第1話

文字数 1,746文字

「細く長い、静かな雨が降っていた」
 夜の闇に、六本木通り沿いに面して、そびえ建つ円錐形の巨大なタワーマンションは、最近オープンしたばかりの六本木の新たなシンボルだった。
 その高層建築物が、周りの高層ビル群を従えるように、ステンドグラスの原色の強烈なネオンを発すると同時に、下界を行き交う人たちを飲み込んでいった。
 ビルの内部へ消えて行くものと、それらに羨望の目差しを向けながら地上から生えてきたかのようなコンクリートのドームから地下空間へと消えて行くもの達の身に纏う装いはカラーとモノクロのコントラストの如く明らかに二極化されていた。
「二十三時になったな。如月からの情報、確かだな」
 通りを隔てた向かい側から、マンションを見上げながら、早瀬は上川に念を押した。
「ええ、間違いありません。奴は、自宅にいます」早瀬の問いに上川が答えた。
「わかった。警備室には?」
「話しは通してあります。問題ありません」
 マンションのエントランスを、奥のエレベーターホールに向かい歩きながら早瀬は警備室に常駐している制服姿のガードマンに会釈をして通り過ぎた。
「じゃあ、行こうか。抵抗される可能性もあるから各自十分に注意するように」
 エレベーターの上向き矢印のボタンを押しながら、早瀬が声を掛けると、その言葉に呼応するかのように、早瀬以下三人のGメンたちの顔が引き締まった。
 高速仕様のエレベーター内部のデジタル表示板が最上階を示すと、一息置いてドアが開いた。
「お待ちしていました。こちらへ」
 正面に如月が立っており、エレベーターを降りた一向を手招きすると、彼らの先頭に立ち早足で且つ足音をかき消すようにして歩き出していた。
「この部屋です」
 如月が、早瀬達を案内したのは、最上階の中央に位置する「六〇二一号室」カードキーを認識装置に通すと、ガッチャッという小さな金属音がロックの解除を告げた。
「中へ」
 如月が金属のノブを、右手で下側に押し下げて、ドアを手前引き左手で早坂たちに入るように促した。
 内部に通された、部屋は、このマンションの見学用のモデルルームも兼ねており、家具や水回りなどは、一通り揃っていた。
 早瀬以下三人の捜査官はその3LDKの間取りの豪華さに目を見張った。聞けばこの部屋の分譲価格は一億五千万円を優に超えるという。早瀬たち公務員の給料ではとても手に届く代物ではない。
 心の奥で溜息が漏れた。
「凄いでしょう。訳を話したら管理会社の方がこの部屋を用意してくれたんです」
 早瀬たちの反応を見定めた如月が声を上げた。
「ああ、凄い、だが、俺達には高嶺の花だな」
「そうですよね。一生掛かっても俺達には、どうにもなりませんよね」
 早瀬の言葉に、さっきまで明るかった、如月が落胆したように口を開いた。
「如月、お前は、若いこれからの頑張りでどうにでもなるさ」
 咄嗟に早瀬が、無意味で無責任な言葉が口を突いて出た。
「辞めて下さい主任、フォローにもなってませんよ」
「すまん」
 自分の、浅はかさに、早瀬は己の顔が紅潮するのを覚え、思わず詫びた。
 しかし、如月の、その、態度に早瀬は一抹の違和感を覚えた。が、しかし、外野に逸れた話しを元に戻すべく言った。
「俺達は、マンションの内覧会に来たんじゃない。さあ、仕事に戻るぞ」
「下の様子は」
 フローリングに置かれれた装置のイヤホンジャックにヘッドフォンの端子を差し込んだ、如月が「シット」右手の一指し指を唇の中央に当て、左手を開いて注意を促し耳を澄ました。
「物音と、話し声が聞こえます。奴は間違いなく在宅中です」
 目を閉じて、階下の部屋の様子に集中していた如月が、早瀬に向かい親指を立ててGOサイン
の合図を送りながら言った。
「よし、わかった。下の待機組に入り口と非常口を固めるよう連絡!、準備が整い次第行動を開始」
 早瀬は押さえた声で、捜査員達に指示した。
 沈黙の刻の中、今回のメンバーの中でも最古参の、佐竹捜査官のマナーモードに設定された携帯が、微かなモーター音と共に震えた。
「OK!ですね。わかりました」
 佐竹が、声を潜めるように、右手で携帯を持ち左手で口元を覆いながら囁くように返した。
「よし、行こう」
 合図とと共に、先頭に立ち歩き始めた早瀬の脳裏にあの言葉が甦ってきた。
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