、でも東京から京都に来て友達もできないし、寂しいんで、こうして女子と二人でお話する練習というか。そんな感じ」
 凪咲は目を丸くした。変な人だ、きっと変態なんだ、もしくは、何だろう、シリアルキラーかなんかそういう人かもしれない。

 凪咲はそのあと何回も須藤さんから指名を受けてこのホテルで食事をした。
 彼は瓜生智久と名乗り、自分も高柳凪咲を名乗った。ブラック家族には秘密にして凪咲は智久と結婚して瓜生姓となった。それを提案したのは智久だった。金を無心されるのなら、自分が払う代わりに結婚してくれという。
 新しい家族となり二人は一緒に暮らして十分幸せだった。
 今度智久が東京へ戻ることになり、凪咲は親を捨てる。瓜生は本当に不思議な人だ。でも彼を愛していることだけはわかっている。

               了
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