Chapter9

文字数 1,369文字

次の日の夕方、いつもより早く店を閉めると、
トムはMaroonバーガーとホットコーヒー入りのポットを用意した。
そしてバンに僕とアンジェを乗せると、自分はエプロンをつけたまま
運転席に乗り込んだ。

「トム、何をする気なんだ?」

「まぁ、見てろって」

ハンドルを握ったまま、いきなり後部座席の僕の方を見た。
その瞬間、トラックに突っ込むところだった。
本当に彼に任せて大丈夫なのだろうか?


スチュワートさんの住むハイツの前に車を横付けすると、
トムはさっき用意した食事を持って、僕とともに501号室に向った。
僕は何故か大きな麻袋を持たされている。
……どういうことだ?

「お前は廊下の隅に隠れてろ」

「……これ、何に使うの」

トムはその質問に答えず、さっさと501号室の前に行き、インターフォンを押した。
一度目。出ない。二度目。このあいだと同じだ。
結局ドアをノックして、トムは大声でスチュワートさんを呼んだ。

「スチュワートさーん、Maroonカフェのモンだけど、
ドットマンさんから差し入れだ! 開けてくれ!!」

スチュワートさんはしばらくしてから、ドアを開けた。
きっと中から、ドアの外に立っている人物を確認していたのだろう。
だからトムは食事を手に持っていたのか。

だが、ドアが開いた瞬間、トムはとんでもない行動に出た。

「うっ」

小さくうめき声を上げて、スチュワートさんは地面に倒れた。
トムがスチュワートさんの腹に一撃食らわせたのだ。
すっかり気絶している。

「ト、トム!! 何してんの!!」

「ロン、早くその麻袋にスチュワートを入れろ!!」

これじゃ僕たちは誘拐犯だ。
でも、気絶しているスチュワートさんを放っておいて、後で警察にでも行かれたら困る。
僕は仕方なく袋に彼を入れると、トムと一緒に担いでバンへ戻った。



「……私を旅行に?無理やりにも程がある」

気がついたスチュワートさんは、細い腕をがっちりと組んで、窓の外を見ている。
もうすでにハイウェイに乗ったところだ。
ここでバンから飛び降りることはできない。
あきらめた彼は、とりあえずハートフォードまで行くことを渋々了承した。

「だが、覚えておいてくれ。ニューヨークに戻ったら、
君ら3人ポリスの世話になるんだからな」

「まぁまぁ、イライラすんなよ、スチュワート。
ただ旅行に出るだけじゃないか」

トムが運転席から、のんきに声をかけた。

「確かトーマス・ダグラスと言ったな。
さっき暴力を振るった君が、何を今更…」

「トムでいいって、スチュワート。
オレは昔、ジャパニーズ・カラテをやっていてなぁ。
お前が何度ベルを鳴らしても出ないもんだから、ちょっとムカついて、
一撃食らわせちまったってわけだ」

とんでもない言い訳に、スチュワートさんは閉口してしまった。
アンジェはというと、そんな父親の言い草に笑いをこらえている。
全く、たいした親子だ。

「それよりスチュワートさん、お腹減りません?
さっきからイライラしているのは、そのせいじゃないかしら」

「何を!? 私はただ……」

何か言いかけたスチュワートさんだったが、それを自分の腹の音がさえぎった。
アンジェが持っている、目の前のMaroonバーガーがそうさせたのだ。

彼は赤くなりながらも、無言でそれを受け取った。

ニューヨークからバーモント州までは約4時間。
そこからハートフォードまでは更に時間がかかる。

僕らの旅が始まった。


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