Chapter8

文字数 2,199文字

結局店が休みの日、トムが車を出してくれることで第一の問題はクリアした。
次に問題なのは、スチュワートさんのスケジュールだ。
いや、それ以前に僕は、彼の住所も電話番号も知らない。
どうやって、彼と連絡を取るかだ。

僕はまず、休演日で店に来ていたルークスに訊ねてみたら、

「スチュワートさんの居場所? あの人、初日に祝電くれただけで、
一度も舞台見にきたこともないんだぞ? 知るわけないだろ」

と、あっさりと返されてしまった。

僕が彼を旅行に連れて行く計画を話しても、何だかどうでもよさそうだった。
彼は『今ノリにノッている俳優』として、バラエティ誌のコラムで絶賛されたことで、
スチュワートさんへの気持ちに変化があったらしい。

前は一緒に『グラスハープ』を見て、二人で彼を敬愛していたが、
それも昔のことになったのだ。
今のルークスは、スチュワートさんに興味はなかった。
いや、無理やりなくそうとしていたのかもしれない。

「スチュワートさんなんて、結局ただのハリボテなんだ。
そんなハリボテの作った作品の代表俳優? 本当にくだらない」

コーヒーを一口飲むと、彼のことはもう話したくないといった感じで、
僕に背を向けた。

しばらく店内は静まりかえった。
アンジェはおどおどと僕らの様子を見ているだけだし、
トムはいつも通りマイペースに作業をしている。
しかし、その静寂をルークス自身が破った。

「…それでも気になるんだろ? ドットマンさんに聞いてみてやるよ」

彼は後姿だけでそう言った。
僕は彼がいつもそうするように、ルークスの肩をがっしり掴んでお礼を言った。

「サンキュー、ルークス! さすが僕の親友だよ!!」

「言っとくけどな、お前がスチュワートさんを旅行に連れていきたいって
 いうから仕方なく協力するんだぞ! スチュワートさんのスランプなんて、
 オレにはどうだっていいことなんだし」

照れたように、パンくずのついた頬を拭うルークスに、皆は笑顔を浮かべた。


数日後、電話が鳴った。
うちは配達もやっているが、月に1回あるかないかだ。
電話はルークスからだとすぐに察しがついた。
2コールで受話器をとると、予想通り彼からだった。

「スチュワートさんの居場所がわかった。
 彼はハミルトン・ハイツに住んでるらしい」

ルークスから細かい住所を聞くと、勢いよく僕は電話を切った。
早くスチュワートさんに会いたい。会って、旅行のプランを話したい。
僕は仕事中だというのに、そわそわしていた。

その様子をカウンターから覗いていたトムが、突然言った。

「今からお前に休憩時間をやる。その様子じゃ、
 仕事に集中できるとは思えねぇからな。2時間ありゃ、十分だろ」

「本当に!? ありがと、トム! 早速行ってくるよ!!」

僕は急いでエプロンをはずし、店を出た。
後ろでアンジェが

「パパったら、相変わらず素直じゃないのね」

と、笑う声が聞こえた。


僕はさっきルークスから聞いた住所を頼りに、地下鉄を使い、街を回った。
最寄り駅から3ブロック歩いた先のハイツの501号室が、
スチュワートさんの家だ。

ドア横のインターフォンを一回鳴らす。応答は無い。
もう一度鳴らしてみる。やっぱり応答は無い。

もしかしたら、倒れていたり、自殺をしているのでは……?

僕の頭を、そんな不吉な予感がよぎった。

「スチュワートさん!! 居ないんですか!!?
 僕です、ロン・ウィルソンです!!」

僕はドアを思いっきり叩いた。

すると、しばらくしてゆっくりと501号室のドアが開く。
中からは、いつも通り青白い顔をしたスチュワートさんが出てきた。

「……ウィルソンくんかい? なんで僕の居場所がわかったんだ」

寝起きなのだろうか。不機嫌そうに頭をかきながら、
にくにくしい物言いをした。

「人づてに聞いたんです。それより今日はお話があって来ました」

「……私にはないよ。帰ってくれ。君の顔を見ると、頭が痛くなる」

そう言い放つと、そのままガチャリと重いドアを閉める。
中からは鍵以外にもチェーンをしっかりかける音がした。
僕は彼の態度に唖然とした。


「それで、尻尾丸めて帰ってきたってのか。情けねぇなぁ。
 用件すら伝えてないじゃねぇか」

店に帰ると丁度アイドル・タイムで、お客は一人もいなかった。
アンジェはイスに座って雑誌を読んでいたし、トムも一服していたところだ。

「一応明日も行ってみようと思うんだけど……
 これじゃ、いつ話を聞いてもらえることやら」

僕はカウンターに座って、ため息をついた。
スチュワートさんの僕の拒みようを思い出すだけで、ショックだ。

「顔を見るだけで頭が痛くなる、なんて…」

少し話をするくらい、いいじゃないか。それなのに。

「仕方ないことよ。彼にとってあなたは敵みたいなものなんだから」

読んでいた雑誌をマガジンラックに戻すと、アンジェは僕の頭を軽くなでた。
前ならその行為は嬉しいものだったが、今日は何故か嫌だった。
子ども扱いされていると思ったからだ。
僕は優しくその手を払いのけた。

「ねぇパパ。何かいい案、ないかしら?
 これじゃ、明日行っても、明後日行っても、結果は変わらないと思うの」

アンジェはそんな僕の様子に気づきもせず、トムに声をかけた。

「いい案ねぇ……」

くわえタバコのまま腕を組んで宙を見つめる。
しばらくすると、ニヤリといつものトムらしい、
悪巧みを実行するときのような笑みを浮かべた。

「あることはある。一枚噛むか?」

その言葉に僕は、一もニもなく頷いた。


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