第5話 おまけ②「苺大福」

文字数 4,546文字

ファンタズマ
おまけ②「苺大福」


 おまけ②【苺大福】

























 「おい」

 「どうした」

 「ここに置いてあって苺大福は何処に行った?」

 「ああ、多分、旅にでも出たんだろうな」

 「はっ倒すぞ」

 先日、祥哉は街に買い出しに行ったところ、野菜を売っているおばあちゃんから、苺大福が6個入った箱を貰った。

 中身を確認し、翌日食べようと愉しみにとっておいた苺大福が、翌日になると無くなっていた。

 この古民家にいるのは祥哉ともう1人の男だけ、だとすると、その男が食べたに違いはないのだが。

 「なんだ、苺大福くれーで。てか、そこに置いてあるじゃねえか」

 「良く見てみろ。ここにあるのは苺大福じゃない。ただの大福だ、いや、正確に言うなら、苺を抜き取られた残りの大福だ。よってここにあるのは最早苺大福じゃない。ただの大福だ」

 「大福喰えばいいだろ」

 「俺は苺大福が喰いたかったんだ。大福じゃ意味がない」

 「意味がねえもなにも、同じ喰いもんだろ。好き嫌いするんじゃねぇよ」

 「大福の甘さと苺の酸っぱさが絶妙な相性の苺大福と、大福の甘さだけの大福とじゃ、天と地ほどの差はないが、多少の差はある」

 「天と地ほどの差がないなら何をそんなに文句言ってんだよ」

 「俺が一番言いたいのは、この大福のおかれた状況だ」

 「状況?」

 「大福しかないにも関わらず、あたかもそこに苺が乗っかっているかのように、苺のヘタの部分だけ大福に乗っけてる。こんなしょうもないことをするなんて、祥吏くらいかと思ってた」

 愕然と、両膝と両手を床につけ、四つん這いの格好になって項垂れている祥哉に対し、もう1人の男、冰熬は平然と祥哉の作った朝食を食べていた。

 普段はそこまで落ち込むことなどない祥哉を見て、可哀そうとかそういう感情ではなく、冰熬はこう思っていたらしい。

 「面白いことになってるぞ、お前」

 そう言われた途端、祥哉は顔をあげて冰熬をギロリと睨みつけた。

 「あんたが苺だけを喰って、そのヘタを大福に乗っけたのはもう分かってるんだよ。いい加減に俺に謝罪しろ」

 「・・・祥哉」

 朝食を食べ終えた冰熬は、茶碗の上に箸をゆっくりと置くと、こう続けた。

 「ああ、確かに俺が喰ったよ、苺」

 開き直ったように、ケロッと言い放った冰熬に、祥哉は人差し指をつきだす。

 「ほらな!やっぱり!!」

 「だがな、お前にも落ち度があるんだぞ」

 「落ち度?何言ってんだよ」

 「いいか?お前はあの苺大福を持って帰ってきたとき、俺に『これは俺のだから食べるな』って言ったか?言ってないよな?もっと言えば、お前はその箱を俺にバレないように隠してたよな?俺はお前のものだとは知らず、食べちまった。だとしても、俺に非があるって言えるのか?」

 「・・・・・・言えるだろ!!!」

 「あれ、おかしいな。これで丸く収まると思ったんだけどな」

 顎鬚を摩りながら首を傾げている冰熬に、祥哉はワナワナと怒りに震える。

 「確かに俺は隠した。あんたに見せたらあんたが全部喰っちまうと思ったからな。それに、ここにきてずっとあんたの世話ばかりだ。家事炊事洗濯、全部やってる。だから、自分のご褒美にしようと思ってたんだよ。それなのにあんたは、俺の苺大福を勝手に食べただけじゃなく、ヘタだけを乗っけて、まだそこに苺があるという偽造までした。俺に謝れ。心から謝れ」

 「なんだよ、お前そんなに苺好きだったのか?野苺ならその辺あるから、それでも乗っけて喰えばいいだろ」

 「それじゃ意味がない。あの苺は特別甘いっていう品種の苺だったんだ」

 「甘い苺だとしたら、さっき言った大福との相性はどうなるんだ?甘いと甘いになるだろ」

 「1個くらいならあんたにやっても良いかと思ってたけど、もうあんたには苺大福はやらない。絶対にやらない」

 「もう無いしな」

 「あんたが俺のおやつを食べたのは今日が初めてじゃない」

 冰熬には心当たりがないのか、眉間にシワを寄せて天井の方を見ていた。

 冰熬の解答など待っていないようで、祥哉は今なお忘れることが出来ないその事件のことを思い出しながら話す。

 「クッキーも黒棒もマシュマロもホールのケーキも最中も羊羹もシュークリームもババロアもポテチもカステラもチョコレートもプリンもコーヒーゼリーもヨーグルトも餅もグミもさきいかもチーズもサラミも干物も納豆もホットケーキも饅頭もパウンドケーキもエクレアもみたらし団子もゴマ団子も三色団子もチーズケーキも・・・あんたに全っっっ部喰われたんだよ!!!あああ!思い出したらなんか腹立ってきた!!!」

 「・・・・・・いや、お前、おやつ好きだな。その前に俺そんなに喰ったっけ?」

 「ああ喰った。ああ喰ったよ。喰ったんだよ!!!こう見えてもおばさんとかおばあさんからは人気があって、こっそりと貰ってたんだよ。愉しみに取っていたってのに、気付けばあんたが全部平らげちまって、結局俺の腹に入ったのは、マカロンだけ・・・」

 「マカロンは変に甘くてな。俺あんまり好きじゃねぇんだよ。それにあれって、小さいのに生意気な額するじゃねぇか。自分で払う気はおこらねえな」

 「あんだけ喰っといて勝手なこと言ってんじゃねえよ」

 「お前さぁ、苺くらいでんな怒らなくてもいいだろう。苺くらいなら街行って買ってくりゃいいじゃねえか。それを大福に入れて喰えば同じだろ?甘かろうが酸っぱかろうが、苺大福が喰いてぇなら、買ってくるのが手っ取り早ぇよ」

 「ショートケーキ喰ったときもあんた同じこと言ってたよな」

 「んなもん喰った覚えはねえぞ」

 「あの時も、上に乗ってた苺だけ喰いやがって、そん時も苺だけ買って来てケーキに乗せりゃいいだろうとか何とかいいやがったんだ。そうだ。あんたこそ苺好きなんじゃないのかよ」

 「どちらかというと、苺よりもハッサクが好きだな」

 「この野郎。なら俺の苺を喰うんじゃねえよ。吐き出せ。あんたの中に入って行った苺を今すぐに吐き出せ」

 「お前頭大丈夫か?俺が苺を吐き出せたとして、お前はその苺をどうするつもりなんだ?もしかして食うのか?俺の胃から舞い戻ってきた苺を、お前は喰うのか?もはや苺としての形を成していなかったとしてもお前はそれを喰うのか?」

 「気持ちの問題だ。あんたが勝手に喰った苺が吐き出されたとなれば、少しは気持ちが落ち着くはずだ」

 「俺が苺を吐き出したとしても、俺にもお前にもメリットはねえよ。それに俺が苺を喰ったという事実は変わらねぇから、お前の気持ちが落ち着くとも限らねえな」

 「なら切腹しろ」

 「切腹より良い解決策があるぞ」

 「?」

 ずっと2人の間にあった、もともとは苺大福が入っていたその箱を手に持つと、冰熬は真面目な顔つきでこう言った。

 「俺が全部喰うから、お前は苺大福のことを忘れるんだ」

 「キメ顔で何言ってんだ。俺がそれを聞いて『あ、そっか!その手があってか!あはは!』なんてなると思ったのか」

 「ならねえのか」

 「なるわけないだろ」

 「だってよ、お前は苺大福さえなけりゃ、俺に喰われることも、こうして怒りに我を忘れることも無かっただろ?」

 「我は忘れてない」

 「だから、俺が大福までちゃんと平らげてやるから、お前は苺大福に出会わなかった。それでいいだろ。それで万事うまくいくだろ。祥哉、よく考えてみろ。もっと自分を見つめ直すんだ」

 「マジでブン殴りたい。どうしよう。今までもあんたのこと何度も殴りたいとか蹴飛ばしたいとか亡きものにしたいとか思ってたけど、今日ほど恨みを持ったことはない。食中毒になって腹痛でのたうちまわって苦しめばいい」

 「俺、仮にも師匠だよな?」

 「師匠だろうと親だろうと、俺のおやつを奪う輩は誰だろうと赦さない。祥吏に苺大福喰われたときだって、いや、苺大福の苺を喰われた時だって、祥吏に腹筋50回させたからな」

 「お前の赦さねえって、可愛いレベルだな。腹筋50回だけか。ただのちょっとした罰ゲームだな」

 「絶対赦さない。ああ、絶対にな。俺は死ぬまでこのことを忘れない。墓場まで持っていくぞ」

 「勝手に持って行け。重たくもねえんだから」

 それから、祥哉は冰熬の方を向いたままの状態で、ずっと苺大福に対する恨みを語っていた。

 最初は適当に聞き流していた冰熬だったが、よくよくその話を聞いてみると、どうやら、祥哉の両親が手作りで作ってくれていた思い出の味が、苺大福のようだ。

 それで苺大福だけ、こんなにも文句を言っているのかと、冰熬は納得した。

 日頃の習性というのは恐ろしいもので、そんな風に文句をいいながらも、祥哉はいつもの癖で昼食を用意し始めた。

 今日こそは毒でも入れられるんじゃないかと思って、頬杖をつきながら眺めていた。

 傍らに、苺という相棒がいなくなってしまった大福が放置してあり、結局それは祥哉が無意識に食べていたのを冰熬は見た。

 翌日、祥哉はいつもより少し遅い目覚めであったが、どうせまだ冰熬は寝ているだろうと、朝食の準備に取り掛かる。

 戸棚を開けて茶碗類を用意し、少し涼しい場所にある保管庫を開ける。







 「しーーーーーっしょおっっっ!!!」

 「なんだようるせぇな。俺今、夢見てたところだったんだぞ。ふわふわの大型犬と一緒に寝てる夢見てたんだぞ」

 「それどころじゃないって!!まじで!これ見て!!」

 「あ?」

 そう言うと、祥哉は冰熬の目の前に何かを出してきた。

 それを見るや否や、冰熬はだからなんだと言いたげな顔を見せて、また布団の中に逆戻りしてしまった。

 しかし祥哉は嬉しそうに、珍しく嬉しそうに、目をキラキラさせてそれを見ていた。

 「今日ってクリスマスだったっけ!?いや、季節外れのサンタってことも有り得るな!!俺がいつもいつもこのおっさんの世話をしているのをちゃんと見ててくれたんだ!なんて有り難い!!神棚に飾ってから食すことにしよう!!!ああ、一言言っておくけど、これ食ったらまじで殺すから。それにしても、わざわざ俺の好物を調べてくれるなんて、サンタって奴は粋だなぁ!!てっきり、クリスマスの時期にしか働いてないクズ野郎かと思ってたけど、違ったんだな!!!早速食べよう!!」

 普段から、どちらかといえば喜怒哀楽が激しいタイプではあるが、こんな風に喜を表現するのは初めてかもしれない。

 手に持っていたそれ、つまりは苺大福と書かれた箱を嬉しそうにわっしょいわっしょいと掲げたかと思うと、神棚というほど立派なものはないが、それに似た場所に箱を一旦置いて手を合わせていた。

 冰熬が食べないように忠告をすると、鼻歌を唄いながらすぐに箱を下ろし、ひとつ、ゆっくりと口の中に入れた。

 冰熬は上半身を起こして、髪の毛をさすって見ていた。

 「お前、サンタとか信じるほど純粋だったか?」

 「サンタでもサタンでもいいんだよ。俺に苺大福という幸せを運んでくれてありがとう!サタン!」

 「すでに悪魔なんだな」

 一口一口味わっている祥哉の顔は、とてもじゃないが、いつもの祥哉とは違う、少年のような笑顔だった。

 そんな祥哉を見ていた冰熬は欠伸をする。

 そして、祥哉に聞こえないくらいの大きさの声でこう言った。







 「俺が買って来てやったんだっつーの」


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