【Princess&Peas・ant】

文字数 2,839文字

この国のお姫様は、とある王子様と結婚の噂がたっている。
結婚適齢期を迎え、数々の王子様のアピールを受け、現在、国で一番の幸せ者と噂されていた。
今もお姫様は、城の中で行われた舞踏会の途中、結婚の噂がたっている王子様に話しかけられていた。
お姫様は自由な恋愛が出来ない立場である。王子様との結婚以外、考えられず、それが当たり前と思って過ごして来た。
今も王子様は、姫の気を自分に向けてもらおうと必死にアピールしていた。
この王子様は権力こそ全てと考える男で、お姫様は内心、こういう男は苦手だと考えていたが、国の為を思うと、この王子様が第一候補だろう。
お姫様も話を聞きながら微笑んで、自分の気持ちを悟られないようにと、必死に見繕った。
この生活に「自由」というものはない。
優雅な暮らしぶりで、誰もが憧れるお姫様という立場。
しかし実際は、誰かに代わってもらえるなら、是非とも代わってもらい、自由を手にして、野原を駆け回りたかった。
窮屈なドレスではなく、もっと楽な恰好をして、その辺にいる娘と同じように恋をしてみたかった。
もちろん、お姫様が知らないだけで、普通の娘もそんな簡単に恋愛が出来るわけではない。
貴族となれば、また制限がかかるし、いわゆる農民という立場の者は、貧困で苦しむ者もいる為、恋愛などしている暇はない。
とにかく働くしかないのだ。
金持ちと結婚も無理だろうし、生活レベルが違えば、それだけ恋愛は難しい。
結婚となれば、もっと厳しくなってくる。
貴族も農民も、どんなに相手が素敵でも、身分が違えば許されないのである。
貴族は貴族と、農民は農民と…。
そんな風に恋愛や結婚に「自由」はないのである。
それでもお姫様にとっては、民は皆、自由に恋愛していると、思い込んでいた。
自分とは違うのだと…。



舞踏会からの疲れで、昨晩はだいぶぐっすりと眠り、目覚めは良かった。
今日の予定も、朝からぎっしりつまっている。
お姫様はこんな毎日を過ごすなら、いっそ城の外へ抜け出したい、と思っている。
そんなタイミングがあれば良いのだが…。
身支度をメイドに任せ、自分は着せ替え人形のように服を着せられ、髪をゆわかれる。
宝石のついた宝飾品を身につけられ、誰もが羨むお姫様に仕上がった。
それなりの質の良いドレスに、煌びやかな宝飾品。
自分の体にまとわりつく、高級な品々。
馬に乗って、野原を駆け回れる恰好の方が、どれだけ良いか。
お姫様は馬車にしか乗らないが、騎士や兵士など、男が馬に乗り、早々と駆けて行く姿は、見ていて気持ちよさそうで憧れた。
自分もあんな風に馬に乗れたら良いのに、とさえ、思っていた。



今日の予定は朝から馬車に揺られなくてはならない。
目的地までの長い道のり、お姫様はいつも、外の音を気にしていた。
小鳥のさえずり、人々の活気ある声、女性の恋を夢みているような声など。
町はいつも賑やかで、自分達の馬車が通るたびに静かになり、敬う気持ちをあらわにするが、通りすぎてしまえば、再びまた、活気が戻る。
身分も何も、関係ない暮らしに憧れているが、それはただの理想に過ぎず、叶わない夢だった。



馬車が農村地区に突入すると、あぜ道に揺れるが、お姫様はお構いなしに窓の外を見ていた。
人々が畑を耕し、農作業している姿を見ているのが好きだった。
自分もあんな風に、簡単な服を着て、土を耕したり、地べたに座り食べ物を食べたりしたいと思っていた。
そんな時、ふとお姫様の耳に、農夫の声が響いてきた。
「おーい、ジョージ!お城の馬車が来てる、頭を下げないと王の怒りに触れるぞ!」
お姫様はそのジョージと呼ばれた男の姿を見た。
痩せてはいるが、普段から農作業しているからか、それなりに筋肉がついているように見えた。
騎士や兵士などに比べると、体格としては細いが、日焼けしているのか、肌の色が濃い。
それでもお姫様には、そんなジョージが魅力的に見えた。
ちょうど馬車が少し止まった為に、お姫様は自分の馬車の方に近付き、頭を下げた農夫、ジョージの姿を目に焼き付けるように見つめた。
顔もそれなりのカッコイイ顔をしているように見えた。
お姫様はジョージに対して、一目ぼれをしてしまったようだ。
ジョージの姿に、お姫様の心は、ドキドキと高鳴った。
農民という立場でありながら、こんな素敵な人がいるとは、思いもしなかった。
馬車が再び動くと、人々は農作業に戻って行った。
ジョージもまた、頭を上げ、馬車を見送っていたが、知り合いの女性に呼ばれ、その場を去って行った。
「サラ、今そっちに行くよ、待ってくれ」
それがジョージの声で、ジョージの事を呼んだ女性の名前だと気付いた瞬間、お姫様の心に、ズキンッとした痛みが走った。
それは、心に刺さった恋の痛みだったが、身分違いの恋が出来るわけもなく、お姫様は、ただただ、目を瞑り、ジョージの姿だけ、思い出していた。



数日たっても、お姫様の心の中に、ジョージに対する思いがあった。
あんなに素敵な人に、初めて会った。
王子様という身分だったら、どんなに良いか…。
または自分が農民の娘として生まれていれば、もしかしたらジョージと恋仲になっていたかも知れないと、考えていた。
ジョージの名を呼んだ女性、サラとジョージは、どんな関係なのか、恋仲なのか、または夫婦か…。
お姫様の心は、ズキズキと痛んだ。
恋の痛みは、想像していたのより、はるかに複雑な痛みだった。
好きでもない王子様と勝手に噂され、結婚間近と言われ、この国を離れなくてはならないかも知れない運命。
どうせなら、最後、一目ぼれしたジョージと一緒にいたい、恋がしたいと、お姫様は願った。



願いが叶わぬまま、時間だけが過ぎていった。
父である王に、農民とも交流の場を作ったらどうかと提案したが、もちろん却下された。
何とかしてジョージにもう一度会いたかった。
あの素敵な体に、身を寄せたかった。
そして、あの声で自分の名前を呼んで欲しかった…。
しかしお姫様は、自分の気持ちとは裏腹に、正式にあの噂のあった王子様と婚約する事となってしまったのだった。
王子の元へと嫁ぐ際、お姫様を乗せた馬車は、再びあの農村を走っていた。
お姫様は窓の外の音や景色に見向きもせず、ただじっとうつむいていた。
お姫様の耳にジョージだと思われる男性の声が届いた。
「お姫様はとうとう、ご婚約なされるのか、馬車の中にいるお姫様は、とっても綺麗なんだろうなぁ、憧れるなぁ」
「ジョージ、ほら頭下げて」
「あぁ、そうだったな」
馬車が通り過ぎた後、お姫様の元に届いた会話は、耳をふさぎたくなるような言葉だった。
「ジョージ、私達もいつかちゃんと結婚して、可愛い赤ちゃんを授かると良いわね」
「あぁ、そうだな、サラは、子供は何人欲しい?」
「ふふっ、あなたとの子供なら、何人いたって良いわ」
「そんな一杯、養えるかな?」
「あなたなら大丈夫よ、ジョージ」
声が遠のくのを、ただじっと待つしか出来なかったが、お姫様の心には、沢山の失恋の傷がついていた。

                終わり
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