独り立ち後。初めてのお仕事で胸がときめいたお話。

文字数 1,592文字

無事研修を終え、OJTでの実技テストもクリアした後はいよいよ一人で現場に立つ。
初めてのお仕事は、訓練でもOJTでもやったことのない仕事であった。
新入社員に優しく無さすぎる。

私は周囲の同期と、一緒にシフトに入る先輩方に教えを請いながらなんとか業務を行なった。
自動で荷物を預かる機械付近に立ち、空いているところをお客様にご案内したり使い方を説明するお仕事である。
しかし、空港ロビー内に出たが最後、お客様からたくさんの質問をいただく。
意外と多いのが「トイレどこですか?」である。
目の前に看板あるがな、といつも思う。
そんなわけで、私は自動手荷物預け機関連のお仕事の他にお客様のご案内もたどたどしくも行っていたのである。

胸に「研修生」のバッジをつけていたので、比較的皆優しかった。
この研修生バッジが胸キュンを運んでくれたので、今日はその話をしようと思う。

お客様の姿がよく見える位置に立ち、戸惑われていないか、機械のエラーが起きていないか観察している時のことであった。
「すみません」と背後から声をかけられたので私はとびきりの笑顔でお返事をした。
新入社員にできることは限られているので、誰にも負けないくらいの笑顔とお返事をしなければ「自分は役立たず」という気持ちに苛まれてしまうのである。
そこに立っていたのはカジュアルな格好をした青年であった。
人好きのする笑顔で、好青年な印象である。
「お伺いします」と私は要件を求めた。
「すみません、ここに郵便局はありますか?」
「郵便局…」
あるわけない。ここは空港である。空港を過信しすぎてる。
「何かお困りでいらっしゃいますか?」
「手紙を出したいんす。切手も貼りたくて」
「もし切手にこだわりが無いようでしたら、コンビニで購入されては如何でしょう?その後あちらにあるポストに投函できますので」
と私は提案させていただいた。
「成る程!コンビニさっき見かけたのでそこに行ってみるっす。アザス」
私は達成感でさらににこにこした。お客様の「ありがとう」は結構嬉しいものである。
引き出すために尽力することだってあるくらいなのだから。
「行ってらっしゃいませ」と私は彼が行きやすいように述べたが、彼は立ち去らずじっとこちらを見て笑みを深めた。
「研修生なんすね」
それを聞いて私の笑みはこわばった。基本的にお客様からの「研修生なんだ」には2通りの意味が含まれる。応援か、侮蔑である。
「左様でございます。案内が拙く、申し訳ございません」
これ以上責められないようにと自己保身で発した言葉に彼は慌てて手を振り「違うんす」と言った。
「俺もなんす。俺も、この間入社したんで、研修生」
別の意味で顔が真っ青になった。もし同期だとしたら、今度は顔を忘れた薄情者ということになってします。
しかし彼は私の焦りを正しく理解し、「隣のターミナルっす」と教えてくれた。
つまり他社の新入社員である。何故弊社をわざわざ使っているのか。
「ご利用くださりありがとうございます」
疑問から出た言葉に彼は「いえいえ」と謙遜した後、「お互い頑張りましょうね」と小さくガッツポーズして去った。
中高大と女子校出身の私はこのやり取りだけでなんだかドキドキしてしまったのだが、本命の話はここからである。

あれから2時間後ごろ。混雑のピークが落ち着いて、一息ついた際に再度私は「お姉さん」と聞き覚えのある声で呼ばれた。
振り返ると先ほどの彼が、やはり人好きのする笑顔で立っていた。
「先ほどぶりです!どうされましたか?」
「手紙、無事出せました。ありがとう」
それだけっす、と彼は立ち去った。
わざわざお礼を言うためだけに、広い空港の中来てくださったのである。
ときめきがピークに達した瞬間であった。



この話を同期に話したところ。
「あんた!そこは連絡先交換しなさいよ!そこから恋は始まんのよ!」
と意気地の無さを詰られた。
同期が肉食系女子であることを知った。
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