三枚目 あの日が最期なら。

文字数 841文字

もし、あの日が最期だって分かっていたら。
「行ってきます」という貴方の声に。
私は「行ってらっしゃい」と返していただろう。
「うん」という適当な返しじゃなくて、ちゃんと玄関から手を振りながら見送って。
私は「行ってらっしゃい」と返していただろう。

もし、あの日が最期だって分かっていたら。
「危ないからゆっくり行きな」という貴方の声に。
僕は「分かった」と返して、ゆっくりと歩いていただろう。
「仕事があるから急がないと」と焦らずに、心を落ち着かせて。
僕は「分かった」と返して、ゆっくりと歩いていただろう。

もし、あの日が最期だって分かっていたら。
「今日のオムライスはどう?」という貴方たちの声に。
私は「美味しい、満点だよ」と言って、満面の笑みを顔に浮かべていただろう。
「いつも通りだよ」という最低な評価じゃなくて、最高に美味しい料理を味わって。
私は「美味しい、満点だよ」と言って、満面の笑みを顔に浮かべていただろう。

もし、あの日が最期だって分かっていたら。
「また明日」という貴方たちの声に。
私は「また明日」と返して、周り続けていただろう。
例え、明日が退屈すぎる日だったとしても、平和な明日が来ることを信じて。
私は「また明日」と返して、周り続けていただろう。

けれど、「あの日」に全てが変わってしまった。

あの日、漆黒に染まった大量の水が、とある小さな街を一掃した。
結果、その街の何もかもが無くなってしまった。
そして、人々はとある事を知った。

「明日」という日が来るということが、どれだけ素晴らしいのか。
「明日」という日が来るということが、どれほど当たり前ではないのか。
つまり。
「当たり前」が「当たり前」ではないことを知った。

もし、あの日が最期だって分かっていたら。

貴方の「行ってきます」という声も。
貴方の「危ないからゆっくり行きな」という声も。
貴方たちの「評価満点の美味しいオムライス」も。
貴方たちの「当たり前に訪れるはずの平和な明日」も。

無数の後悔と死体の山に、埋もれてしまうことはなかったのだろうか。
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