You too(4)

文字数 1,586文字

 時間通りにお店の戸を静かにノックした。
 灯は漏れてるけれどブラインドが閉まってて中にいるのが鈴木さんだけかどうかもわからないし。

「いらっしゃい、里穂ちゃん」

 開けてくれたのが鈴木さんで、そして中には誰もいないことにホッとしつつも。
 あ、そうか。
 初めて二人きり、という状況に気付いて心拍数が上がりだす。

「今日は本当に本当にありがとうございますっ!!! こ、これ、あの、

で、どうぞっ」

 言ってから他の皆さんはもういないのに、と思い出す。
 最早パニックになりそうなほどの緊張の中、差し出した箱。
 鈴木さんは「ありがと」と受け取ってすぐにそれを開けて目を大きくして。

「あっ!! マジで?!」

 嬉しいな、と早速一つ取り出してパクンと。

「美味いー! もしかして前にオレが好きって言ったの覚えててくれたの?」
「味見してる時間がなくて自信ないんですけど……」

 鈴木さんの質問には答えられない。
 覚えてたに決まってる、でも恥ずかしいよね?
 ストーカーと間違えられそう、いや、もうストーカーなの?!
 でも……、美味しい、その言葉がとても嬉しい。
 オレ甘いもの好きなんだ、チョコブラウニーとか!
 前に彼がそう言ってたから。
 なら今度持ってきます、私作れます! なんて言葉に出来なかったけどね。
 本当は一月(ひとつき)前に持ってくるつもりだったんだ、バレンタインデーの時に。
 でも渡せなくなっちゃったから。
 今日帰って、慌てて作ったの。
 材料足りなくなって買いに行ったりしてギリギリで出来たから味だけが心配だったけれど。
 最後のお礼のつもり、で。

「本当に美味しいよ?」

 ほら、と摘まんだ一つを私の口へと運んでくる。
 え、と、食べろ、てことよね?
 恐る恐る鈴木さんの指まで食べてしまわないように細心を払ってパクン。
 っ、あ……。
 ほんの少しだけ。
 唇に(かす)る鈴木さんの指先の感触。
 気づかないで! お願い、恥ずかしい。 

 「ね、美味しいでしょ?」

 !! 気づかなかったのよね?
 指先についてるチョコを舐める仕草に死ぬほどドキドキしてる!
 間接的に、あれ、なんです……、鈴木さん、私の心臓が飛び出ちゃいそうで……。
 爆発したように真っ赤になった私に暑い? なんて聞きながら。

「これ誰にもやんない、後全部おれのねー!」

 なんて笑ってる。
 どうしてこうもドキドキさせるの?

 さ、どうぞ、とシャンプー台に案内される。
 鈴木さんのシャンプー、久しぶり、やっぱり気持ちいい。
 気持ちいいんだけど、毎度思う。
 私、バカみたいな顔してない?
 口開いちゃってないだろうか。

「さてと、いつも通りお任せでよい?」

 鏡の前、いつもの言葉に安心して微笑んで頷いた。
 鈴木さんに全てお任せ、幸せな魔法の時間の始まりの言葉。
 鏡越しに映る優しい眼差し。
 その顔が好きだったんです、ずっと。
 嬉しくて微笑んでしまったのに気付かれてしまったみたいで。

「やっといつもの里穂ちゃん? ぽい」

 いつもの、私?

「何か元気ないし二ヶ月ぶりに会ったら、オレ以外のどっかの誰かに髪切らせちゃってるし、少し痩せた気もするし」
「あ、あの、」
「里穂ちゃん、もう来ないのかなって。そう思ってたよ」

 笑ってる、けど寂しそうに見えるのは気のせいだよね?

「大丈夫? 今日、デートとかなかった?」
「ないです!! いないですからっ!」

 ムキになるのはそんな誤解鈴木さんにされたくない。

「まじで? いない、の?」
「いません」

 いません、だってあなた以外好きになれなかったんだもん。
 この2ヶ月、私だって頑張ってたんだもん。
 友達から紹介して貰ったり合コンみたいなの出てみたり。
 でも、やっぱり。
 あなたのその声や仕草や微笑みや。
 他の誰も敵わなくて。

「ふーん、そっか、いないんだ?」

 あ、寂しい子て思われてるよね?
 ふふっと少しからかうような笑顔されちゃうと、切ないな。
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