第3話

文字数 1,085文字

早瀬以下三人の捜査官は、張り込みの為に詰めていた部屋の、丁度真下、「五〇二一号室」の前にやってきた。
「中の、容疑者がどう言う態度に出るか解らないので各自注意して」
 早瀬が、居並ぶ面々に油断しないように指示を出した。
「インターホン!押すぞ」
 早瀬の言葉に、場が凍りついた。捜査の段階に於いて一番の危険を伴うのが、この、容疑者を確保するその時だ。
 捕まりたくはない、容疑者はそう思ったのならば、なりふり構わない抵抗を試みる。そのために捜査官が怪我を負わされたり、最悪の場合殉職に追い込まれた事例も過去には存在した。
「・・・・・」

 早瀬がインターホンのボタンを押すと同時に、部屋の中から呼び出し音のリズムが聞こえてきた。それを確認すると早瀬は、インターホンに取り付けられた、確認用のカメラの前に顔を近づけ、己の顔を部屋の中の住人に晒した。
「どちら様ですか?」インターホン越しに男の声で返事が返ってきた。その声からはあからさまな警戒心を感じ取ることができた。
「島崎先生、夜分、すみません。私は、厚生労働省麻薬取締官の早瀬と申します。失礼ですが、私たちが今夜、ここに、参上した理由については、もう、おわかりですね」
 早瀬が、インターホン越しに返事を返した。
「・・・・・」
 早瀬と容疑者の間に、しばしの無言の刻が流れた。
「わかりました。暫くお待ちください、今、開けます」
 悟ったような、そして、静かで落ち着いた声で返事が、アルミのドアの向こうから帰ってきた。

「どうぞ、お入りください」
 ドアが向こうから、開けられた。抵抗もなく、ごく自然に、傍目から見れば容疑者と自分たちはまるで何年も付き合いのある親友同士に映るのかも知れない。
 早瀬と佐竹以外の、若い上川と如月にとっては、この、島崎の態度は意外だったのかも知れない。だが早瀬には、薬物依存症の患者はすべからく地獄を見ていると言う、黒木の台詞が心の奥にあり冷静に対処することが出来た。
「よく、来てくれました。有り難うございます」
 島崎は、部屋に入った早瀬の手を両手で握りしめて、礼を述べその目は潤んでいた。
 室内には、早瀬達の前に立ち尽くす島崎の他に、奥の寝室にバスタブ姿の女が、ベッドに座り俯いていた。
「物がでました」
 上川が叫んだ。
「この、薬品の中の液体が青色に変化すれば、それは、禁止薬物です。宜しいですね」
 佐竹捜査官が、島崎に言い検査液の中に白い粉を入れた。検査液は見る見るうちに青色に変わってゆき、その瞬間島崎の容疑が確定した。
「麻薬所持の現行犯で、逮捕します」
 早瀬の言葉が室内に、冷たく、こだました。      
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