【元・猫のお姫様と青年】

文字数 4,981文字

この世界は、人間と獣人が暮らす世界である。
争いはないように、友好関係を築いているのだが、とある日、猫の国のお姫様が国を無断で出て、人間の国へ入ってしまった事から、双方の国では話し合いが行われた。
力の差がある人間と獣人は、お互いがお互い、こちらの方が有利に戦えると思っていても、体の差があれば、それだけ不利になる事もある。
数が多ければ良いとも限らない。
人間と獣人が暮らしていくには、それなりに考えが必要となる。
争いを好む者もいるかも知れないが、争っていては、生活が疎かになってしまう事もある。
平和に暮らしていくには、お互いの歩み寄りが必要と考えるものが、この世界には多いのだ



[反発者の森と元・猫のお姫様]

国の反発者はどこの国出身でも、必ず辿り着くところがある。
国を出て、とある森の中に反発者同士が暮らす森がある。
そこは、獣人も人間も関係なく、国や制度など、不平不満を抱えた者達の集まりで、争いを好む者もいるという噂が絶えない場所である。
ほとんど誰も寄り付かないが、とある日、少年は国を追い出されこの森に辿り着いた。
少年が国を追い出された理由としては、猫のお姫様の勝手な行動によるものだったが、元々、不平不満を抱えていた少年は、森での暮らしの方が自分には合っているかも知れないと思い、納得して森へ向かったのだった。



猫のお姫様は猫の国を出て、人間の国に勝手に入り込み、レッドという少年の元へ向かった。
レッドに会えた猫のお姫様は、レッドと一緒に暮らすと決意したが、その後、探しに来た猫の国の者により国へ戻されたが、猫のお姫様が会いに行き、一緒にいた少年が、何日か前に騒ぎを起こした少年だった事が分かり、猫の国と人間の国で話し合いが行われた。
その結果、少年だけ国から追放となったが、猫のお姫様は納得できず、再び行方を眩ましたが結局はまた戻された。
猫の国では、お姫様の結婚を急いだが、お姫様自体が、どんな猫も拒否した為に結婚せず、レッドに会いたい、レッドと一緒にいたいとしか、言わなくなってしまった。
困り果てた国王は、唯一のお姫様であったがお姫様には兄弟がいた為に、元々、王位継承権は弟君のほうにある。
結果として、お姫様は国を追い出されることとなった。
そして、何日かかけて森まで行き、森の中で少年を探した。
何も持たずに出てきてしまって、だいぶ苦労したが、とにかくレッドの存在が気になった。
まだ生きているのか、生きているならどこにいるのか…。
レッドと再会した日、レッドの家で暮らせると考えたが、それは無理な事なんだと気付かされた。
結局自分は「お姫様」という立場なんだと、嫌なほど身に染みた。
しかし、お姫様ではなくなってしまったが、自由を得た今は、とても心が軽かった。
ここまでの道のりは、だいぶ過酷だったが、自分がお姫様だったゆえに、知らない事だらけだったと思い知らされた。
森に入ると途端に恐怖が襲ってきたが、それでもレッドに会うまでは、歩みを止めてはならないと、自分に言い聞かせ、森の中を進んでいった。



少年は、森の中で腹を空かせて動けない所を、成人男性に拾われた。
すぐに人間が暮らす所まで連れて行かれ、水と食料を貰い、寝床も与えられた。
少年が国を追い出されてから何日も経ったが、猫のお姫様は現れていない。
結局、自分と暮らすなんて事は出来なかったんだと思い、森の中の人間の住処の中で、大人しく暮らしていた。
ここは大人も子供も関係ない。
今までの場所では、大人すら働くのが困難だったのと違い、やる事はいっぱいある。
子供でも出来る作業をやらされ、労働後は普通に飯が食えて、寝床もあり、そこで寝られる。
飯の量は相変わらず少ないが、昔もほとんどパン一個を半分にしたものを食べていただけだったからか、とくに何も思わなかった。
毎日、少しだけあのお姫様がここに来てないか探す時間を設けた。
結構、唐突過ぎて戸惑ったが、猫特有の可愛らしさが気に入ったんだと、後で気付いた。
綺麗な寝間着を着ていたお姫様だったが、茶トラの毛が、自分と同じに見え、仲間意識が少しだけ芽生えたのだとも、後から気付いた。
失ってしまったショックもある。
人間ではない者の存在は、人間より好きになれそうだった。
だからこそ、毎日、毎日、あのお姫様の姿を探した。
大人から情報を聞き出す事もして、いつかまた会いたいと願っていた。
大人達に一緒に暮らせるなら暮らしたいとも話していた。
子供だったゆえに、大人たちは話半分で聞き、分かった、クリスの言うとおりにするよと、言ってくれていたのだ。
少年はその大人の言葉を信じていたのだった。



しばらくしてから、森の中に侵入者の噂がたった。
猫の獣人だという噂が広まり、少年はその猫の獣人の噂を聞き、人間の住処から森の出入り口付近まで、行く事にした。
信じられる大人一人についてきてもらい、少年は「猫の獣人」を探した。
しばらく歩くと、横たわる茶トラの猫の姿が見え、急いでそこまで行き、声をかけた
「もしかして、アヤか?」
その声を聞き、猫は耳を動かし、目を開き、顔を上げて少年の顔を見た。
「もしかして、レッドなの?」
「あぁ、今はクリスと名乗ってるが、オレだよ」
少年の姿はあまり変わらないが、猫のお姫様の姿は随分とやつれていた。
自分を見つけ、人間の住処まで連れてってくれた男性に、自分が探していた猫だと話し、アヤを抱えて、少年は男性と一緒に住処へ戻った。
住処まで戻ると、別の住人達にも事情を話し、しばらく置いといて良いと言ってくれた。
話半分しか聞いてなかった大人たちは、子供の言い出したことにあきれたが、ここは人間の国ではなく、森の中である。
獣人だからといって、一緒に住めない訳ではない。
森の中でも、ある程度の住み分けはしているが、国に暮らしていた時より自由だった。
獣人と対立するものもいるが、そんな奴らともまた、住み分けしている。
ここは比較的、安全な場所として人間が集まっている。
国より獣人との境界線はゆるく、交友する人間と獣人が気軽に会っている。
反発者だらけではあるが、反発者の中でも比較的、人間の国に住みにくさを感じた者などが集まって出来た場所である。
だから少年もこの場所で受け入れられ、平和に暮らしていたのだ。



猫のお姫様は少年のベッドに寝かされ、猫の獣人と交友関係にある人間に頼み込み、食料を少し分けてくれることとなった。
その代わり、元気になったら、猫の獣人達が暮らす場所へ行き、一旦は離れる事となった。
お互いがちゃんと生活出来るような力を身につけなければ、この森では暮らせないという事だった。
そういう事ならと受け入れ、少年と猫のお姫様は、しばらくは一緒にいたが、お姫様が元気になった後、再び離れる事となったが、自由に会えるという事で、そこまで寂しさを感じなくて良い事を学び、大人になったらこの森の中で一緒に暮らそうと約束したのだった。



青年になったクリスは、赤髪がだいぶ伸びて、体も大きくなり、たくましく成長した。
人間の住処近くに小さな小屋を建て、元・猫のお姫様だった「アヤ」と一緒に暮らしている。
アヤの体は、猫である為に昔とあまり変わらないが、それでも大人の猫に成長した。
元々、一歳くらいだった為、あの時はまだ、子猫感が強かったが、今は成猫としての体つきである。
お姫様だった頃との生活とは真逆の生活だがお姫様だった時より、ここでの生活の方がだいぶ長い。
猫としては、だいぶ年老いている年齢になってしまったが、人間と猫の体の違いから、しょうがない事だと、受け入れている。
少年だったクリスは、アヤと出会った時、レッドと名乗っていたが、森に来て直ぐから本名であるクリスと名乗り、ずっとその名前で生きている。
レッドという名前を捨てた訳ではなかったが、何となくここでは本名で暮らしたかったのだ。
もしかしたら自分を捨てた両親は、ここにいるかも知れないと思ったからだ。
今更、親だとは思いたくないが、少年だった頃、捨てられた事が嫌だった半面、悲しくて寂しさもあったからだ。
良い暮らしなんてした事無かったが、母親のぬくもりや、父親の優しさを少しだけでも知ってしまった子供にとって、親の存在はすごく大きかったからだ。
再び出会えるならと、小さく心の底で願っていた部分もあり、本名で暮らしていたのだ。
レッドと呼ばれた時は、名乗らなかった為に“赤髪”という特徴から「レッド」となっただけであった為、本名より思い入れが無かったのだ。
あの時、一緒にいた少女には、多少なりとも悪い事をしたと、思っているが、元々、強引に向こうの方からくっついてきた為、嫌々ながら一緒にいたが、少しずつ受け入れてきた時期だったが、これで良かったんだとも、思っている。
今は幸せに暮らしているだろうと、勝手ながら思い込んでいる。
両親が揃っているなら、両親の元で暮らしていた方が良いと思っていたからだ。
しかし、アヤとは同じ森の中で暮らし、自由に会い、住む場所こそ違ったが、愛を育んでいた。
ただの人間と猫ではなく、お互いがお互い、男女として、相手の事が好きだった。
しかし、人間と猫の壁は越えられず、一緒の部屋で、一緒の寝床で寝ても、人間の男女のような事は出来なかった。
それでも、お互いがお互いの存在に癒され、暖かな気持ちになり、二人で一緒の時間を過ごせるだけで満足だった。
青年が十五歳くらいだった頃に、もっと一緒にいる為に、二人で暮らせる小屋を建てた。
それが今の二人の家だ。
相変わらず、女性とのそういった行為をしたことが無く、本当はアヤとその行為をしたかったが、人間と猫では、そういった事は出来ない。
それだけが不満だったが、人間の女性を愛そうとは思えなかった。
アヤも他の猫のオスには、興味を示さず、クリスが傍にいてくれる事だけを願った。
クリスの腕の中、同じ寝床で一緒に寝て、朝が来ればクリスを起こし、二人で生活する為の食料を調達する。
農作業し、二人で飲み水の確保に向かう。
平和な時が訪れ、それぞれの国に暮らしていた時より幸せだと感じる事が出来た。
この時間が崩れないよう、二人で協力し、いつも願うのは、いつまでも一緒にいたいという事。
いつかはアヤの方が、先に死んでしまうだろうが、それまで後、数年しか無くても、後悔しないように生きる事にしたのである。
青年はいつも、アヤの存在に助けられた。
同じ赤髪と赤色の毛色の猫。
青年と元・猫のお姫様は、今は家族として暮らしている。



「アヤ」
「なぁに?」
「猫の寿命って、そんなに短いのか?」
「そうね」
「そっか」
「私達、同じ種族として生まれてくればよかったのに」
「じゃあ、俺は猫として生まれたかった、おまえと同じように年をとりたかった」
「そうね、私の方が、もうだいぶおばあちゃんだもんね」
「そんな風には見えない」
「そうね、猫だから、でも毛もだいぶおばあちゃん猫の毛になってきてるし、体力も続かないわ」
「栄養のあるもの、食えば、何とかなったのか?」
「そうね、だけど、私は王室での暮らしより、今の方が好きだわ」
「オレも、昔も今も金は無いけど、この森の生活になってからの方が好きだな」
「幸せって、こういう事を言うのね、もうずっと、ここでの暮らしの方が長いから、王室暮らしの事なんて、ほとんど覚えてないけど、幸せってこういう事って、分かって本当に良かった、あの時はなんだか、息苦しかったから」
「オレも、嫌な大人だらけで、幸せなんて事、知らずに生きてたから、アヤと出会えて良かった、そして、このまま失いたくない、先になんて死なないでくれ」
「クリス…、私だってあなたと離れたくないわ、もっと、何十年とあなたと一緒にいて、あなたが年老いていく姿を見ていたいわ」
「アヤ、ならば今のうちに、一緒に死なないか?」
「クリス、そんな事考えないで、まだ幸せの中にいたい、けど、私が死ぬ時は、離れないようにいつもみたいに抱いていて、あなたの腕の中で死にたいわ」
「…わかった」



数年後、青年の元から猫の獣人の姿が消え、青年はまた、ひとりぼっちで暮らしていた。
それでも青年は、人間の女性を愛する事無く、年老いていった。
記憶の中に、アヤとの幸せな時間と温もりだけをしまい、いつかくる自分の人生の終わりを迎える時まで、心穏やかに過ごした。

                終わり
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