第6話

文字数 605文字

『あなたに会うことはもうない』


これほどまでに人の死というものを実感したことがないかもしれない。

そう思えたのは小さな子供を見ていたときのこと。

当たり前だが、この子は私の大切なあの人のことを何も知らない。

目を閉じれば私は今でも思い出せる。

優しく出迎えてくれたあの笑顔。

定位置の椅子に座りテレビを見つめる姿。

庭のベンチでふうっとタバコを吸う姿。

あの人のことをこの子は知らない。

そしてこれから生まれてくる子供たちも。

そうか。これが人が死ぬということか。

私は、人に性格が冷たいだとかよく言われることもあり、あの人がいなくなった時も自分のことしか考えていなかった。

ひとりで寂しくなるだとか、これからこの広い家にひとりぼっちになってしまっただとか。

涙が頬をつたっていくのがわかった。

この子たちはあの人の優しさを知らない。

あの人が怒ったらどれほど怖いのかも知らない。

あの人が今まで何を得たのか、何を失ったのかも知らない。

私にとって日常だったあの日々をこの子たちに伝えたとしても、この子たちがあの人と出会えることはないのだ。

出会ってほしかった。

もっと生きていてほしかった。

目の前で無邪気に遊ぶ子供の姿が霞んでいく。

霞んだ視界の中で両手を目に押し当てた。

涙がこぼれないように。

でも、私は大きな声を出して泣いていた。

涙はこぼれる。

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