第3話 無感の愛情

文字数 5,563文字

死者請負人
無感の愛情


 我々は泣きながら生まれて、文句を言いながら生きて、失望しながら死ぬ。

           西洋のことわざ



































 第三幕【無感の愛情】



























 「はあ・・・」

 少女は、悩んでいた。

 家族には愛されているし、友達もいないわけではないし、いじめられているわけでもない。

 勉強もそこそこに出来るし、運動だって苦手なわけではない。

 部活にも入っているし、ありきたりではあるがピアノを習っているため、ストレス発散が出来ていないわけでもない。

 それならばなぜ、少女が悩んでいるかと言うと、少女自身にもよくわからない。

 「やだなぁ・・・」

 何が嫌かと聞かれれば、全部だ。

 生きることが面倒で、なんで生きてるのかが分からなくて、なんで生まれてきたのかも分からない。

 そんなこと考えるなと親には言われてしまったが、考えずにはいられない。

 同じ年代の人達は、みな楽しそうにはしゃいでいるし、幸せそうに微笑んでいるけど、何がそんなに楽しいのか、まったくもって理解など出来なかった。

 それでも一応テンションを合わせてきたが、疲れてしまった。

 「もうやだな・・・」

 高校を卒業して大学に行く予定だが、大学は遠いところへ行きたい。

 なぜなら、明るく元気な自分なんていらないから、そういう自分を知らない人達がいる場所に行きたかったから。

 少女は鞄から、母親が作ってくれた弁当を取り出すと、箸をつける。

 卵焼きを一口頬張ると、なぜだか涙が出てきた。

 どうして自分はこんなことを思ってしまう嫌な人間なんだろうとか、愛情持って育ててもらったのに、こんなに捻くれた、歪んだ性格になってしまったのは、誰のせいでもなく、自分のせいだ。

 世の中が暗く見えるのも、こんな世界から逃げ出したいと思ってしまうのもきっと、全部全部全部、自分のせい。

 弁当を綺麗に食べ終えると、教室に戻って授業を受ける。

 部活が終われば一緒にご飯を食べようと誘われるが、習い事があるからと嘘をついて、さっさと家に帰ろうとした。

 その時、ふいに声をかけられた。

 「あの、すみません」

 「へ?」

 振り返れば、そこには黒の短髪に上下黒のスーツを着た、見た目は若そうな男がにこにこしながら立っていた。

 何の用だろうと思って尋ねてみれば、この辺にコンビニは無いかと聞かれた。

 帰る途中にあるため、少女は男をそこまで案内することにした。

 「ここです」

 「ああ、ありがとうございます。助かりました」

 「じゃあ、私はこれで」

 「あの、少しお時間ありますか?」

 「え?」

 怪しいとも思ったのだが、男はいつの間にか手に飲み物を持っていて、1本を少女に渡してきた。

 近くの公園のベンチに座りそれを飲むと、思わずふう、と息が漏れる。

 見知らぬ男に着いて行くなんて、このまま殺されてしまうかもしれない御時世だといのにも関わらず、まったく怖い感じもなく、歳もそれほど離れていない感じがして、親近感すら沸くほどだ。

 男は呑気に「寒いですね」とか「冬は苦手です」とか、聞いても言ないことを話していた。

 それから少しして、少女は男に問いかける。

 「あの、お仕事いいんですか?」

 「え?ああ、そうですよね。仕事しなきゃですよね」

 「なんの仕事なんですか?」

 そう聞くと、男はにっこりと目を細める。

 「実は、死者請負人、という仕事をしているんです」

 「それ、仕事なんですか?」

 「ええ」

 名刺を差し出して氏海音と名乗った男は、鞄から1枚の紙を少女に見せた。

 少女はそれを眺めながら、眉間にシワを寄せて首を傾げる。

 すると、氏海音がまた話し始める。

 「生前契約した約束を、死後、遂行させていただく仕事となっております」

 「死後、遂行?」

 「ええ。要するに、死後の身の回りの整理、といったところでしょうか。簡単なところでいうと、部屋の片づけなどですね」

 「ああ、そういう。なんでも屋さんみたいなことですか」

 「んー、それとはちょっと違うと思いますけど、まあ、大方そんな感じでしょうか」

 「ふーん・・・」

 何を考えているのか、少女は紙をじーっと見つめたあと、氏海音に尋ねる。

 「私みたいな子供でも、契約出来るんですか?」

 「・・・ええ、もちろん。どなたでも、ご契約可能となっております」

 少しの間はあったものの、氏海音は肯定する。

 「とはいえ、あなたはまだお若い。私と契約するにはまだ早いかと思いますが」

 「・・・私、死のうと思ってるんです。自殺志願者ってやつ?だから、そしたら、あなたにお願いしようかな」

 まだこれからだろうという少女が、暗く染まった空を見上げながら、ぽつりぽつりと話し出す。

 「別に、何に不満があるってわけじゃないんです。それなりに生きてきて、親とだって仲が悪いわけでもないし、友達だって多分いるし。だけど、ただ呼吸するだけでも面倒だなって思う時もあって、時々だけど、寝る時怖くなるんです。もしこのまま、目が覚めなかったらって思って・・・」

 「しかし、急に意味も理由もなく自殺をしたとなれば、みなさん、悲しまれるんじゃないですか?」

 「・・・それを、調べてください」

 「はい?」

 少女は、上半身を氏海音の方に向けると、真剣な眼差しを向けてきた。

 「私が死んだら、誰が悲しむのか、知りたいんです。お願いします」

 「・・・・・・」

 少女の言いたいことも分かるのだが、氏海音はうーんとしばし考える。

 確かに、そういったことは実際に死んでみないとわからないことだが、死んでしまったら最期、何も出来ないのだ。

 この少女はそれが分かっているのかと、氏海音は笑みを崩さぬまま聞いてみる。

 「死んでしまったら、二度と、この世には戻って来られないんですよ?それを御承知の上、仰ってますか?」

 「当たり前です。親は、多分、泣いてくれるとは思います。でも、家族以外はきっと、心の底からは悲しんでくれません」

 「なぜ、そう思うんです?」

 「だって・・・。私、そうだったから」

 少女が放った言葉に、氏海音はほんの少しだけ表情を固めた。

 詳しいことを聞いてみると、少女のクラスメイトが以前、病気で亡くなったという。

 その際、クラス全員で告別式に出たそうなのだが、その子の両親はずっと狂ったように泣いていたが、親戚の人やそこに参列していた人達のほとんどは、泣いていなかった記憶がある。

 可哀そうとか、残念だとか、そういった声なら聞こえてきたが、本当に寂しくて、悲しくて、どうしようもないくらいどん底に落とされてしまっていたのは、家族だけだったように思う。

 もともと病気がちの子で、学校にもほとんど来ていなかったからかもしれないが、それでも、その時思ったことは覚えている。

 ああ、こんなもんなのか、と。

 「人が1人死んでも、大した影響はないんだなって、その時、思ったんです。なら、別にいなくなってもいいかなって・・・」

 例え1人いなくなったとしても、世界はさほど変わらない。

 そのことに気付いてしまった少女は、これから生きて行く中で、辛いことや悲しいことが増えるならば、消えてしまった方が良いのではと思ってしまった。

 ふう、と小さくため息を吐いてから、氏海音は笑顔で答えた。

 「わかりました。では、契約の手続きを始めさせてよろしいですか?」

 「い、いいんですか?」

 「ええ。まあ、私と契約をしたからといって、これから生きるも死ぬも決めるのはあなたですから。ご自由にしていただければと。それに、この契約書がお守り代わりになるならと思いまして」

 「・・・御守り」







 「では、この内容でご契約させていただきますね」

 「はい、お願いします」

 「ご希望通り、遂行させていただきます。ご安心ください」

 「はい」

 氏海音と分かれた少女は、家に帰った。

 すでに母親が夕飯の支度をしていて、ペットの二朗が近づいてくる。

 「よしよし」

 頭を撫でてやれば、目を細めて嬉しそうに尻尾を振ってくれる。

 こんな一時が幸せなはずなのに、なにをこんなに恐れているのか、それは少女自身にも分からない。

 ただ、こうして生きているのが当たり前のことで、これから自分が成長して大きくなれば、当然、親も歳を取って、二朗だって老いて行くわけで。

 きっと取り残されるのが怖いんだ。

 いつか自分だけを残して、両親も二朗も誰もいなくなってしまうことが、想像するだけでも怖いのだ。

 そんないつ訪れるかもわからないことをずっと不安に思って、この心臓が急に止まるかもしれないと勝手に思って。

 何処にでもいる、何処にでもある、そんな家庭の姿が、失くなるのが、怖い。

 それから3カ月ほど経った頃、1人の少女が自ら命を絶った。

 それは学校の屋上からの飛び降り自殺で、学校でのいじめなどが無かったか聞かれたが、全く心当たりはないとのことだった。

 実際、少女はいつも明るく、誰とでも仲良く出来る性格だったため、いじめはなかったと判断された。

 家庭の方には問題が無かったかと聞かれるも、両親は問題など何一つなかったと、言葉にならない単語をなんとか紡ぎ、警察に伝えていた。

 なぜ少女が命を絶ったのかは、不明。

 少女の部屋には、家族や友達と一緒に撮ったと思われる、笑顔の写真が沢山飾られていた。

 「あの子が自殺なんて!!!するわけないのよ!!!」

 「学校でも、決していじめなどといったことはありませんでした」

 学校側と両親側で、裁判にもなりかけた。

 葬儀と告別式がひっそりととり行われることになり、その時すでに、母親の精神状態は最悪で、死人のような顔をしていたらしい。

 父親がなんとか全て仕切って行っていたそうだが、急に、何か糸がぷつりと切れてしまったのか、母親が大声を出して泣きだした。

 参列していた人達は驚いた顔をしていたが、次第に、1人、また1人と涙を流し始める。

 「なんで死んじゃったのよ!!」

 「ずっとずっと、友達でいようねって、言ったじゃん!!!」

 「何があったの!?なんで相談してくれなかったの!?」

 少女と仲が良かった同級生の子や、幼馴染の子、部活動が一緒だった子や、習い事が一緒だった子など、そこにいた少女に関わった人たちが、泣きだした。

 菊の花に囲まれてそこで笑っている少女は、まるで生きているかのようだ。

 しかし、実際の少女はすでに冷たくなり、言葉も発しなければ、誰の声を聞くことも出来ない。

 火葬された少女は、骨だけとなった。

 少女の遺骨を抱きしめながら、枯れることのない涙を流し続けている母親を、父親は支えながら歩く。

 まさか、自分達より先に、少女の墓を作るとは思っていなかっただろう両親は、そこに綺麗な花を飾る。

 線香も立てて両手を合わせると、母親はしばらくそこから動かなかった。

 未だに、少女がいなくなってしまったなんて受け入れられないようで、少女の映った写真をぐしゃぐしゃになるほど握りしめながら、枯れたと思っていた涙をあふれさせる。

 すると、もともと曇っていた空の怪しくなってきて、ついには降りだしてしまった。

 「ほら、行くぞ」

 それでようやく、墓の前から動くことが出来た。







 数日後、相変わらずの雨だが、1人の男が墓の前に立っていた。

 「これはこれは」

 傘もささずに墓の前に来た男、氏海音は、驚いていた。

 なぜなら、そこには収まりきれないほどの花束が供えられており、供え物の中には、友達からの手紙もあったのだ。

 氏海音は白い手袋をつけると、両手を合わせて合掌をする。

 「この度は、心より、ご冥福をお祈り申し上げます。・・・では、報告させていただきます」

 すでに形など残っていない少女に向かい、氏海音は丁寧に話す。

 「葬儀、告別式に参加されたのは、クラスの全員とそのお母様方、担任の先生、それから教頭先生と、以前同じクラスだった方たち。親戚一同と、習い事の先生方、そこでのお友達、お友達のお母様方、部活動の方と顧問の先生、他にもご近所の方たちでした。あとはお母様の関係者の方と、お父様の関係者の方。なかなか、沢山の方がいらっしゃってましたよ」

 髪の毛から滴る滴を拭う為、顔を少しだけ動かす。

 そして、風のせいで少し散らかっているようにも見える花束たちを綺麗に整える。

 そこにまざっていた友達からの手紙に触れると、中を見ずとも読めてしまった内容に、氏海音は苦笑する。

 「お友達は、泣いておられましたよ。何より、お母様は絶望の淵にたたされてしまったかのようでした。見ていられないほどに、悲しんでおられました」

 話しながらある程度整え終わると、最後に、墓の頭に乗っている葉っぱを取り払う。

 「しかし、あなたが何も言わずに命を絶ったことによって、あなたの周りの方々は、酷く心を苦しめております。果たして、あなたの選んだ答えが本当に良いものだったのか、正直、私にはわかりかねます」

 いじめもなく、家庭に問題もなかった。

 それなのに自殺してしまった1人の少女。

 問題があったのなら、それが原因だったと言えたのだろうが、それが出来ない。

 誰が悪いわけでもない、それがまた、苦しめ後悔する原因だった。

 「意味もなく死ぬことは、自分に携わった方全員を、悩め、苦しめる行為なのです。今もなお、なぜあなたが自ら命を絶つという行動に出たのか、考えても考えても、見つからない答えを探そうとしています。そのため、ご両親もお友達もみな、苦しんでしますよ。あなたの死は、それほど影響があったのですよ。出来ることなら、もう少しでも良いから、この世界を生きていて欲しかったものです」

 最後にもう一度合掌をすると、手袋を外し、氏海音は去って行った。

 先程前の雨はすっかりあがり、氏海音は空を見上げて笑った。

 「綺麗な虹ですね」





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登場人物紹介

氏海音:死者請負人。

生前に依頼を受け、それを全うする。


『死んで尚、尊重されるべきです』

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