ハッピーバーゲン(1)

文字数 2,626文字

 サマーバーゲンセール。
 僕はそれに駆り出されていた。

「ボッチーまだ持てる?」
「ううん、あと1袋くらいで限界」
「おっしゃ、もう1件」

 ボッチーというのは一人という僕の名前からナナオさんがつけたあだ名。他にそう呼ぶ人はいないけど、ナナオさんとの間はこのあだ名で定着しちゃった感じ。客観的に微妙な気もするし今も荷物持ちしてるけど、別に虐められているわけじゃないんだよ? 本当に。寧ろよく助けてもらっていると言うか。

 僕はナナオさんと一緒に辻切(つじき)のショッピングセンターに買い物に来ていた。僕の右手には既に紙袋が3つ、左手に4つ。服がメインだから重さはそうでもないんだけど嵩張っている。ナナオさんも左右に2袋ずつ。
 女の人のバーゲン熱は凄い。ナナオさんだけじゃなくてどのお店にも人が溢れていて、僕は通路的な部分でぼんやり待っていた。なんか、この中に入っていくのは恐ろしくて無理。そう思っている間にもたくさんの女性が目の前をウロウロ通り過ぎる。

「おまたせおまたせ。ほんとありがと! 昼飯おごるよ」
「午後も回るの?」
「んにゃ。今日はこんなところで」
「今日はってことはまた来るの?」
「ううーん、来たいけど、お金がそろそろないや」

 そうだろうなぁ。どのくらいお金かかったんだろ。左右の手にぶらさがった袋を見る。

「にひひ、でも全部半額で買ったって考えたらだいぶお得だぞ? ボッチーもなんか買わないの?」
「今特に欲しいものないかな」
「Tシャツとかジーンズとかいつでも使えるやつは?」

 そう言われても何となくモチベーション湧かない感じ。人混みにちょっと酔ったのかもしれない。そんな僕の表情を見たのかナナオさんは、じゃ、帰ろっか、と言った。

「そいえばさ、ここ8階までがショッピングとレストランで、9階以上がオフィスになってるだろ? その8階と9階のすき間に幽霊出るんだってさ」
「8階と9階のすき間? どうやって入るのさ」
「えっ、うーんどうするんだろ、排気口とか?」

 ナナオさんが指さした天井の排気口はしっかりビス留めがされていて、とても入れるとは思えなかった。それに脚立いるよね?

「無理か」
「無理そうだよね」

 絶対侵入を考えてたでしょ。
 でもこれで終わらないのがナナオさん。

◇◇◇

「そんでさー、非常階段のところから入れるんだってさ」
「ほんとに行くの?」
「そこに怪異があるなら行かないわけにはいかないだろ? ボッチーとしても」
「まあ、そうなんだけどさ。でもその噂いつからあるの。ツインタワーできたのでそれなりに前でしょ?」

 僕は5月の頭に新谷坂山の怪異の封印を解き放ってしまった。その怪異を再封印しないといけないんだけど、でもつまり、5月以前からある怪異は新谷坂とは関係ない。だから本来は無関係なわけで。

「そりゃあそうだけどさ、でもボッチーこういう話好きじゃん?」
「まあ、そうだけど」

 だから新谷坂山の封印も解いちゃったんだよな。また藤友君に考えなしって怒られそう。
 それでナナオさんのお兄さんの友達が新聞か雑誌の記者で、その人から色々情報を仕入れてきたらしい。その人には前の腕だけ連続殺人事件(3章)の時にもお世話になったからそのうち何かお礼しないと。

 その人の情報では辻切ツインタワーができたのは18年前。その頃から既に幽霊の噂はあったようだ。ただし、その噂は少し変遷がある。
 最初の幽霊は工事業者の霊。その次は9階のオフォスで働いていたお姉さん。その次は8階のレストランフロアのコック。それから女子高生。
 なんだか妙に具体的。

「それって本当にいなくなったり亡くなった人がいるの?」
「それが最初はどこの誰って言う話が出てたんだけど、そのうちわからなくなるんだってさ」
「なんかそれ、すごく嫌な予感がするんだけど」
「ボッチーは大丈夫な予感は外すけどダメな予感は当たるのか? ダメって言われてかえって安心したけど」

 ええ? 僕ってそんな存在な認識なの?
 まあ大丈夫な予感はよく外してるけどさ。

「それ、その女子高生が友達とかそういうオチ?」
「いや、全然無関係でただの肝試し」
「うーん」
「いや何も夜中に忍び込まないってば。ランチに8階のレストラン行くだけ。1人で行ってもつまらないだろ?」
「あー、うーん、その程度なら」

 その程度なら『大丈夫』だと思った僕の予感はいつも通り見事に外れた。

◇◇◇

 翌日。僕らは結局辻切ツインタワーにリトライしていた。

「うーんデパートの飯ってなんで高いんだろ」
「自分で出すよ」
「いや、奢る約束だし」
「気にしなくていいのに」

 運ばれてきたランチセットはどれも税抜き1200円。合計2660円。バーゲンで得した分が消えちゃうんじゃないかなと思ったけど、その辺はあまりバーターにならないらしい。ただランチが高いだけで服とは別概念。服は必要経費らしい。僕としては美味しいごはんのほうが魅力的かも。
 高いランチは僕はミートソース、ナナオさんはハッシュドビーフでそれぞれサラダとミニスイーツとドリンクがついている。普通に美味しい。普通に。物凄くというほどでは、ないけど言えない。

「まあ滅多に食べないし美味いからいっか」
「美味しいけどなんか気が引けるかな」
「いいからいいから。えっとそれで天井か」

 やはりナナオさんは天井の手がかりを探していた。
 見上げたけどそこには業務用のエアコンがあるだけだった。縦横1メートル四方の正方形のもの。見渡してもそれがぽつんぽつんとあるだけで、入れそうなところはない。

「無理じゃないかな」
「無理かな」
「さすがにここからは入れないよ。外すのも専門の業者さんじゃないと無理だと思う」
「やっぱそっかぁ。無駄骨かぁ。廊下もこんな感じだったよね?」
「多分ね」
「やっぱ非常階段しかない?」

 食後の僕は仕方なくナナオさんについていく。

「レストランだけっていったのに」
「一飯の恩ってもんがあるだろ」
「まあ、うん」

 約束通り奢ってもらったことによってお返しをしないといけなくなったようだ。このギブアンドテイクは終わるんだろうか。
 エスカレータとは別にフロアの端に非常階段がある。けれどもそこは9階に上がる方面の階段が防火シャッターで閉じられ、上がれそうもなかった。大きな金属でできた防火シャッターには勝手口のような小さな扉が付いている。
 ガチャガチャとその取っ手を回そうとするナナオさんを止める前にその扉はギキィと内側に開き、そこには真っ暗闇がぽかりと広がっていた。
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