第8話 おまけ②【たまには】

文字数 1,683文字

死者請負人
おまけ②「たまには」



 おまけ②【たまには】



























 「氏海音」

 「・・・どちらさまでしょうか。きっとお間違いになっているのでしょうね。それほど私に似ているのかはさておき、私、これでもあまり暇ではありませんので、これで失礼いたします」

 「おいおいおいおい待て待て待て待て」

 立ち去ろうとした氏海音の肩を強く掴んで足を止めるが、それと同等か強い力で氏海音が前へ進もうとしているため、その片手にさらに力を込めた。

 それでようやく氏海音は歩むことを諦めたらしく、大人しくなった。

 「どのようなご契約をなされますか?」

 「しねぇよ」

 「でしたら、私に用は無いかと思うのですが」

 「あー、煙草吸っていいか?」

 「鼻がもげて変な方向に曲がってしまうかもしれませんが、良いですよ」

 「・・・・・・」

 一旦は口に咥えた煙草を、再び箱に戻す。

 「名前変えたんだな。お陰で探すのに苦労した。なんでだ?」

 「お教えする必要も、お答えする必要はないかと」

 「冷てぇ奴になったな。昔はもっと可愛げもあって、ちょこちょこ俺に付いてきたような気がしたがそれは気のせいだった」

 「自ら間違いに気付くなんて素晴らしいじゃないですか。ようやく大人になったんですね。そのまま気をきかせて何処かへ消えてくれると、もっと良い人間関係が作れると思うんですけど」

 「あーあ。世の中無情だな」

 「それは同感です」

 それからしばらく、2人は黙っていた。

 そのうち、氏海音の隣に座っている男がイライラしているのか、貧乏ゆすりをし始めた。

 最初こそ、氏海音はそれを気にせずいたのだが、次第に小刻みになっていく男の動きに、ついには言葉を発する。

 「止めていただけますか」

 「ニコチン摂取してぇ」

 「絶ち切ったらいかがです?」

 「それが出来たら苦労はねぇよ」

 「舌を斬り落としてさしあげましょうか」

 「舌を斬っても煙草は吸えると俺は信じてる」

 「はあ・・・。どうぞ」

 「お前もひとつ、大人になったな」

 珍しくため息を吐いた氏海音に、ドヤ顔を向けてきた男。

 少なからず殺気を覚えたのは気のせいだと思いたいが、それよりも、どうして男が氏海音に会いに来たのかが分からない。

 「あー・・・」

 「それで、何か御用なんですか?」

 「んー?別に?」

 「用がないのに、いらしたんですか?」

 「まあ、無理矢理作るとすりゃ、顔を見に来ただけだ」

 「可愛げのない私の顔を見に来たんですか」

 「ふー・・・。ああ、そうだ。問題児ほど可愛いっていうだろ。あんな感じだ」

 「問題児ではなかったかと自負しておりますが」

 「そういうところな。しかしまあ、人間に紛れて上手くやってるようだし、俺はそろそろ帰るよ」

 そう言うと、男は煙草を吸いながら立ち上がり、氏海音に背を向ける。

 寒い寒いといって、男は被っていたニット帽を深く被り、顔だけ振り返らせると、片方の目だけが見える。

 「無理しねぇ程度に、頑張りな」

 「・・・余計なお世話です」

 生意気に返事をすると、男は歯を見せて笑っていた。

 男が去ってから、氏海音はふう、と自分を落ち着かせるための深呼吸をしてから、す、と立ち上がる。

 スーツを直すと、いつものように笑みな爽やかな笑みを浮かべる。

 「さて、行きますか」







 「手術明日ですね。一緒に頑張りましょうね」

 「でも、難しいものなんですよね」

 「大丈夫です。優秀な先生が執刀してくださいますから」

 看護士が出て行った部屋の中、彼のため息だけが響き渡る。

 コンコン、とノックが聞こえてきて返事をすれば、見たことのない、爽やかそうな青年が入ってきた。

 名刺を渡され読み方が分からないでいると、青年は「うじみね」だと教えてくれた。

 「お話だけでも、聞いていただけますか?」

 彼の声は、まるでチョコレートのよう。

 しかし、チョコレートでコーティングされている中身が毒だとしても、薬だとしても、チョコレートの甘ったるさで、何も分からないまま。

 それは毒さえも無害なものに変えてしまう、そんな力を持っているのかもしれない。

 「死者請負人、どうぞ、よろしくお願いいたします」



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登場人物紹介

氏海音:死者請負人。

生前に依頼を受け、それを全うする。


『死んで尚、尊重されるべきです』

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