You too(2)

文字数 1,328文字

「では、次の予約お取りしましょうか?」

 受付の方の声に曖昧に笑いながら首を横に振り店を出る。
 もう、来ないほうがいい。
 さようなら、鈴木さん。
 私のことなんか沢山いるお客さんの一人で、もしかしたら名前くらいは覚えてくれてたかもしれないけど。
 もしかしたら他の人よりは、少しだけ親しくなれてたかもしれないけれど。
 今までは一ヶ月に一度は来てて。
 一ヶ月に一度じゃ足りなくて前髪だけ、とか。
 何か理由をつけては鈴木さんにカットしてもらいたくて。



 あの人の指は私に魔法をかけてくれる。
 『めっちゃ可愛い』って、鏡越しに微笑んでくれるから。
 私それが嬉しくて。
 嬉しかった、のに、な。
 あの日から勝手に苦しくなって勝手にここに来なくなったんだ。
 決めたのは自分なんだから。
 なのに後ろ髪を牽かれる思いを断ち切るのは。


里穂(リホ)ちゃん?」 

 歩き出そうとした私の名前を呼ぶその人の声。
 どうして?!

「っ、こんにちは」

 お久しぶりです、と振り返って頭を下げた。
 やっぱり、鈴木さん。
 どうして、(ここ)に?!

「だよね、やっぱ! 里穂ちゃんな気がして追っかけちゃった」

 変わってないや、優しいところ。
 笑顔も声も、二ヶ月前のまま。

「最近見てなくて心配してたんだよ、珍しいね? いつもは予約してから来てくれてたでしょ?」

 ほら、こういうとこ、ズルいと思う。
 ちゃんと名前や私の行動覚えててくれてて。
 そんなに優しそうに微笑むとか。
 まだ私、あなたが好きみたい。
 その笑顔を見ているだけで、ぎゅっと心を鷲掴みにされてるようで苦しくなる。

「髪切りに来てくれたんでしょ?」
「は、い、でも今日は忙しそうなのでまた今度来ます」

 嘘、……もう来ません。
 これ以上あなたを好きになるのは辛いので。

「でも何か急いでたんじゃない?」

 目深(まぶか)に被ったフードが気になったのか鈴木さんは、「ちょっとごめんね」と

退け。
 うーん、と腕組みして観察するように私を見下ろして。

「ん、何か里穂ちゃんぽくない、ね?」

 困った顔で笑ってる。
 わかってる、似合ってない。
 鈴木さんじゃない人に髪を切ってもらったのは何年ぶりだったろう。
 ついさっき別の美容室でカットしてもらったばかり。
 鈴木さんじゃない人に。
 そう思うと申し訳ないやら。
 納得できてないこの髪型に悲しいやらで(こら)えてたものが落ちてくる。
 慌てて目を擦っても気付かれたに決まってる、困らせるな自分!!


「また、来ます! お忙しいのにすみませんでした」

 きっとお仕事抜けて様子見に来てくれたんだろうし、予約まだまだあるだろうし。
 頭を下げ、走りだそうとした私の腕を止める鈴木さんに首を傾げた。

「夜、来られる? 里穂ちゃん」
「え?」
「お店、終わって皆帰るの22時頃になるんだ。それでも、よければだけど。直そっか?」

 ヨシヨシと私の頭を撫でてくれる優しい指先。

「家近いって言ってたよね?確か」

 ちょっとした会話覚えてくれてるんだもん、優しいんだもん。

「おいで、待ってるから」

 約束ね、て優しい微笑みに、泣きながら頷いてしまう自分が情けない。
 さっきもう来ないって決めたはずなのに。
 もう一度だけって、そう甘えちゃってる。
 後で少しだけ、今夜だけ好きでいさせて……。
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