第3話 そういうことだから

文字数 15,337文字

ファンタズマ
そういうことだから


 世に生きものというのは人間も犬も虫もみな同じ衆生で上下などはない

           坂本 龍馬



































 第三衝【そういうことだから】



























 「最期のチャンス?」

 「そう。翼棠から聞いただろ?俺は用心棒として冰熬、お前が欲しいんだ。お前も欲しいものがきっとあるだろ?それを好きなだけやろう。だから俺の用心棒になれ」

 何度も断ったはずだが、聞邑はまだ諦めていないようだ。

 どうして自分なんか、と冰熬が言えば、聞邑はこう答えた。

 「冰熬、お前の噂は聞いてる。相当強いらしいな。ここにも強い用心棒はいるが、そいつらをも凌ぐと聞いた」

 「そんな大したもんじゃねえよ」

 「そう謙遜するな。ここにいる7人の用心棒は、世界から集めてきた名のある男たちだ。それで満足していた俺が恥ずかしい」

 「なら俺なんか放っておいてくれねぇかい。そいつらだけで充分だろうよ」

 「それがダメなんだ。この国がいかに優れているかを、もっともっと他の国にも示さないと。その為には、お前の名が必要なんだ」

 「そいつら、一体幾らで雇われてんだ?」

 「腰ぬかすなよ」

 聞邑の言った額は、街一つ買えるほどの金額だった。

 聞き慣れない額に、祥哉は口を半開きにしていたが、すぐに顔をブンブンと横に激しく振り、我に戻る。

 驚くほどの額とはいえ、冰熬が承諾するはずないと思っていた祥哉だが、ふと冰熬の方を見てみると、ちょっと悩んでいる様子だった。

 「用心棒になるなら、奴隷から解放してやろう。どうする?」

 「もう少し詳しく聞かせてもらえるか」

 「おい!!冰熬!ふざけんなよ!!」

 「いいよ、なんでも聞いて」

 祥哉は冰熬の名を叫ぶが、冰熬はこちらを見ようともしない。

 それでも、話は進んで行く。

 「じゃあもし、俺が用心棒になるとしたら、どれだけもらえるんだ?」

 「冰熬が用心棒になってくれるなら、もう一ケタあげたって俺はいいんだよ?冰熬がもっと欲しいっていうなら、その額で手を打つよ。部屋だって広いとこにするし、食事だって豪華にする」

 「悪くはねぇなぁ」

 「おい冰熬!!!てめっ!!」

 「部屋はいらねぇからよ、俺の家を建ててくれねぇか。ああ、もちろん、食事は運んできてほしいがな。でっけぇ風呂場も欲しいな。日向ぼっこ出来る縁側もつけて、贅沢に布団を2枚敷いて寝るんだ」

 「もちろん。家くらい建てますよ。それでこの国にいてくれるなら。なんでも言ってください」

 「それなら、煙草もまた吸うかな。やっぱりアレがあるのとないのとじゃあ違うからな」

 「ええ、お好きにどうぞ」

 この瞬間まで、冰熬という人間のことはある程度分かっている心算だった祥哉だが、急な態度の変化に頭がついていかなかった。

 というよりも、理解が出来なかったと言う方が近いのかもしれない。

 今自分の隣にいる男は、果たして本当に本物の冰熬なのか、疑念を抱いてしまうほど、冰熬の口からはこれまでと違う言葉が次々に出てくる。

 「あんた・・・何言ってんだよ」

 「ああ?何って、よくよく考えてみたらよ、確かに生きてくためには、自分ってもんを押し殺さなきゃならねえことがあるなーって思っただけだ」

 「何があっても、汚い仕事は受けねえと思ってた」

 「汚ねぇ仕事なんざごまんとあらぁな。それならそれで、高い金出してくれる奴につくってのは、一つの手法だろ?」

 唇を強く噛みしめた祥哉は、鼻で笑いながら話す冰熬に殴りかかろうとする。

 しかしその時、部屋の隅にいた男たちが一斉に祥哉に飛びかかり、腕も足も顔も、床に押さえつけられてしまった。

 「離せ!!!俺はこいつにまだ文句があるんだ!!」

 「うるせぇ奴だな。ガキはガキらしく、さっさと寝るんだな」

 「んだとおおおおっっ!!!」

 押さえつけられながらも、冰熬のことを強い目つきで睨みつけていたが、その祥哉の睨みさえも押しつぶされてしまいそうなほど、冰熬は冷たい目線を向けた。

 その目線に、祥哉は思わず睨みつけていたことさえ忘れてしまうほどに。

 そんな冷たい冰熬の目線を見たのは初めてで、祥哉は一瞬怒りが引いてしまったが、その目線が放れていった途端、我に戻る。

 すると、冰熬が聞邑にこう言う。

 「いいぜ。用心棒になってやるよ」

 「!!!」

 「やっと良いお返事が聞けました。それじゃあ早速なんですが、他の用心棒の方と顔会わせに行きましょうか」

 「おう」

 そう言うと、聞邑は男の1人に目配せをし、男は冰熬の両手を解放する。

 両手が自由になると、冰熬は久しぶりの解放感に、腕をブンブンと動かしていた。

 一方、祥哉は悔しそうな顔を床に見せながら、どうして良いか分からないこの感情をただ抑えようと必死だった。

 そんな中、冰熬と聞邑の会話が聞こえてくる。

 「ようやくあなたにも伝わったんですね」

 「まあな。なんだかんだ俺も言ってはいたが、やっぱり世の中金だよな。金がなけりゃ腹もいっぱいにならねぇよ」

 「ご理解いただけて何よりです。ああ、そっちは下に戻しておけ」

 「あんな連中みたいに重てぇもん運ぶくらいなら、金貰って好きなもん喰って暖けぇ布団で寝た方が良いからな」

 ケラケラと笑いながら、悪びれた様子もなくそういう冰熬に、祥哉は下に向けていた顔をあげる。

 「見損なったぞ!!!」

 「・・・・・・あ?」

 顔を精一杯あげると、そこには先程もみた冷たい目つきの冰熬がいた。

 ゾクリとするほどのその目つきにも、祥哉はそれ以上の昂った感情だけで叫ぶ。

 「あんた、祥吏になんて詫び入れるんだよ!!あいつは、あんたのために死んだんだぞ!あんたのこと、あんたの生き方や背中を見て、あいつは、あいつはあんたのために・・・!!!!!」

 「・・・・・・」

 荒い息遣いが整った頃、冰熬がいつもの単調な声でこう答えた。

 「勝手に死んだんだろ」

 「・・・!!!」

 その瞬間、祥哉の中で何かが弾けた。

 祥哉自身、どうやったのかは分からないが、祥哉の全身を押さえつけていた数人の男たちをどうにかやって払い除き、それから、冰熬のもとへと移動していた。

 それは長い時間にも感じるが、きっととても短い時間だったのだろう。

 冰熬の近くにいた聞邑も、祥哉を取り押さえていた男たちも、祥哉が一瞬で移動していたのを見て驚いた顔をしている。

 しかし、そんなこと祥哉にとってはどうでも良いことだ。

 冰熬に殴りかかった祥哉の拳は、冰熬に当たる寸前で、冰熬の掌によって受け止められてしまった。

 「・・・!?」

 これまでは、避けられることはあっても、受け止めるといったことはなかった。

 祥哉は拳を引いて今度は蹴りを入れた。

 しかし、その足を冰熬は簡単に掴むと、そのまま祥哉を投げ飛ばした。

 近くにいた男たちまでも一緒に巻き込んでしまったが、この際その男たちはどうでも良いとして、祥哉は一瞬にして敗北感を味わった。

 はあはあ、と息を切らせながら冰熬を見ると、冰熬は真っ直ぐにこちらを見ていた。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 互いに、何も言う事なく。

 それからすぐ、冰熬は聞邑と共に用心棒たちのもとへと行ってしまった。

 残された祥哉は、男たちに再び取り囲まれ、奴隷たちがいるその部屋へと逆戻りするのだった。

 「おら、ちゃんと働くんだぞ!」

 奴隷たちのいるところへと戻された祥哉は、ただその鉄格子を睨みつけた。

 そして再び働き始めてからすぐ、何やら騒がしいことに気付いた。







 一方、聞邑と共に用心棒たちのもとへと向かっていた冰熬。

 用心棒たちが使っているというトレーニング室のような場所へ連れて行かれると、みな一斉に冰熬を見る。

 「みんな、新しく用心棒として働いてくれることになった、冰熬だ」

 「冰熬?」

 「冰熬って、あの冰熬か?」

 名前だけが先走り、みな冰熬のことを見てなにやら話をしていた。

 思ったよりも老けているとか、聞いていたよりも線が細いとか、もっとガタイが良いと思っていたとか。

 「冰熬、紹介しますね」

 聞邑によって紹介されたのは、7人の用心棒たちだった。

 サロ、リーク、ランネ、ジュド―、ジル、コード、レイヤが国を代表する用心棒たちのようで、みな屈強な体つきをしている。

 その用心棒達に加え、翼棠の部下にも腕の立つ者が数人いるようで、アドレ、ギゾル、・・・などがいるようだが、はっきりいって冰熬は名前など覚えていない。

 とにかく、この国は最強の用心棒たちを取り揃えている、というわけだ。

 男たちは冰熬をマジマジと上から下まで見ていると、冰熬がこんなことを言った。

 「なんだ、ガキばっかりじゃねえか」

 「なんだと!?」

 「貴様、冰熬だかなんだか知らんが、無礼は赦さんぞ!!」

 冰熬の一言に、みな怒りを露わにする。

 「まあまあ。冰熬、こちらとて国一と称されるほどの腕前を持っています。齢のことを口にしては、それはみな憤慨してしまいますよ」

 「お前だって、もう実はそんなに強くないんじゃないのか?」

 1人の男がそんなことを言った。

 すると、次々にみな口を開く。

 「そうだ。冰熬という名だって、風の噂で知っているだけだ」

 「過去の栄光に縋ってるだけで、本当はもう老いぼれなんじゃないのか?」

 そう言って、今度は一斉に笑いだした。

 冰熬は別に笑われても構わないのだが、笑っている用心棒たちの口を閉ざしたのは聞邑だった。

 「そこまで言うなら、手合わせをしてはどうだ?」

 「手合わせ・・・」

 ここはトレーニング室であるが、それ以外にも実践が出来るように広く頑丈な作りになっているのだ。

 聞邑の提案に、用心棒の男たちは互いに顔を見合わせたかと思うと、今度はニヤリと笑って首を縦に振った。

 「望むところだぜ!!」

 「お前みたいなおっさん、一分で片づけてやるって」

 「ああ!俺達と手合わせするからには、覚悟しておけよ!!」







 用心棒たちとの格闘、時間にしておよそ20分と少々。

 「どうした?俺みたいなおっさん、すぐに片づけてくれるんじゃなかったのか?」

 見るも無残、用心棒たちは各々、至るところを負傷していた。

 「弱っちぃな」

 「さすが、圧倒的です・・・」

 一部始終を見ていた聞邑も絶句してしまいそうなほど、その勝負はあっけなかった。

 いや、初めはそうでもないと思っていた。

 もしかしたら、互角なんじゃないか、いや、それ以上に押しているのではないかと思ったが、それは勘違いだった。

 ある者は腕を、ある者は足を、ある者は意識さえ手放してしまうほど、その戦いはあまりにも一方的なものになってしまった。

 勝負というものは、どういう形で戦ったとしても、勝ちは勝ち、負けは負けになってしまう。

 フェアだとかそうじゃないとか、関係なく用心棒たちは一斉に冰熬に襲いかかった。

 それを見ていた聞邑は、さすがにこれは冰熬も危ういだろうと思って見学をしていた。

 初めこそ、冰熬は用心棒たちの攻撃をかわすだけで、攻撃をする気配がなかったため、次々に用心棒たちは仕掛ける。

 「へへっ!!避ける暇しかないってか!」

 「そんな襲い動きじゃ、俺達には着いてこれないぜ!おっさん!!」

 「今度こそ決めてやるよ!!」

 こんな具合に、みな強気な発言をしながら余裕そうにしていたのだ。

 それがどうしたことか、気付くと1人、床に倒れてしまった。

 ピクピクと身体を痙攣させながら倒れた人物を見て、他の用心棒たちはゴクリと唾を飲み込むが、攻撃を止めなかった。

 徐々に冰熬の動きが速くなると、用心棒たちはその速さについてこられなくなり、ついにはみな冰熬に倒されてしまったのだ。

 「く、くそ・・・」

 「こんくらいで着いてこれねぇようじゃ、まだまだだってこった」

 「他所者が・・・!!」

 立ち上がれずにいる用心棒たちだが、その口はまだ元気のようで、冰熬に罵声を浴びせようとしたとき、聞邑が高らかに叫びながらパチパチと拍手をした。

 「素晴らしい!!やはりあなたを手中に収めて正解でした!!!このメンバーをこんな短時間で潰してしまうとは、御見それしました」

 拍手を止めると、聞邑は満面の笑みを冰熬に向けてきた。

 「あなたには、全財産の半分、いえ、それ以上の金額を用意しましょう」

 「ほう、そんなにくれんのかい」

 「勿論です。それほどの価値があるのですから。それにしても、さっきの若者も、一瞬だけなんというか、恐怖を感じましたが、あれは勘違いだったようですね」

 「・・・あいつぁ、まだこれからだ」

 冰熬の声は小さくて聞邑の耳には届いていなかったが、聞邑は至極満足そうにしている。

 その笑みはとてもじゃないが、可愛らしいとか優しそうだとか、そういうものではなく、なんというか、気味の悪いものだった。

 倒れている用心棒たちを見下ろしていると、何か騒がしくなっていることに気付いた。







 ―少し前

 「おい、どういうことだ!?」

 「わからん!一体何が起こっているというんだ!」

 「翼棠さんに連絡を!!」

 「早くしないと大変なことになるぞ!俺達、みんな首がかかってるんだからな!!」

 祥哉が戻った奴隷たちのいる部屋にて、なにやら騒ぎがあったようだ。

 「誰か!あいつらを押さえろ!!」

 「そんなこと言われても!」

 「応援を呼べ!これじゃあ全員に逃げられちまうぞ!!」

 「応援を呼んだって、あいつらを捕まえられる気がしません!!」

 奴隷たちを監視していた男たちだが、応援を呼んで、さらに人数を増やしていた。

 それにも関わらず、男たちは何者かによって倒されていき、それだけではなく、奴隷たちまでもが暴れ始めた。

 腕を縛られているはずの奴隷たちが、どうして暴れることが出来たのかというと、至って簡単な答えで、縛られていたはずのそれらが外れてしまったからだ。

 そしてそれを外した張本人たちこそ、監視役の男たちを倒している男たちだ。

 監視役の男たちとて、それほど弱いわけではないだろうが、そんな男たちが手も足も出ないほど圧倒的にやられている。

 「翼棠さんを呼べ!今すぐだ!」

 「あの人ならなんとかしてくれるかもしれない!!」

 自分達ではどうにも出来ないと知るや否や、男の1人は翼棠を呼びに行ってしまった。

 「翼棠さん!!」

 「どうした」

 「すぐに来て下さい!!奴隷たちが暴れていて、どうにも押さえられず・・・!!」

 「どういうことだ?」

 男に呼ばれ、翼棠はその男と共に急いで奴隷たちのいる場所まで走って行くと、見るも無残、監視役の男たちが倒れているではないか。

 翼棠は状況を説明するように男たちに促すが、そんな余裕などないのか、とにかく奴隷たちが次々に解放されていって、気付いたときにはこの状況だった、とそう言うだけ。

 何がどうなっているのか分からない翼棠だが、それでもどうにかしなければと、とにかく当事者である男たちを連れてこいと指示を出す。

 しかし、それで捕まえられるなら、こうして翼棠は呼ばれていないだろう。

 この状況を打破しなければと、翼棠は自分の部下をその場に呼んだ。

 普段は翼棠のもと、国の内情を調べている者や怪しい者を尾行したり、それが黒だと分かればすぐさま制裁を加えるという立場なのだが、四の五の言っていられない。

 「翼棠さん、本気出してよろしいので?」

 「久しぶりですね、暴れられるなんて」

 「奴隷たちを逃がしたりしたら、俺達もどうなるか分からないんだ。急いで事を収拾したい」

 翼棠の部下たちは、腰から剣や銃を取り出すと、なりふりかまわず暴れている奴隷たちのもとへと向かう。

 翼棠の部下は相当な手練たちのようで、今まで暴れたいだけ暴れていた奴隷たちが、どんどん捕えられて行った。

 「ありゃあ~、こりゃまた面白そうな」

 解放していった奴隷たちがまた捕まっているのを見ていた男の口角があがった。

 「よし、なんとか半分は捕まえられたか?」

 「それより、こいつらを逃がした奴らは何処にいるんだ?」

 「さあな?いち早く逃げたとかじゃないのか?」

 翼棠の部下は、自分達の手で捕えた奴隷たちを眺めて、さっさとあと半分も同じように捕まえてしまおうと思っていた。

 「逃げるなら殺すよ、まじで」

 そう言って、部下の男は銃を奴隷の足に向け、躊躇せずに撃つ。

 奴隷は怪我をし、その場にうずくまってしまうが、部下の男はそんな男に近づくと、再び銃を向ける。

 「ストレス溜まってんだよな。1人くらい殺しても、いいよな?」

 「やっ、やめてくれっっ!!!」

 ドン、と冷たい音が響いた。

 それからしばらく沈黙が続くと、部下の男は目線を動かす。

 「おい、俺の愉しみを邪魔したのはどこのどいつだ?」

 「俺だよ」

 奴隷を銃弾から危機一発のところで救ったのは、赤いマフラーに青い髪、金の目をした咲明だった。

 奴隷の男を抱えたまま、少し下がってしまったマフラーをあげて、口元を隠す。

 「おい兄ちゃん、俺達を甘く見るなよ」

 「・・・・・・」

 すう、と咲明の頬を掠めるようにして、背後から伸びてきた剣に、咲明は目を少しだけ動かして見ていたが、逃げもせず、だからといって抵抗もしなかった。

 それを良いことに、後ろにいた男は咲明をじわじわいたぶろうとしたようだが、そうはいかなかった。

 「あんたらが甘そうには見えないよ」

 「・・・!?」

 咲明の背後にいた男のさらに背後、気配など一切感じなかったはずだが、背中から急に声が聞こえてきたため、男は慌てて後ろを振り向こうとしたのだが、手遅れだった。

 相手の顔を見ることもなく、男は意識を手放して倒れた。

 咲明は抱えていた男を下ろすと、もう一人の男に向かって声をかける。

 「黄生、あいつらを倒した方が早いみたいだぞ」

 「あーあ。咲明と祥哉だけにやってもらって、俺は昼寝でもしてようかと思ったのに。まあ、たまには身体動かさないとね」

 「なんだこいつら?」

 「待て、見た事があるぞ・・・」

 監視役の男たちは知らなかったかもしれないが、さすが翼棠の部下とでもいうのか、黄生と咲明の顔を見てピンときたようだ。

 部下の男たちは集まって、2人の顔を見て確信する。

 「やっぱり・・・こいつら、賞金首の黄生と咲明だ!!!捕まえれば名をあげられるぞ!!」

 「こんなガキだったとはな。俺達に勝てると思うなよ?」

 「・・・それはこっちの台詞だな」

 部下の男たちは、2人に一斉に襲いかかった。

 少なくとも、翼棠の部下たちは5人以上いるのだから、たった2人の、しかも自分たちよりも若い男などすぐに倒せると、自尊心だらけの男たちは思っていた。

 「他所見してると、殺されちゃうぜ!!」

 「・・・他所見してるんじゃない」

 「なに・・・!?」

 他の部下と戦っている最中の黄生に、別の男が攻撃をしようとしたとき、黄生がすうっと横目で見てきた。

 ほんの少しだけ口元を歪ませたかと思うと、急に影が現れた。

 「俺に背中向けたってことは、やっちゃっていいってことだよな?」

 「なんだと・・・!?」

 頭上から降ってきた咲明の周り蹴りに、男はあっけなく倒れてしまった。

 「あんたらに教えてあげようか」

 「な、なにをだ!?」

 緊迫したこの空気には似合わない、黄生ののんびりとした声が通る。

 「金で雇われた奴とそうでない奴と、肩書きは同じ“強者”であっても、金で雇われた奴らは俺達には勝てない。それはどうしてかー?」

 急にクイズ形式になり、男たちは互いに顔を見合わせる。

 初めの5秒くらいは、考えようとしていたらしいが、どうしてそんなこと考えなくてはいけないのかと気付いたようで、答えを言わずして再び襲いかかる。

 「答えはー」

 間延びした声色の直後、黄生の目つきが一瞬、変わったような気がした。

 それから、こう続ける。

 「冰熬に聞いて」

 翼棠の部下も順調に倒して行くが、それと同時に奴隷をまた解放していく。

 それは、この男の役目。

 「祥哉、そっちに行ったぞ、気をつけろ」

 「気をつけろって、なんで俺の周りにはこういう身勝手な奴しかいないんだよ」

 「ここでやられたら、骨くらい拾ってやるよ」

 「馬鹿言うな」

 祥哉は自分に向かってくるその男に対峙すると、キレながら舌打ちをする。

 「雑魚から倒してやるよ!!」

 「俺は雑魚じゃねえええええええ!!!」

 雑魚扱いされ、最後の一本がプツンとキレてしまったようで、祥哉は男の顔面に手を押し付けると、そのまま勢いよく床に倒した。

 後頭部から押さえつけられてしまった男は、なんとかして祥哉から逃れようとするが、祥哉の力は思った以上に強いもので、幾ら抵抗しようとも逃げられなかった。

 後頭部は徐々に床にめり込んで行き、息も苦しくなってきた頃、祥哉は掴んでいた顔面ごと男を持ちあげ、そのまま今度は振りまわして壁に投げつけた。

 壁に激突してしまった男は、力なく伸びてしまった。

 それを見て、咲明は小さく笑った。

 「おーおー、キレると手がつけられねぇって、確かにな」

 「咲明咲明」

 「どうした黄生、もう全員倒したぞ」

 「そうじゃなくて」

 「ならなんだ。腹でも減ったのか?もう少し我慢出来ないのか?」

 「いやだから違うんだけど」

 「じゃあなんだ」

 「翼棠がいない」







 黄生たちに次々やられていく部下たちを見て、さすがに翼棠もマズイと思ったのか、すぐさま撤退していた。

 そして用心棒のところへ行くと言っていた聞邑のもとへと急いで向かう。

 ノックもせずにそこへ入ると、そこには倒れている用心棒たちと、その用心棒たちを倒した本人であろう、冰熬だった。

 翼棠は無意識に、冰熬に銃を向ける。

 「翼棠、銃を下ろせ。何かあったのか」

 そんな翼棠の耳に、聞邑の声が聞こえてきた。

 「聞邑様!大変です!冰熬と一緒に捕まえた男たちが暴れまして、奴隷たちが逃げ出しました!部下もやられ危ない状況です!どうかお逃げください!!」

 はあはあ、と呼吸を乱しながらなんとか聞邑に言伝をした翼棠。

 冰熬はただ黙ったまま、聞邑は険しい顔をした後、親指で額を数回かいた。

 そこへ、あの3人がやってくる。

 「あ、こんなところにいた」

 「俺達をこき使うなんて、冰熬、あんたじゃなきゃ出来ないね」

 「・・・・・・」

 この時、ようやく警報が鳴りだした。

 奴隷たちが逃げた、監視たちもやられてしまった、首謀者は行方が分からない、用心棒たちに報せろ、など。

 聞邑は、目を閉じたあと、ゆっくりと目を開けながら冰熬を見た。

 「こういうことか、冰熬」

 「何がだ?」

 惚けている冰熬に、聞邑はため息を吐く。

 「わざと捕まったのも、騒ぎを起こしたのも、用心棒になると嘘を吐いたのも、ここから逃げるための作戦だったというわけか」

 「ああ。祥哉を怒らせるのは簡単だ。騒ぎを起こしてる間に、黄生たちには別の動きをしてもらってた」

 「それが、奴隷解放というわけか」

 「そうだ。まず監視役の男を寝かせて、変装をする。檻の鍵と手錠の鍵さえ手に入れば、後はなんてことねぇ。そこに交代だと言って戻っていって、監視はブッ倒して、奴隷は逃がすだけだ」

 「いつの間にそんな作戦を・・・」

 冰熬たちが奴隷としてここに来てからというもの、怪しげな行動は見られなかった。

 まともに会話さえしているのを見たことがないのに、どうやって作戦など立てられたのかと聞けば、冰熬は足で床をトントン、と叩いた。

 首を傾げていた聞邑だが、すぐに何かに気付いたようだ。

 「まさか・・・」

 「そのまさかだ。俺はこうしてモールス信号を黄生に出してたんだ」

 「そんなもの、誰もが知ってるわけじゃない。一か八かでやったのか」

 もはや、聞邑は今までの敬語など忘れ、翼棠たちと話すような口調だ。

 「一か八かじゃない。こいつ、こんな惚けた顔してやがるが、一時期そういう組織にいてな、知ってるだろうと思ってよ」

 「冰熬ってはいきなりなんだから。俺びっくりしたよ。まさか冰熬が使えるとは思ってなかったし、それに、奴隷たちを解放なんてすると思ってなかったからね」

 「感謝しろよ。祥哉の迫真の演技がなけりゃあ、ここまで上手くはいかなかったんだからな」

 そう言って祥哉の方を見ると、祥哉は至極不機嫌そうな顔をしていた。

 どうやら、作戦を知らされていなかったのは祥哉だけのようで、咲明は黄生から聞いていたから知っていたとかで。

 除けものにされたからというだけでもなさそうだが、一度冰熬と共に捕まって、再びあの部屋に戻されるまで、本当に何も知らされていなかったのだ。

 「なんであの時、あんなこと言ったんだ」

 「・・・あそこまで言わねえと、お前は心から俺を殺そうとしねぇだろ」

 「だからって、俺を投げ飛ばすことなかっただろ」

 「あれはお前、突っ込んでくるからだろ」

 「けどあんときのあんたの目は・・・」

 今思い出しただけでも、ぞっとする。

 あんなに冷たくて感情の無い冰熬の目つきを、忘れられるものだろうか。

 その先の言葉も、呑み込むしか出来ない祥哉に声をかけたのは黄生だった。

 「冰熬のことを全部知るのは無理だよ」

 「え?」

 「俺だって、冰熬のことはあんまり知らないから。てか、ほとんど知らない。まあ、俺はそんなに長く一緒にいたわけじゃないけど。時々あったよ、そういう怖い目の時とか」

 「・・・・・・」

 祥哉だけに話した心算だったが、その場が静かだったからか、きっと周りの全員に聞こえたいただろう。

 「冰熬・・・」

 その時、ぽつりと呟くように冰熬の名を述べた聞邑。

 「今ここで俺が政府や警察に助けを求めれば、数百人、いや、数千人の役人がお前を捕まえに来るだろう。それでも後悔はないか」

 「・・・くだらねぇなぁ」

 「なに?」

 冰熬は、聞邑の後ろに見える夕陽を眩しそうに見つめていた。

 「何百人何千人何万人何億人と敵に回したとしてもよ、俺には譲れねえもんがあるんだ」

 「譲れないものだと?」

 「ああ。それは目にはみえねぇもんだが、確実に俺を真っ直ぐに立たせてるもんだ。窮屈な鳥籠の中で、餌を与えられながら死んでいくくらいなら、自由に飛びまわって、食物連鎖の中で生きていたいね。じゃねえと、俺って人間が俺じゃなくなるんだ」

 特に大きな声で言ったわけでも、強い口調で言ったわけでもないというのに、冰熬のその言葉は酷く響いた。

 聞邑はにこやかな表情がなくなり、今度は親指の爪を少しだけ齧った。

 「翼棠」

 「はい」

 「こいつら、殺せ」

 「しかし・・・!!」

 「いいから、殺せ」

 敵うか敵わないかで聞かれたら、きっと敵わないだろうが、嫌だとか勝てないとか言って逃げ出そうものなら、それこそ聞邑に何をされるか分からない。

 聞邑のお陰もあってここにいられる翼棠からしてみれば、無理難題であっても、なんとかやるしかなかった。

 翼棠はずっと冰熬に向けていた銃に再び力を込め、狙いを定める。

 そして引き金を引こうとしたその時、何やら重たい音が幾重にもなって聞こえてきて、冰熬たちがいる部屋の扉が強引に開いた。

 「なんだ、お前たちは」

 親指を噛んだままの聞邑が、入ってきた男たちを睨みつけながら問いかける。

 すると、男たちの後ろから、1人の男が前に出てきた。

 「「あ」」

 黄生と咲明は見た事があるらしいが、冰熬と祥哉は初顔だ。

 黒髪に金の目をした男は、白い手袋をしながら登場すると、聞邑に向かってこう告げる。

 「この国を調べ直す」

 「何の権限があってそんなことを」

 「権限ならある。それに、違法とされている奴隷を働かせていると、奴隷本人たちから先程話を聞いた。大人しく来てもらおう」

 「断る。大体、この国にはきちんと役人がいて、変わりはないと報告しているはずだ。それがなぜ、お前らのようなわけの分からない連中に」

 イライラが止まらない聞邑に対し、男はため息を吐く。

 「申し遅れた」

 胸元から名刺のようなものを差し出すと、男は丁寧な言葉とは裏腹に、煙草を取り出してその場で吸い始めた。

 その臭いで、冰熬が煙草を吸いたくなってしまったのは仕方ないとしても、これも忍耐だと腕組をしていた。

 「俺は秘密警察の“金目の将烈”。役人が報告したからといって、それらすべてを信用するほど馬鹿ではない。不穏な動きがあればすぐに分かる」

 「き、金目の将烈・・・!?」

 「早速だが、この部屋のもん、全部押収させてもらう」

 「ま、待て!!証拠でもあるのか!?証拠のないのに、こんな勝手な真似が許されるのか!?俺が上にかけあって、お前のことをクビにすることだって出来るんだぞ!!!」

 男、将烈の指示通りに動きだそうとした男たちだが、聞邑が将烈に近づいていったことによって、警戒をする。

 しかし、将烈は煙草を咥えたまま、軽く手をあげて男たちを制止すると、無愛想な表情のまま、こう言った。

 「クビが怖くて悪を裁けるかよ。もしも俺を止める奴がいるなら、例え上層部だろうとなんだろうと、俺はそいつを檻に放り込む。それが仕事だ」

 「くっ・・・!!」

 「それに、証拠はある」

 「誰だ!!」

 扉にいる同じような格好の男たちの中から、1人の男が現れた。

 その男は紫の髪をしており、将烈と目が合ったような気がしたが、特に2人は会話をすることはなかった。

 「あれ、あいつって」

 「確か、前に会った・・・」

 「鬧影と申します。証拠なら、国に潜入していた仲間からの証言があります。写真にも収めていますから、言い逃れは出来ないと思いますよ」

 証拠を突きつけられてしまい、将烈の部下たちによって、奴隷がいる部屋のことも、奴隷の一部は国外に売りさばいていたことも判明し、聞邑を始め、翼棠とその部下たちはみな連行されてしまった。

 将烈を見ながら、冰熬は顎鬚を摩っていると、将烈と目が合ってしまった。

 冰熬はちらっと目線と咲明に向けたあと、もう一度将烈に戻して「ふーん」とだけ言った。

 「将烈さん」

 「波幸、なんだ」

 「翼棠の部下と用心棒たちなんですが、錘をつけても良いですか?あんなのに暴れられたら大変です」

 「ああ、そうだな」

 波幸という将烈の部下が部屋から出て行くと、将烈は冰熬たちの方を見ることなく部屋から出て行った。

 気付くと、鬧影はすでに部屋におらず、ただどちらの部下かは分からないが、男たちが部屋中を散策していた。

 部屋を出た将烈は、廊下にいるその男の前を一旦通り過ぎると、こう言った。

 「何しにきたんだ」

 「俺は俺の仕事をしに来ただけだ。それとも、元同期としての言葉でも欲しかったのか?」

 「ふん。お前みたいな奴が、まだあの中で生き残っていたとはな。よくあんな薄汚れた場所にいられるもんだ」

 煙草を携帯灰皿に押しつけながら将烈はそう言うと、鬧影はそんな将烈の背中を一瞥したあと、床を見る。

 「汚れてるなら、綺麗にしないといけないだろ。汚れてるものをそのままにすることの方が、俺は出来ない」

 「・・・・・・何層にも重なったこびりついた汚れは、そう容易くは落とせない。いっそ新品に替えた方が早いだろうな」

 「お前はお前のやり方でいい。俺は俺のやり方で変えていくだけだ」

 それから、視線を一度もかわすことがないまま、将烈は去って行った。







 「俺、お前がモールス信号使えるなんて初めて知った」

 「モールス信号ってなに?」

 「なんか暗号みたいなやつだよな?トン、ツー、とかでやるんだっけ?」

 「黄生って、一体どこにいたわけ?」

 祥哉と咲明からの質問に、黄生は明らかに嫌そうな顔を見せる。

 「えー、なんでそんなに聞いてくるの?答えるの面倒臭いんだけど。てか知らなくてもよくない?俺に興味あるの?」

 「その言い方は止めろ」

 「ねーねー祥哉。冰熬になんて言われたの?すごくキレてたね」

 「・・・・・・」

 「思い出したくないってよ」

 わいわいと楽しそうにしていた祥哉たちだが、冰熬に何を言われたのか、それにはグッと口を閉ざしてしまった。

 言いたくないことなら言わなくて良いと言えば、祥哉はその時のことを思い出したのか、ふつふつと怒りが戻ってきたようだ。

 「あの野郎!!!絶対に俺がこの手で殺してやる!!!」

 「祥哉落ち着けって。冰熬にキレるだけ無駄だって」

 「やれやれー」

 「黄生は煽るな」

 ふと、聞邑の国からまだ出ていない敷地内で、冰熬の姿が見えないことに気付いた。

 どこかで油でも売っているのかと思っていると、冰熬が聞邑の城の方から肩に何かを担いで向かってくるのが見えた。

 「何か持ってる?」

 何だろうと思っていると、そのうち一つを黄生たちに渡した。

 その茶袋の中を開けてみてみると、そこには沢山の札束があった。

 「冰熬、これどうしたんだ?」

 「いやな、出口がどこかなーと思って歩きまわってたら、たまたま、たまたまな?金庫室に行きついて、そこがたまたま鍵が壊れてて、中に入ったら大金があってよ。“ご自由にお持ち帰りください”って書かれてたから、持ってきたんだ」

 絶対たまたまではないし、そんなこと書いてなかっただろうが、誰も言わなかった。

 有り難く黄生は、というよりも、それを持ち歩くのはきっと咲明なのだろうが、黄生たちはそれを貰う事にした。

 互いにそれぞれの行く道へと向かおうとしたその時、黄生が冰熬に声をかける。

 「冰熬」

 「あ?」

 「・・・なんで今回、奴隷の解放をしたの?聞邑が捕まることを想定してたなら、どのみち助かったでしょ。それでも先に解放したのは、単に騒ぎを大きくするためだけ?それとも、何か別の理由があったとか?」

 「お前、いつから詮索するような質問が出来るようになったんだ?」

 「冰熬ってもしかして、革・・・」

 「黄生よぉ、滅多なことを口にするもんじゃねえぞ。俺がそんな大層な人間に見えるのか?」

 黄生の言葉を遮って、冰熬は言う。

 聞邑のところから持ってきた金が入ったその大きな袋を祥哉に渡すと、祥哉は文句を言いたげな顔をしていたが、大人しく受け取ってサンタのように背中に背負う。

 すでに傾きかけているそれを眺めながら、冰熬は目を細める。

 「どんな英雄も歳をとる。幾ら強さを維持したところで、これからの若い芽には敵わねえよ」

 「冰熬・・・?」

 フッと口元に笑みを浮かべながら、冰熬は黄生たちを見る。

 「今を作ったのは俺達でも、これからを作るのはお前等若ぇ連中だ。感情に流されるのもよし、迷って躓くのもよし。今世界をしっかり見ておけ。答えを出すのは、それからでも遅くねえからよ」

 「・・・・・・」

 結局、冰熬からは肝心なことを聞き出すことが出来ないまま、黄生と咲明は別の道へと進んで行った。

 一方、冰熬と同じ帰り道の祥哉は、まだ心の中にとどめていることがあった。

 それは、祥吏の話を持ち出したときのことだ。

 “勝手に死んだんだろ”

 あの時の冰熬の気持ちは知らないが、いくら作戦だったからとはいえ、祥哉にとっては赦せない一言であった。

 しかし、こうして冰熬と2人になると、なかなか言い出せないのは、やはり、冰熬の口からあんな言葉が出たこと自体、未だに信じられないからだろうか。

 しばらく黙ったまま歩いていると、冰熬が急に立ち止まり、それに気付かずに祥哉が冰熬の背中に激突してしまった。

 「いてっ!急にとまるなよ・・・」

 「・・・祥哉」

 「なんだよ」

 「お前はそのままでいろよ」

 「はあ?」

 急になんだと言おうとした祥哉だったが、冰熬の少し寂しそうな横顔を見てしまったら、言えなくなってしまった。

 そのまま大人しくしていると、冰熬に暴れすぎて疲れたのかと聞かれたため、背負っていた大きな袋で冰熬を殴った。

 拠点となる国に入ったところで、冰熬は他の人とはあまり顔を会わせたくないということで、祥哉に買いだしを頼んで先に古民家へと戻って行った。

 残された祥哉は、いつものように必要なものを買うと、帰る頃には古民家に小さな灯りがついていた。

 戸を開けると、冰熬は身体を横にして寝ており、囲炉裏も静まったままだった。

 やれやれとため息を吐きながら囲炉裏に火をともすと、祥哉は空腹を埋めるために食事を作る。

 作り終るころになると、匂いを感じたのか、冰熬はむくりと起き上がってきて、作ったばかりの温かいそれを口にする。

 「時々・・・」

 「ん?」

 「あんたが分からなくなる」

 「・・・・・・」

 「けど、あんたを殺すのは俺だから」

 「・・・話の流れが合ってねぇが、好きにしな。俺ぁそん時まで、逃げも隠れもしねぇで、ずっとここにいるからよ」







 その頃、黄生と咲明も食事をしていた。

 しかし、珍しくガツガツ食べない黄生にどうしたのかと咲明が聞けば、黄生は口いっぱいに肉まんを放りこんでいた。

 「リスか」

 「・・・・・・」

 もぐもぐと口の中のそれらを飲みこんだあと、黄生はこうぽつりと呟いた。

 「やっぱり、冰熬には敵わないや」

 「・・・・・・」

 普段、そういうことを気にしていないだろうし、口にはしない黄生に、咲明は頬張っていたスパゲッティーを中途半端に口から出した状態で目をパチクリさせた。

 すると、黄生に”変な顔“と言われたため、全部口の中へと入れた。

 「ああいいや。それより米が喰いたい。ドリア食べたい。それから炊き込みご飯と、塩おにぎりも」

 「あ、俺は鍋とすき焼きとしゃぶしゃぶとカツ丼と生姜焼きと親子丼と、それからー、杏仁豆腐、全部大盛で」

 「咲明の食欲って信じられない」

 「お前と違って普段から動いてるからな」







 「しーーーーっしょおおおおおっっっ!!!!!!」

 「祥哉、お前毎度毎度言うがな、そうやって殺気だって殺しにくるのは止めろ。折角の朝飯が台無しだろうが」

 「師匠ってば、照れないでくださいよ」

 「照れてねえよ。いいからその包丁を俺じゃなくてまな板に向けろ」

 「ちっ」

 いつもの朝、いつもの光景、そしてまた、いつもの夜がやってくる。

 舌打ちをする男の背中を、頬杖をつきながら見ているもう一人の男は、見えないように小さく笑う。


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