「なんで居眠りしている人を起こさないんですか!?」

文字数 1,233文字

今回お話するのは、訓練初日の出来事である。

この日、私たちは訓練を共にする同期たちとスローガンを掲げた。
訓練中の出来事は自分ごと化する、といったニュアンスのものであったと思う。
例えば疑問や知識はみんなで共有する、とかそういったことを約束した。

初日の訓練カリキュラムは、航空に関する基礎知識を動画を見て学び、小テストを繰り返して知識の定着を図るものであった。
各々が、配布されたiPadの画面とにらめっこしメモを小さくとったり、スクショしたりとそれぞれの勉強法を用いて自学習に励んでいた。
正直に言うと、かなり眠かった。おまけに施設の空調管理は最悪で、気温19度の陽気な日であると言うのに暖房が強めに設定されていた。学生だったら多少意識は飛ばしてしまっているが、社会人となると給料をもらっている手前そうもいかない。
ほとんどがジャケットを脱ぎ、腕まくりをしていた。
必死に自己学習を進め、時間内に終わらせた。お昼をはさんで、動画で学んだことの実技演習、閉講の時間になった時だ。

「今日皆さんを見ていてがっかりしました」
突然ぶち込まれたインストラクターの鋭い言葉に全員ぽかんとした。心当たりが無さすぎたので。その反応をよそともせずに、彼女は続けた。
「今日皆さんが掲げた、『自分ごと化する』っていう言葉、すごく良いと思いました。でも早速実行できていませんでしたよね!?どういうつもりですか!?」
ますますわけがわからず、私は目線をうごうごと動かし周りの反応を見た。同じように目線を動かしている者、とりあえずすまなそうな顔をする者、真摯に受け止めようとしている顔つきの者、色々いた。
「今日動画の自己学習で」
と彼女は言葉を切り、私たちの反応を見た。私はさらに思い至らず、心の中で首をかしげた。
「何人か居眠りしている人がいました。でも!誰も起こそうとすらしなかったんですよ!皆さんチームとして支え合っていこうという意識はありますか!?なんで寝てる人を放置できるんですか、意味がわかりません!」
意味がわからないのはこちらもだ。
各々隣の席だった子とアイコンタクトをとる。
『あなた寝てた?』
『寝とらん。』
『寝てる人いた?』
『知らん』
皆自己学習に必死すぎて、周りなんて見ていなかった。ずっとiPadを見つめていた。顔を上げたとしても、他は似たような体制でうつむき画面を見ているので横顔を覗き込まない限り寝ているかなんてわからない。
そもそも、おもむろに顔をあげて周りを見回し『寝てる!』となる方がおかしかろう。

チームとして支え合って、のくだりはわかる。私たちの仕事はチームプレイが何より重要なのでお互いカバーし合っていかなくてはいけない。
その精神を強調するために持ち出した話なのだろうか。
だとしても、「居眠りしている人を起こさなかった罪」でここまで怒られる意味がわからない。

やべえ会社に来たな。

率直に思いながら、なおも続くお説教に耳を傾けた。
二日目以降の訓練は、皆一言も話さず、息を潜めて過ごしていた。


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