第2話

文字数 1,391文字

「到着」
5分ほど歩いたところで百々花は立ち止まって私の方を振り返った。
「ちょうど見ごろだわ。しよ!お花見」
「お花見って…桜じゃないの?」
「二月に桜が咲くはずないでしょう…って品種とか沖縄?とかでは咲いているみたいだけど」
「じゃあこれは?」
私は、目の前に広がる白や濃いピンク色の花をつけた木々たちを見ながら、百々花に聞いた。
「これは梅の花よ。咲良見たことなかったっけ?」
「ある…けど。お花見って言うからてっきり桜だと思ってた」
「まあ今は桜が主流だよね。でもさ奈良時代には、梅のほうがポピュラーだったらしいよ」
「そうなの?」
「うん。古文の時間にタマセンが言ってたもん。桜の花見が増えたのは、平安時代だって」
「…そうだっけ?古文の時間って夢うつつで」
「咲良は現文以外の時間はいつも夢うつつでしょ」
笑いを含みながら百々花が言う。
…なにもいい返せない。
しばらくふたりで、梅の木の間に作られた遊歩道を、左右の梅を評価しながら歩いていくと、急に景色が開け、今まで見てきた梅とは違う、なんというか『存在感がある』老木が太陽の光を浴びてたっていた。
 
 
なんとなく神妙な気持ちを覚えながら、老木にちかづく。
しばらく無言でたたずんだあと、木の幹に手のひらをあてながら、百々花が口をひらいた。
「咲良。今日は咲良に伝えたいことがあって来てもらったの」
「伝えたいこと?」
「うん。咲良にだけは私の口から伝えたくて」
「え?なんなの?」
いつもの百々花らしくない歯切れの悪い口ぶりに、心の中が不安でいっぱいになる。
 
「月曜になったら、聞くことになると思うけど。私、明日引っ越しするんだ。引っ越して転校することになった」
「え?うそ?どうして?どこに?」
あまりに急な、思いがけない言葉に、半ばパニックになりながら百々花に質問を浴びせた。
 
「どこへ…は言えないの。お父さんの転勤が急に決まっちゃって、だけど単身赴任ができなくて。三学期が終わるのを待ってたら、今度はお父さんの仕事に支障が出るからって」
「そんな…急に」
「私もそう思った。でもおばあちゃんちも遠いから、我慢してくれって言われたんだ」
陽ざしで明るいはずの景色がみるみる歪んでにじんでいく。
 
 
「咲良…ごめんね。こんな話で。でもね、こんな話だからこそ、私、この場所で話したかったんだ」
頬の涙をダッフルコートの袖で拭く。
「ううん。なんか急でびっくりしたけど…」
「咲良は、菅原道真ってわかる?」
「うん…学問の神様っていわれてて、なんか無実の罪で、遠くに行かされちゃった人だよね」
「そう。その道真が流される…行き先は九州の大宰府っていうところなんだけど。都(みやこ)を離れるときに屋敷の庭の梅に『自分がいなくなっても春を忘れるなよ』っていう内容の和歌を詠んだって。そしたらその梅が道真を慕って九州まで飛んできたって」
 
「あ、その話は聞き覚えがある。不思議な話だなってちょっと感動したもの」
「だから、恋しい主(あるじ)と再会を果たせた梅にあやかって。梅の木の下で誓ったら、どんなに離れちゃっても、いつかきっと再開できるんじゃないかなと思ったの。だけど、ここには大宰府の梅はないし。だから、この梅園でいちばん長生きの、この梅だったらもしかして…って」
いつの間にか百々花の頬にも涙が伝っていた。
「…じゃあ、約束しよ。正しい方法なんて知らないから、自分で考えたんだけど」
 

 
 

 
 
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