【猫のお姫様と少年】

文字数 5,647文字

この世界は、獣人が住む国と人間が住む国があり、猫の獣人は猫の国、ウサギの獣人はウサギの国、人間は人間の国と言う形で、種族で国が分けられている。
それぞれの国は力の差があるゆえに、争いを避けて、お互い友好な関係を築く事にし、交友関係を続ける事に力を注いでいる。
もちろん、中には反発者も出てくるが、どこか森の中に反発者が集まって暮らしているという噂もあるが、そこでは獣人も人間も関係なく、争いがあるという噂から、他の物は近付く者がいない為に、情報は全て噂止まりである。
それでも近付く者がいるとしたら、それは反発者の仲間入りする奴くらいである。
世界は平和であふれている…というのは幻想にすぎず、今日も世界のどこかで、小さな争いや、貧困による生活困難な者が、国の中で反発しては、貴族の者達に不平不満を抱いていた。






[人間の国と猫のお姫様]

“レッド”と呼ばれた少年は、赤髪の頭をかき、めんどくさそうに返事をした。
赤髪…といっても、トマトのような、赤い色ではなく、茶色い髪の事を赤髪と指している。
少年の名を呼んだ少女は、少年がめんどくさそうに返事をしたのを、気にしないまま、少年の顔に自分の顔を近付け、挨拶のキスをした。
「なんだよ、そういうのいらねーから」
「ただの挨拶じゃない、照れなくて良いのよ」
少年と少女は、まだ体が幼く、六歳~八歳くらいの年齢だった。
栄養状態も良くないのか、やせ細って小柄な体型である。
二人は貧困民の暮らす町に住んでいて、少年はさらに外れの方にある、小さな壊れかけた小屋に住んでいた。
少年はいわゆる孤児であるが、孤児院ではなく、この貧困民の町に勝手に住み着いている。
親に捨てられ、孤児院に連れて来られた少年は、こんな所にいたくないと、孤児院のある町から、この貧困民が暮らす町にやってきた。
本名はクリスと呼ばれていたが、今はその名を名乗らず、周りから髪の色にちなみ、レッドと呼ばれている。
少女は貧困民の町で家族と暮らしていたが、外で遊んでいた時、逃げ出して来たクリスを見かけ、声をかけ、クリスに場所を提供したのがきっかけで、クリスと(勝手に)仲良くしている。
クリスも嫌々ながら、だんだんと少女の存在を受け入れていた。
二人は子供でありながら、少女の親からの援助で、食べ物だけは貰っているが、食べ物といってもパン一個である。
暖かい布団はもっていないが、布団替わりにボロ毛布一枚をかけて寝ている。
枕なんてない為、ボロ布をかき集めて枕状にし、古いベッドにそれらを置いている。
少年は今まで、そのベッドで寝ていた所、少女にレッドと呼ばれ、起こされたのである。
そして今、ボロボロな敷物の上に二人で座り、あまり美味しくないパンを二人で分けた。
もさもさするものを何とか飲み込み、少年は、今日は何か大事な用があったような…と、記憶を探った。
「レッド、今日は猫の国から、お姫様がくるんだって、だから街はパレードなんだって」
「そんなの、ここの住民には、かんけーないだろ」
「でも、お姫様って、一目見てみたいし…」
「見たいなら、一人で行って来いよ」
「そんな…レッドも一緒に行こうよ、とってもきらびやかなんだって」
「ふーん、きらびやか、ねぇ」
この貧困民が住む所は他の街に比べ、金が無く、建物もボロボロ、街中汚らしい見た目の町だが、その他の街は、街中整備され、一般市民や中流階級、上流階級の暮らす街に、ある程度住み分けされている。
国の境界線は高い塀で囲まれ、別の国からの訪問者は、国の門をくぐり、この国へ入って行く。
国王の住む城までには、門からの道のりに街が広がり、その街の隅のほうにあるのが、少年たちの住むエリアである。
少年たちの住んでいる貧困民の町では、来客を迎える準備はされていないが、貧困民が暮らす町から出ると、猫の国からの来客に合わせ、街は飾り付けられ、二つの国の国旗が辺りに掲げられている。
街はお祭り騒ぎで、朝から大賑わいである。
少女はそんな街の様子や、これから迎える猫の国のお姫様という者を、一目見て見たかったのだが、出来れば(大好きな)レッドと見て、街を巡りたかったのだ。
しかし、今の反応を見る限り、少年は乗り気じゃないように見え、少女はがっかりしたが、少年は宝飾品でも盗めるかもしれないと、考え、行く気が無かった街に、行ってみようという気に変わった。
「お姫様か、お姫様なんて興味ないけど、まぁ、行ってみるか」
「ほんと⁉じゃあ、一緒にいこう?」
「あぁ」
二人は早速、ボロ家から出て、街を目指した。



街は一気に華やいで、少女は目を輝かせた。
大人になったら今の所を出て、レッドと一緒にこちらで住むのだと、夢見ていた。
お金を二人で稼ぎ、小さな家で二人暮らし。
レッドの生い立ちを考えて、子供は望まなくても良いと考えている。
貧困の環境しか知らない少女は、隣を歩く少年の顔を見て、頬を染めた。
気が付いたらレッドが好きになっていた。
レッドには、そんな気持ちを話したりはしないが、こうして一緒にいられるだけで良かったのだ。
大人のように街をデートして、沢山の思い出を作る。
それが、少女の願いだった。
しかし、そんな事も知らない少年は、盗める宝飾品が無いか、そればかり考えていた。
街はパレード前ゆえに、辺りはまだ静かだったが、刻一刻と迫る来客の存在を待ちわび、ソワソワしている。
街の大通りまで出てくると、辺りは人だかりが出来ていた。
お姫様なんて存在の者が嫌いな少年にとって、なぜ、こんなにも“お姫様”を敬うのか、なぜ、そんなに会いたいのか、という気持ちが分からなかった。
それよりも、宝飾品を盗んだら金に換え、お腹いっぱいパンを食べたり、暖かい布団で寝るのだという気持ちが強く、ましてや恋愛事などに全く興味が無かった。
隣で目を輝かす少女の顔を見て、ちゃんと家族もいるし、住む家もある、なのになんで自分なんかと一緒にいるのか、という疑問を抱いていた。
同時に、大人になればそれなりの容姿の持ち主になるだろうとも…。
しかし、それならなおさら、自分と一緒にいないで、家族や別の男と一緒にいた方が、幸せなのではないかと、考えていた。



国の境界線である壁の外から、騒がしい音が響いてきた。
とうとう、待ちに待ったパレードが始まり、猫の国からの来客が到着するようだ。
街は一層華やぎ少しずつ歓声が増えていった。
少年と少女も胸を高鳴らせ、今か今かと、到着を待ちわびた。
門が開かれ、兵隊やらが人間の国に入ってくるが、猫の獣人である彼らは、人間より小さいが、きっちりとした服に身を包み、高貴な雰囲気を漂わせていた。
音楽が鳴り響き、パレードが始まり、街はさらなる歓声に包まれた。
途中、ガラガラと音をたて、大きな馬車が国の中へ入ってきた。
どうやらこの馬車が猫のお姫様が乗る馬車のようだ。
煌びやかな装飾品の飾られた馬車が、街の大通りを進んでいく。
お姫様の姿は見えないが、人間の歓声は耳障りなほど大きく響き、お姫様は馬車の中で不満そうな顔をしていた。
交友の為に訪れた人間の国
猫の獣人にとっては、動物同士の方がまだ、関りあうのが楽である。
自分より大きな存在に、多少の恐怖も感じていた。
さらに、この訪問後、お姫様は重大な国のイベントが控えている。
そのイベントとは、国唯一のお姫様である彼女は、結婚適齢期を迎えている為、国にいるオス猫の中から、結婚相手を選ばなくてはならないのだ。
この世界では別種族同士、仲良くは出来るが、交配は行いない為、恋愛や結婚は禁じられている。
子孫繁栄の為にしょうがない事だが、猫のお姫様は結婚には、あまり希望が持てず、嫌だと思っていた。
どうしても政略結婚となってしまう為に、自由な恋愛というものに憧れを抱いていたのだ。
そんな中訪れた人間の国。
お姫様はこれから、嫌でも笑顔で、相手に失礼のない様に振るわなくてはいけなかった。



馬車が貧困民の町から来た少年と少女の前まで来ると、少年は馬車の装飾品に目を付けた。
それとなく馬車の装飾品までは高い位置にある為、届くかどうか分からないが、少年は馬車の装飾品めがけてジャンプをした。
「ちょっと、レッド!」
少女の声は歓声の中に紛れ込み、馬車を囲む兵士は、急に飛び掛かってきた人間に、慌てて対処し、馬車は一旦、そこで止まった。
何事かとお姫様は外を見ると、猫の兵士より少し体の大きい、人間の少年が捕まっているのが見えた。
見た目もみすぼらしく、汚らしい少年だったが、猫のお姫様はその少年にくぎ付けになっていた。
少年は「離せ!」と、大声で叫んだが、猫といえども兵士である。
簡単に離してはくれなかった。
猫のお姫様は少年に向かい、声をかけた。
兵士から「姫様!」などと声が響くが、お姫様は構わずに少年へ語りかけた。
「ねぇ、なぜ馬車に飛び乗ってこようとしたの?」
そう言われ、少年は「そんなの、装飾品目当てに決まってるだろ!ほんとは宝飾品が欲しかったけど、どこ見てもそんなの無いから、馬車についた装飾品を狙ったんだ!貴族だか、王族だか知らねーが、オレはそういう身分の奴が大っ嫌いだ!」と叫んだ。
猫のお姫様は、小さな声で「そう、私と同じなのね、私もこんな身分、嫌よ、もっと普通が良かったわ」と呟いた。
少年はそのまま人間の兵士に捕まり、パレードは無事に再開したが、猫のお姫様は先程の少年の事で頭が一杯だった。



少年は城の牢獄に入れられたが、取ろうとした装飾品は取られていなければ、お姫様に被害が無かった事と、まだ子供だった為に、牢獄から出された。
猫のお姫様は人間の兵士から少年の話を聞き、貧困民の町にいるレッドと呼ばれる少年、という情報を得た。
お姫様はその日の夜、人間の国の城での来客用の部屋で過ごしたが、そのレッドという名前の少年の事ばかり考えていた。
お姫様と同じように、茶色い髪の毛の少年。
猫のお姫様は、レッド・ダッカレル・タビーという名の毛色で、いわゆる「茶トラ」と呼ばれる毛色である。
クレオパトラ・ラインの美しい目元が特徴のお姫様である。
そんなお姫様が初めて気になったのが、まさかの人間の少年だった。
同じ赤色の毛並み…。
人間と猫では、全く違う生き物だが、お姫様はそんな事など関係なく、密かに恋心を抱き始めた。



数日後、猫のお姫様は自国へ帰ったが、結婚相手を探す事を拒否して、一人、夜が深いうちに、城を抜け出した。
自国の街を走り、どこかで身を隠しながら逃げまわった。
そして、人間の国へと進み、門平の交代時間を狙い、素早く身をこなし、あの時の少年がいる場所を目指し、人間の街を彷徨った。
人間から隠れるようにして情報を聞き、お姫様はレッドのいる町についた。
レッドは町はずれにいるが、人間が気付いた頃には、お姫様はどこかへ姿を隠し、見つける事が出来なかった。
夜深い時間帯に自国を駆け回り、ここまで来た時には夜が明け、辺りは朝日に包まれていた。
ようやく、少年の所に来たお姫様は、疲れ果ててその場に倒れ込んでしまった。
その姿を見かけ、少年といつも一緒にいる少女はお姫様を抱え、少年が勝手に住んでいる家の中に入ると、ボロボロの敷物の上にお姫様を寝かせた。
その後、少女は実家に帰り、いつも通りパンを一個掴み、再び少年の家へ走った。
戸を開けると、先程の猫が横たわっている。
お姫様とは気付かなかったが、猫の獣人だというのは、一目見て分かる。
その、猫の獣人の分の食べ物は持ってないが、いつも通り少年の名前を呼び、少年を起こした。



猫のお姫様が目を覚ますと、そこに少年と少女が、自分を見つめていた。
猫のお姫様は小さな声で少年の名前を呼び、ようやく会えた喜びを伝えた。
その後、少女が猫のお姫様の食べ物と水を用意してる間、少年は猫のお姫様と話をしていた。
そのお姫様の話は、もう一度レッドと会い、話をしたかったから、こうして一匹で会いに来たのだという事だった。
正直、驚いたが、少年はお姫様には興味を抱かなかったが、着ている服などには興味を抱いた。
「それで、これからどうするんだ?」
「王族という地位を捨てて、あなたと暮らすわ」
「そんな事、無理だろう?」
「いいえ、必ずなんとかしてみるわ」
「でも…」
「レッド、交友関係を結ぶ私とあなたの国は、争えないわ、だから大丈夫、私は王族の地位を捨てて、この国で暮らすわ、絶対に」
「…まいったなぁ、金もねーのに」
「あなたの親御さんは?」
「いねーよ、とっくに、行方を眩ましたから」
「そう…」
「孤児院ってとこに捨てられたが、そこから逃げて、ここまで来たんだ」
「そうなのね」
「今はあいつの家族から、パンをもらって生きてる、でも、本当はあいつの分のパンなんだ、それを二人で半分に分けて食ってる」
「あいつって?」
「俺と一緒にいた女だよ」
「あぁ、あの少女ね」
「うん」
「あの子にも、お礼しなきゃ、今、私の分の食事と飲み物を持ってきてくれるんでしょ?」
「そうだな、多分、家に行ってると思う」
「そう」
「あー、くそ、これからどうすりゃいいんだよ」
「レッドはまだ、働けないの?」
「人間は、俺ぐらいのはまだ子供なんだ」
「そうなのね」
「動物と人間じゃあ、年齢の違いは出てくるしな」
「私はもう、結婚適齢期なのよ」
「そんなに体が小さいのにか?」
「えぇ、猫だから」
「ふーん」
「レッドがまだ、子供だったなら、私が働いてお金を稼げば良いのね」
「そんな上手く行くのかよ」
「上手くいくように動くのよ」
少年は頭をかいたが、猫のお姫様は自信満々な顔をしていた。
「わかった、おまえを信じるよ、で、おまえの名前は?」
「アヤ」
「よろしく、アヤ」
「よろしくね、レッド」
そうして猫のお姫様と人間の少年は、一緒に暮らすことを約束した。
少女だけが除け者となってしまい、気付いたらレッドの横を取られていたが、少女はいつか取り返せると、考えていた。
猫の獣人と人間の恋は、禁止されているからだ。
いつか大人になったレッドは、自分を選んでくれると、少女は考えた。

                終わり

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