2 開示

文字数 2,391文字

高度の知性と強固な意志を示し、
爛々(らんらん)と輝く金色の瞳で知られる種族。
白銀(しろがね)色の(うろこ)に覆われた、
強靭で柔軟な身体に恵まれた種族。
巨大で優秀な頭脳を発達させられる、
(たこ)のような形態(すがた)の種族。
そして何より、銀河系全域の知的種族を(ことごと)
恭順(きょうじゅん)させ、統治した最大最強の軍事種族。
(いにしえ)の時代には神にも(なぞら)えられた、
〝先帝〟種族の生き残りだ。




確かにサタンは戦前から戦後にかけて、〝先帝〟種族から
多数の亡命者や避難者、生存者を受け入れており、
事実上の混成種族になっている、という噂もあった。
悪魔に化けた神の原型(モデル)から、
自らの教訓を聞けるとは、何と意外で皮肉なことか!
しかし歴史の内幕を知るのに、これほどの好機はない。

『貴方が現皇帝種族の考えや本音を知りたいのなら、
役立つ情報を提供できるかもしれない。
なぜなら私達亡命者は、まさにその行動原因を作った、
軍事的専制による失敗の責任者、生き証人なのだから』

ずいぶんと素直に、失政を認めるんだな。
でも政治の両輪は正当性と権力、綺麗事(きれいごと)だけじゃない。
確か色々な神話でも、神は悪魔より数多く容赦なく、
(まつろ)わぬ者達を滅ぼしているはずだ。




『ただし最初に言っておくけど、
私の後悔は多くの犠牲を出したこと自体にじゃない。
犠牲者よりも沢山の人々を救い、幸せにすることが、
私達の力だけではできなかったことについてなの』

やっぱり厳しい連中だな……でも側近種族が堕落して、
内戦を始めたことについてはどう思っているんだろう。
実際は、彼女達が一部の側近種族と通謀(つうぼう)して、
腐敗種族を淘汰(とうた)した、という噂もあるのだが……。

私はそう思いつつも、帝国内戦が人類社会では
ラグナロク、〝神々の黄昏(たそがれ)〟に(たと)えられることが
多いというのを思い出した。
本来は、それを言うならアポカリプス、
黙示録(もくしろく)〟の方が近いのだろうが、
近いからこそ、生々(なまなま)しすぎて(はばか)られるのだろう。




今では人類も最先進種族に昇格したとはいえ、
微妙な話題の振り方には気をつけよう……、
と思っていると、まるで私の心を読んだかのように、
彼女の方からその話を切り出してきた。

『でも〝全種族の発展〟という建国理念を失った種族を、
私達がわざと自滅に誘導したというのは、考え過ぎよ。
もっとも、罪なき種族の犠牲をさらに増やしてまで、
助けることはできなかったのも事実だけどね』




来たか! 彼女もそれが言いたかったようだ。
『皇帝といえども、全ての臣民の面倒は見られない。
今進んでいる民主化のもとなら、なおさらでしょう?
国民に分け与えられた権限は、自己責任も伴うのよ』

『サタンは歴史の古い種族だけど、
その上に胡坐(あぐら)をかくことなく、
帝国種族全体の繁栄を願い続けていた。
だから私達も、彼女達を()(しろ)に選んだ。
サタンに協力した貴方達は、賢明だった』
そう言いながら、彼女は私をじっと見つめた。




その言葉を聞いた私は、背筋(せすじ)がぞくりとした。
社会を動かす人々は、
社会全体が争い少なく栄えることで、
利益や安全、誇りを得るはずだ。

私が生まれた日本の歴史でも、天下統一後は
刀狩りと武家諸法度の時代になった。
勝手に城を直したり、私戦に及んだりしただけで、
改易(かいえき)処分や切腹の()()にあった。




戦禍に乗じて不当な利益を図ろうなどとしていたら、
人類もまた〝不運な巻き添え戦闘被害(コラテラル・ダメージ)〟によって、
滅亡した種族の一つになっていたかもしれない。
何より実際、彼女達のような〝亡命者〟を除けば、
〝先帝〟種族自身でさえも滅びているのだから……。
そんな想像が、脳裏(のうり)(よぎ)った。

『幸運な時代に甘えるな……ということですか?』
『そう、技術が進めば社会が変わり、政策も変わり、
その政策が次の技術開発を助けて、文明は発展する。
だけどそうした〝文明の循環(サイクル)〟を重ねるほど、
技術にできることが増え、政策がすべきことも増えていく』

『政策が変わるには、人々自身の向上が必要になるし、
向上できた人々も、活用できなきゃ居ないのと同じ。
モノの生産と分配、ヒトの向上と活用という
4つの政策のうち、後の方までが大事になっていく。
貴方にはそういった〝文明の潮流(トレンド)〟も、伝えてほしい』
彼女はなおも私を見据(みす)えて、そう言った。




どうやら私も、重責を(まか)されたようだ。
そういえば、約260年の天下泰平を享受(きょうじゅ)した
江戸時代末期の人骨は、史上最も貧弱だったともいう。
もしかすると〝サタンの平和(パックス・サタナ)〟が到来したのは、
新帝種族とその友好種族達の、優しい理想の
おかげだけではなかったのかもしれない。

『人々自身の向上と活用?』
『技術が進んで社会活動が省力・複雑化すると、
人々の仕事は加速度的に進歩する技術を使って、
どんな社会を作るか考える、政策に移っていく』
……確かに、個人や集団にできることが増えるほど、
社会全体でどうすべきかの調整が必要になるだろう。

『言われて動くだけでなく、どうすべきかを決めるには、
より高い教育や、それを支える健康が必要。
必要な時は大勢で動けるが、衆知も活かせるように、
政策の広域化と分権化も必要になる。
ほら、人類の歴史でもあったはずよ。
貴方達にも覚えがあるでしょう?』
ああ、そういえば国際政策の理念にもあったな。
〝人間の安全保障〟とか〝平和と協働〟とか……。




『技術が低く、食べるだけでやっとの時代に、
資源枯渇や格差拡大が起きた場合、まずは
国民達に領土を広げさせるのが最大の解決策だった。
富を得るための開拓や戦争という技術的政策の中で、
虚弱者・粗暴者・短慮者や時代遅れの組織も
淘汰され、人や制度の問題も〝解決〟した』

『でも、もう少し技術が進んで社会が豊かになると、
富を分けるための経済・社会政策も重要になる。
国力を増す産業投資や犯罪・内乱を防ぐ社会保障は、
技術革新や保健・教育、社会組織の改善にも役立つ。
面白いことに、技術水準こそ違え私達の星間帝国も、
途上種族の歴史と同じ過程(プロセス)を繰り返していたのよ』
私は反論しようとしたが、できなかった。
彼女達は、そして人類も、現に長年(ながねん)そうしてきたのだ。


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