幕間:夢その壱 

文字数 1,353文字

 気がつくと、私は道路に寝そべっていた。

 目の前にあるのは、アパートの前にあるゴミボックスだ。
 その蓋がガンガンと音を立てて、開いたり閉まったりしている。手の下の道路も揺れている。目の前に停まっている、映画に出てきそうなカッコいい車も揺れている。
 どろどろと音が響いている。
 ああ、夢だ。
 また、そういう夢を見ているんだ。
 ということは、また、大きな地震が起きるんだ。
 怖いなあ。
 でも、一体今はいつなんだろう? 私は揺れの中、何とか立ち上がるとポケットを探った。スマホはちゃんとあった。電源もちゃんとはいる。

 え?

 日付が――でも――まさか――

 急に額の真ん中が熱くなってきた。
 あ、夢が覚めちゃう! 
 そう思った時に、髪の毛がふわりとした。
 風?
 いや、でも、髪の毛が上に吹き上げられるなんて、おかしい。
 ふと、声が聞こえた。
 囁くような声。
 ああ、知ってる。この囁き声は――あの黒いモノ達だ。
 モノ達は狂ったように囁き合う。
 ――あれが、あれが、ついについに、おきおきおきおきおきおき――

 どこかで誰かが叫んだ。今度は人の声だった。
 あれを見ろ! とか何とか。
 私は上を見た。あれはきっと上にある、そう思ったからだ。
 息が止まった。
 どこかで誰かが、わーって叫ぶ。ふっと私の手が道路から離れた。
 私は浮いていた。
 私だけじゃない。
 目の前の小石が、ゴミボックスの中に残った割れた蛍光灯が、向かいの家の花壇に刺さっていたスコップが、すーっと浮き上がっていく。

 私は、もう一度空を見上げた。

 夜空に、夜よりも真っ黒な花が咲こうとしていた。

 大きくて、とても嫌な花。

 そこから、溢れて降ってくる、とてもとても嫌な感じ。

 吐きそうになる私の耳に笑い声が聞こえた。
 うがいをしているような、ぶくぶくとした、そして悲鳴みたいにも聞こえる笑い声。
 それが、空から降ってくる。
 ああ、そうか、と理解する。
 私は黒い花に吸い寄せられていくのだ。正確に言えば、夜空の向こうへと渦を巻きながら落ちていくのだ。あの黒い花が咲いたら、その真ん中からどこかへ道ができるんだ。
 まあ、いいかな、と思う。
 怖くて、吐きそうで、でもだるくて、もう何もかもどうでもいい……。

『未海ちゃん!』
 その声の方に顔を向けると、さっきのカッコいい車の影から女の人が飛び出してきた。
 こっちに向かって走ってくる。
 誰だろう? 私の名前を呼んだ、ということは、私を助けようとしているのだろうか?
 私はフワフワと上に登りながら、女の人を見つめる。女の人は右に左にと、転びながら、私に向かって手を伸ばす。

 その手には、小さな蛙が乗っていた。

 ぱちん、と耳の中――いや、頭の中で何かが弾けて――物凄い勢いで色々な物が湧き上がってくる。
 嫌だ! とてもとても嫌だ!
 上に行くのは、花に近づくのは、あの向こうに行くのは、嫌だ!

 ばたばたと泳ぐみたいに手足を動かしても、何も変わらない。そして、ついに逆さまになってしまう。道路がどんどん離れていく。

 女の人がジャンプして、私の腕を掴む。
 
 とても暖かくて

 とても力強くて――
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