第16話 質問

文字数 554文字

「ドウシテ 話シテシマッタノ?」

 暗闇の中に響くその声は、すぐ近くから聞こえた。

「二人ダケノ 秘密ニ シテオキタカッタノニ」

 (なじ)る口調だ。
吐息を首筋に感じたが、自分でも自分の身体すら見えなかった。辺り一面、視界いっぱいに広がるのは黒一色である。

『誰なの』と問いかけようとした紗和の声は、暗闇に吸収されたかのように、一つの音にもならなかった。

「デモ君ガ アイツヲ見ツメル時ノ目ハ  ワルクナイ 抱カレテイル時ノ顔モ ダカラシバラク ソノママデイイ 僕ノコトヲ 話シタコトモ 責メナイデアゲル」

 声に軽やかな笑い声が混じった。言葉以上の他意は感じられないが、かえって紗和の胸は不穏に揺さぶられた。

「僕ヲ知リタイ?」

 紗和の心は見透かされている。そのことは、紗和自身にも分かっていた。

「イツカ 教エテアゲル」

 遠ざかる音が聞こえた。次第に視界全てを支配していた漆黒も、色を薄めていった。
 明るくなったその場所には、誰の姿もなかった。紗和はただ一人佇んでいて、波の音が聞こえてくる。

「名前……何ていうの」

 小学生だったあの頃。
何度も訪れた海水浴場で、紗和はその質問をしたかった少年を探していた。ついに彼は見つけられず、その言葉を口にすることはなかったのだが。

 あの時頭の中で何度も唱えた質問を、声に出して佇んでいた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み