第1話

文字数 1,108文字

釜石ラーメン

締めのラーメンというが
それに最もふさわしいラーメンがある
それは 極細の麺であっさり醤油味
どんなに呑んでいてもすっとお腹に入ってくる
まさに 酒呑みにとって理想的な締めのラーメン
それが 釜石ラーメンというやつだ

かなり以前のことだが
帰省して友だちとさんざん呑んだ後で
最後に連れて行かれたのがラーメン屋だった
店内はそんな酒飲みでぎっしりで 
私たちが入ってゆくとみんなで席を詰めてくれた
窓は店の熱気で曇っていた記憶があるので
おそらく 冬か春の初めの頃だったのだろう
あの見知らぬ客同士の一体感が何とも言えない
そんなことが本当に楽しかった故郷の思い出として
今でも脳裏にこびりつくように残っている

釜石にはかつて大きな製鉄所があり
溶鉱炉は二十四時間稼働しているので
三交代勤務で深夜でも働いている人が沢山いた
そんな人がさっと食べられるようにと
細くてすぐに茹で上がるようにと
釜石ラーメンは誕生したという話であるが
どこまで本当なのかは誰にも分からない

二年前に『釜石ラーメン物語』という映画が撮られ
最近になってその映画を見る機会に恵まれたが
それはまさに釜石ラーメンのそんな魅力を
モチーフにしたものだった その映画には
今でも変わらぬ故郷の美しい風景がぎっしりと
詰め込まれており 強い懐かしさがこみ上げてきた
そして あの極細麺の淡白なラーメンを食べたくなった

上京して驚いたことのひとつがラーメンだった
うどんのように太くて黄色い東京のラーメンには
強い違和感と拒否感を感じたものだった
あの繊細な故郷のラーメンと比べると
東京のラーメンは何と野蛮で乱暴な
ごてごてした代物だろうと嫌悪感すら感じた
それは 私が東京というものに最初に感じた
本質的な違和感だったのかも知れない



ファンレターさまの紹介

ラーメンの向こうに
釜石ラーメン、食べてみたくなりました。シンプルなラーメンが一番のご馳走なのかも知れませんね。日本人は何故、ラーメンが大好きなのでしょう。B級グルメから豪華なラーメンまで様々ですが、自分が一番好きな味にまだ出会えていない人も多いような気がします。TamTam2021さんは、帰郷して友人と食べる締めのラーメンの湯気の向こうに、懐かしい故郷の思い出を見ているのだと感じました。古いアルバムを開くように、味の記憶は食べる人を瞬時にあの頃に連れ戻し、今も変わらぬ味で優しく包みこみ、お帰りと言ってくれているようです。『釜石ラーメン物語』井桁弘恵さん主演の映画ですね。小さな川沿いの見事な桜並木の映像が印象的です。釜石市民に愛される、麺は細いが絆は太い釜石ラーメン。澄んだあっさり醤油味のスープを想像しながら、温かな気持ちで読ませて頂きました。



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