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文字数 1,155文字

「僕と夫婦(めおと)になってよ」

「……」

 昼下がりの街道。行き交う人の数も多い。
 そんな中、見目麗しい男は、スンとした表情で私にそう言ってきた。
 
 突然のことに、今さっき受け取った昼食のベーグルを危うく落としかけた。気のせいか、ベーグルを手渡してくれた屋台のおじさんの視線が痛い。
 私は、おじさんにお礼を言って、足早にその場を離れると、隣に並んできた男性を見返すことなく口を開いた。

「なんの冗談ですか?」
 
「冗談なんかじゃないけど」
 
「さっきの話、聞いてました? 私、結婚して夫もいるんですけど……」

 隣で男性が頷く気配。

「それに、もうすぐ15歳になる娘もいるって言いましたよね?」

「だから?」

 ――いやいや、だから? じゃなくて、

「困ります」

「僕は困らない」

 普通は、相手に夫や子供がいると分かれば諦めると思う。だけど目の前のイケメンは、こともあろうに、私がその話をした後で夫婦になろう。と言ってきた。
 例えばそれが、好きでたまらない相手ならまだ頷ける。だけど、私と彼とは出会ってそれほどたっていない。その上、今に至るまで……いや、今現在も、甘い雰囲気は一切感じないし、そんな素振りも見せなかったのに。
 
 もしかして、この人は、人のものだとわかった途端にそれが欲しくなってしまうという、いわゆる略奪愛的ななにかが趣味だったりするのだろうか?
 異世界に転移したとわかった時も困惑したけど、どうやら今の私の頭の状況も、思った以上に混乱しているらしい。
 上手く考えがまとまらず、とにかくダメだという答えしか浮かんでこない。
 揶揄(からか)われているのかもしれないと思いながらも、相手にどうやって納得してもらおうかと、必死で理由を探した。
 
「そっちは困らなくても、こっちが困るんです!……第一、重婚は日本では禁止されてるし」

「認められてればいいのか?」

「そうゆうことじゃ――」

 思わず立ち止まり、彼の方を向いて抗議しかけた私に、彼はこうも続けた。
 
「そもそも、ここは日本でもない」

 その通りなだけに、言葉につまる。

「……だけど、私とあなたとじゃ……釣り合いだって取れない」

 見た目的にも、なにより年齢的にも。と、声には出さず、心で思う。

「僕は、そうは思わない」

「……」

 だめだ。"(ぬか)に釘"とはきっとこのことだ。
 涼しい顔で、「他には?」とか言われてしまい、こうなると、驚きや焦りを通り越してため息が出てしまう。
 今の彼からは、何を言ってもまったく通じない。という感じがヒシヒシとする。
 
 彼には、この世界に来てすぐ、危ないところを助けてもらった。ちょっと口は悪いけど、いい人なんだと思っていたのに……。
 
(実はこの人が一番厄介な人だったのかもしれない……)

 背中に伝う冷や汗を感じながら、そんなことをふと思って途方に暮れた。

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