第19話 爆弾の花は夜に咲く

文字数 11,774文字

【土曜日】
 部屋の中の花が咲いていた。茎乃のせいかと、口付けていると、軽いノックと共に茎乃が現れた。
「おい、茎乃、枯れたままにしとけって言ってんだろ……あ、支配人?」
 半袖ブラウスにジャンパースカートの茎乃の後ろに、落ち着いた辛子色のチャイナドレス姿の白川天加が立っていた。さらにその後ろに、天加に付き従っている双子が並ぶ。
「お邪魔するわ」
「成維に依頼があるそうよ」
 来客用のソファーに腰掛けた天加は、ゆったりと脚を組んだ。そのやたら長い脚と仕草にどこぞのクソガキを思い出す、血縁だな。
「あんたが好きそうな依頼よ、受けるでしょ」
「聞かないとなんとも言えませんが」
 そう答えると天加の後ろに控えたいた双子がギロリと成維を睨んだ。
「支配人の依頼だぞ、受けないのか?」
 かっちりとしたジャケットとネクタイ、長い白い髪を一つに束ねて背筋を伸ばした様子は、渾名は軍曹だろうと言いたくなる雰囲気だが、桃色に染めた毛先やショートパンツと厚底のブーツが年頃の少女らしい。双子の妹、メーメーである。
「支配人がわざわざ足をお運びになったのに」
 ふわふわの白いワンピースに、ふわふわの白く長い髪、柔らかい雰囲気を纏っているが、耳にピアスをいくつも付け、首にはチョーカーと柔らかいだけの様子ではない。双子の姉、ヨウヨウである。
「メーメー、ヨウヨウ、威嚇しないの」
 それぞれ顔を見合わせて、はい支配人、と声を揃えて答えた。
「でも、成維はきっとこの依頼受けると思うわ」
「俺も今、忙しいんで」
「茎乃さん、そうなの?」
「バタバタはしてますけど、成維本人がどうこうしているようなものではありませんわ」
「おいおい茎乃……」
「だって、支配人自らいらっしゃったのよ? 結構大変な事じゃないの?」
 メーメーとヨウヨウが頷く。
「なら、早速本題に入るわ。ちょっと厄介な怪、もしかしたら奇怪病者かもね、それが六花で暴れているわ」
「支配人たちの手に余る事態ですか?」
「ええ。メーメー、ヨウヨウ、御大に状況を説明してちょうだい」
 二人は声を揃えて、はい支配人、と返事をした。まず最初に口を開いたのはメーメーだ。
「先日、六花地区の各店のルール監視システムが一斉に作動した」
 その続きをヨウヨウが引き継ぐ。それから双子は交互に成維達に説明をしていく。
「支配人以下、我々スリーシープ従業員が各店舗に向かうと、お客様方がルールを破って禁止行為を」
「姉上の奇怪病によってお客様は安全に捕獲されたので、店員の皆様に大きな怪我はなかったが、一斉にほぼ全店で作動したため、現場を調べたところ」
「蓮の花が一輪、室内で咲いていたのです。話ができそうな店員の方からお話を聞きますと、ポンと音がして、部屋を見てみると花が咲いていたと」
「花に気を取られていると、お客様から禁止行為をされそうになったと。それが『ジャッジメェント』が作動した場所全てで起こっていた」
 一度、六花地区の警報システムを頭の中で確認する。ヨウヨウの奇怪病は『ルール遵守徹底病』という決められたルールを破られるのを恐れるというもので、ルールを破られると『罰則』を受けさせる。そして、メーメーの奇怪病は『コピー&ペースト・リスペクト』と呼んでいるもので、メーメー自身が心の底から尊敬する人物の奇怪病をコピー、さらに道具や人に効果を転写(ペースト)する事もできる。そこで、対の羊のぬいぐるみに、ヨウヨウの奇怪病をペースト、片方には各店のルールを定義し、更に天加の奇怪病も合わせてペースト、もう片方には『片割れが作動するのがルール違反』でありルール違反を検知すると鳴いて知らせると定義した、そして、店のルールを定義した方を店に置き、もう片方をスリーシープの監視室に置く。ルールを破るとぬいぐるみによって強制的に拘束、同時にスリーシープに知らせが入るという便利なシステムを作り上げた。この羊のぬいぐるみは『ジャッジメェント』と呼ばれ、キャバクラのお姉様からホストのお兄様まで、六花の住民から絶大な信頼の元、可愛がられている。
「緊急事態と判断した我々は、すぐさま、通せんぼの札にて蓮の花が現れた部屋を封鎖いたしました」
「それからお客様や従業員から話をきいた」
「お客様も最初はとても興奮されていましたが、次第に落ち着いて、話を聞いてみると口を揃えて、そんなつもりはなかった、と言うのです」
「そんなわけがないだろうと詰め寄ると、少し思ったが六花(ここ)でルールは破れないだろうと言いやがった」
「皆さん、

事をやってしまったのです」
「そこで支配人はこう決定付けた」
 天加は脚を組み替えながら答えた。
「欲望を解放する怪だ、とね」
 さすが支配人、とメーメーとヨウヨウが高らかに拍手をする。
「それで、なんでわざわざ俺のところまでいらっしゃったのですか?」
 天加が拍手を止めてから、成維が問い掛ける。
「今、六花地区のあらゆるところで蓮の花が咲いているわ。切っても切っても生えてくるの。なら枯らすしかないでしょう?」
「なるほど……」
「あなた、蓮の花が枯れたのはお好き?」
「そりゃあ、好きに決まってますよ。あの荒んだ極楽浄土みたいな光景は他の花や木では作り上げられません」
「なら決まりでしょ? 来るしかないでしょ? 成維がわざわざ繰り出すのは決定事項なのだから、わざわざわたしが来て、手間を省いてあげたのよ?」
「ちっくしょう」
 成維が立ち上がると、側に控えていた茎乃が笑い出す。そして、葉が青々と生き返る。
「だから甦らすな!」
 成維のコレクションを台無しにする、それが茎乃の趣味である。
 かくして、加羅枝成維は久々に怪調査に乗り出した。メンバーは茎乃、ヨウヨウ、メーメー、加えて途中で合流した蛇鍵屋の長宝だ。。
「やあやあ、御大自ら調査ですか」
「相変わらず胡散臭いな、お前」
 おや、と長宝は扇をゆっくりとあおぎながら言う。
「酷いですねぇ、可愛い同門に」
 同門、確かに一応同門である。ついでに言えば、李矢や丈や青日とも同門だ、一応。というのも、蓮華殿自勝拳法の師父・一本寺壱丸(いっぽんじいちまる)は先代の福薬會御大であり、一時期蓮華殿に出入りしていた成維は弟子のような立場になっているのである。
「お前のどこが可愛いんだか」
「健気でしょう、わたしは。こうやって八龍のため、せっせと走り回って」
「はいはい」
「ま、それは置いておいて。壱丸師匠が寂しがっていましたよ、偉くなりやがってって」
「あの人の自業自得でしょう。俺に御大譲ったんだから」
 と、だらりと話しているうちに現場に着く。最初に入った店は薄暗いバーであった。狭い店内の中央に蓮が一輪、蕾の状態でゆぅらりと佇んでいた。花を確認した成維は茎乃達を下がらせ、一人で蓮の方へ歩みを進めると、ふと、ポン、と小鼓のような、接吻のような、小さな音がした。
 蓮の花の伝承の一つに、開花時に音が鳴るというものがある。実際、そのような事はないのだが、なるほど、と成維は感心した。確かに咲く時にこの音が聞こえたらさぞや心地よいだろう。まあ、咲き誇る花に大した興味はないが。
 成維が蓮を見下ろすと、次第に蓮から水分が失われ、花びらがハタリと落ち、首が落ちるように茎が折れ、花托が俯き、そして塵となり、崩れ落ちた。
「成維、大丈夫? 貴方、今、触れないで枯らしたの?」
「欲望を解放するっていうのは正しいな。俺は、咲いている花はさっさと枯れてほしいと思っている。調子は問題ないし、頭も冷静だ」
「あらそう? なら早く終わるかしら?」
「多分な。ほれ、双子、次のところへ案内しろ」
「命令するな」
「ええ、その通り」
「最近のガキは生意気だな」
「あんた、パワハラって言われるわよ」
「じゃあ生意気な態度は何ハラだ?」
 茎乃に文句を言いながら次の店に移動しようとすると、ごそりと、部屋の暗がりが蠢いた。長宝が庇うように押し避け、札と扇を構えた。
「……何かいますね……」
 一歩、近寄り、暗がりに目を凝らす。うご、とまた何かが動いた。長宝はゆっくりと扇を向けて、えい、と蠢く何かを叩き潰した。
「あ、怪ですよ、小さいですが」
 手にしていた封じ込めの札を貼り付けながら長宝が言い、自然と張り詰めていた空気が一気に緩む。
「では、この札の分も後で請求させてもらいますので!」
 長宝は満足げに宣言した。勝手にしろ、と成維は答えて今度こそ次の店へ向かった。
 それから、蓮を枯らしては小さい怪を捕らえ、時に怪に遭遇しては、蓮を枯らすついでに捕らえ、と繰り返す。繰り返しているうちに茎乃が気付いた。
「ねぇ、成維。貴方、花を枯らす他に欲望があるでしょう?」
「はぁ?」
「怪に遭ってばかりだもの。それも弱い怪。貴方、怪全ていなくなればとか思っているのではないかと思って」
「確かに、びっくりするくらい怪が捕まりましたし」
 長宝は札をにぃしぃ、と数えながら言い、成維は悪びれずに答えた。
「そうだったら、何が悪い?」
「悪くはないわよ。やっぱり、怪と奇怪病って根っこは同じなのねって思っただけ」
 茎乃の言葉に成維は言葉を詰まらせた。
「まあ、いいさ。とりあえず爆弾蓮の処理だ」
 成維は何か言いたげにしている茎乃を振り切るように歩みを速めた。それから一時間もせずに全ての爆弾蓮の処理を終えた。
「それらしい怪はいなかったわね」
 茎乃が飽きたように札を眺めながら言うと、長宝が茎乃を扇であおぎながら答える。
「捕まえた中にいるかもしれませんねぇ」
「それならいいけどな」
 成維は枯らした蓮を思い浮かべる。花びらの一枚、茎の一本も残さず枯らした。それに歓喜するかと想像していたが、心は湧き立つ事はなく、何処となくすっきりしない心地であった。見落としている何かがあるような、そうではなく、ただ言われた言葉に引っかかっているだけなのか……成維は顔に笑みを貼り付け、本部へ戻る道を歩き出した。



 その日の夜の事である。未だすっきりとしない心地の成維は、蓮華殿の扉をくぐっていた。
「師匠はいるか?」
 道場には李矢と李矢の奇怪病の小パンダがいるだけであった。この一番弟子は今日も今日とて居残り修行をしていたようだ。
「奥の部屋におりますが。呼んできますか?」
「いや、いい。顔を見たら帰るさ」
 案内しようとする李矢を押し留め、一人で奥の壱丸の部屋へ行く。軽くノックをすると、入れぇ、と返事がきた。
「こんばんは、お久しぶりです」
「なんだ、加羅枝か。よお、御大」
 頭のてっぺんに白い毛を残し、白髭を蓄えた老人が振り返り、手を挙げた。彼が一本寺壱丸である。
「して、何用だ」
「用がないと来ちゃいけませんかねぇ。あんたが寂しがっていると聞いたから顔を出してやったのに」
「はー、そんな事を言う馬鹿は誰だ。言っとらんぞ、そんな事」
 頭の中でイマジナリー長宝が、ボケましたねぇ師匠言いましたよ、と言う。
「それにお前は用がないと来ないだろう」
「……まあ、そうですけど」
「何かあったのか?」
 日中のできごとをかいつまんで話すと、それで、と壱丸が問い掛ける。
「お前は何を問題としているのだ」
「……俺は、八龍を維持したい、つまり、怪を全て浄化したい。だから御大になった。だが、怪を消滅させる事は、奇怪病がなくなる事じゃないかと、思いまして」
「怖気付いたのか?」
「まあ、はい」
「は、馬鹿らしい。なくなるわけがないだろう。人間はいつだって欲深い」
「ですが、俺のように怪を憎んでしまえば、それに『あいつ』がした事だって」
「あいつ? まだお前、『あの事』を引きずっているのか? もう十五、六年も経つだろうが。もう終わった話だ」
 突き放すように壱丸は言い聞かせる。
「今も監視をしているんだろう? 問題なしと報告されているって言ったのは誰だ? お前だろう?」
「そうですよ、『あいつ』はもう別人だ。でも、『あいつ』がした事も言った事も俺の中に残っているんですよ。俺は、今、あいつがやろうとしていた事が」
 理解できると続けようとした言葉は口から出ていく事はなかった。バン、と成維の頬に衝撃が生まれた。壱丸の手が張ったのだと気付くと、成維は唇を噛み締めた。
「儂がなぜ、お前みたいな若造を御大にしたのか、忘れたのか? もはや武力で街を治めるのではなく、街への愛情で成長してほしいと考え、それにはお前が良いと判断したからだ。『あの事件』に真っ向から立ち向かったお前だからだと、言わなかったか?」
 壱丸は床を見る成維の頭を木魚のようにリズミカルに叩きながら続ける。
「久々に怪と向かって怖気付いたか? ん? それにいつも言っているだろうが、怪を消滅させる事が目的じゃない、行き過ぎた欲望を止めるのが福薬會だってな。お前、その爆弾蓮の怪に踊らされているだろう。どれ、稽古つけてやる。来い」
 成維は半ば呆然としながら、道場へ引きずられて行った。それから、李矢のパンダに足元を掬われ、いつの間にか来ていた丈の竹で殴られ、壱丸の(まる)を操る奇怪病・円愛好症で転がされぼこぼこにされていくうちに頭の中のモヤモヤが晴れる。そして、明らかに自分がおかしかった事に気付く。怪を消滅させる事はできない、納得はできないが理解はしていた前提だ。なぜすっかりと忘れていたのか、あの怪のせいか、と次第に苛立ち、暴れた。腕でパンダを抱き止め転がし返し、竹をかわし分捕り振り回し、やはり壱丸に転がされた。服にボタンがある時点で負けているのだ、この世には丸が多い、ちくしょう、と成維は肩で息をしながら道場に寝転んだ。
「へ、良い顔になったじゃあねぇか」
 壱丸がそれを見下ろしてくるので、成維はむすっとした顔を返した。
「御大、ケータイ鳴ってんぜ」
 パンダに竹を食わせていた丈が、成維が脱ぎ捨てたジャケットを指差しながら言った。
「取ってくれ」
「自分で取ってくださいヨォ、めんどくせぇ」
 渋々と立ち上がり自分で携帯を取り出し、画面を確認した。茎乃である。
「はい、加羅枝」
『あんたどこにいるのよ、すぐに六花に来てちょうだい、蓮があちこちに咲いて怪が暴れているの!』


 鬼灯通りに着くと、茎乃が怪の成長を巻き戻している最中だった。
「おいどうなっている」
「見ての通りよ。夜になったらまた咲き出したの。あんたは早く枯らして頂戴!」
 荒々しく言い放つ茎乃を脇目に、目の前に揺れる蓮の蕾に口付け、枯らした。
「避難は?」
「鳩師匠がやってくれているわ。他にも狐師匠と大狸師匠、鵺師匠、煙師匠も状況にあたってくれているわよ」
「師匠連中が来てくれていたのか」
「近くで一緒にご飯食べて呑んでいたんだって」
「不幸中の幸いだな」
「あと、緊急指令を出したから、手の空いている何人かは来てくれると思うわ」
「支配人は?」
「避難の方対応してくれているわ」
「おう、分かった」
 成維は今にも咲きそうな蓮の蕾の前に立つ。自分の手で赤子の頭ほどある蕾を鷲掴み、口で触れる。青臭い香りと湿った繊維を認識、唇の上で蕾から水分が失われていく気配を感じ取る。恨めしそうに立ち上がった繊維が、乾いた唇に引っかかり傷をつける。僅かに生温い血を舐めとり、次の蓮へと向かった。
 昔、友人が欲望に溺れ、道を踏み外した。その時、成維は友人に誓ったのだ。『八龍を守る』、それを友人は望んでいない事は分かっていたが、それが救いになるとは考えていた。今でもそう思う。では、八龍を守るとは何か。
「行き過ぎた欲望は病気と一緒だ」
 目の前で咲いた蓮に口付ける。朝の湖のような爽やかでどこか甘い香りが鼻腔をくすぐる。だが、それにはもう惑わされない。なぜならば、加羅枝成維は福薬會のトップ、御大を名乗る男だからだ。
「福薬會は、欲望を制御し、治療する。だから、福薬會なんだ」
 成維は言い聞かせるように呟いた。八龍はこの世で一番欲深い街だ。自分らしく生きようとする強欲な人間が集まる街だ。だから、福薬會がある。たった一人の欲望を百満たすのではなく、全員の欲望を九十九満たし、溢れ出た欲望(グーアイ)から住民を守り、街を守る。八龍がこの世で一番、満たされる街であると言い切るために!
「おらよ、欲深い福薬會御大が通るぞ」
 蕾を鷲掴み、茎のその先、根を思い浮かべて、目に見える範囲の蓮を全て枯らした。花托を俯かせ、折れた茎の先に破れた葉がプラプラと揺れる光景に、成維はガハハと笑った。大いに満たされたのだ。
「うわ、悪の手先?」
「それ言っちゃ、おれたち悪の手先の手先の手先くらいになるよ」
「えー、やだ。小物じゃん」
「でもさ、おれたちみたいな調査員って下っ端の下っ端じゃない?」
「そうね」
 ガハハと笑っていると、気が抜けるような会話が聞こえた。少年少女の中間のような無邪気で害悪な声と、中身が軽そうで甘えた声、全調査員の中でもなんとなく成維的問題児ポジションにいる二人組。
「こんばんは、御大。無能組の白い方、白川睦千と」
「青い方盛堂青日、お手伝いに来ました!」
 白いTシャツに白いバギーパンツ、ついでに白いヒールの全身真っ白な白川睦千と羽織っているシャツからTシャツ、ジョガーパンツからサンダルまで濃淡の違う全身青色の盛堂青日がニヤニヤと笑いながら立っていた。
「なんだお前ら、芸人にでもなるつもりか」
「売れると思う?」
「睦千がボケておれもボケたら売れるんじゃない?」
「自信満々だ」
 うふふ、あはは、と無能組は笑い始める。
「おいおい、酔っ払いの茶化しなら帰れ」
「は? シラフだけど」
 ムッとした顔で睦千はウィッピンを振り回した。周囲の怪の動きが弱まる。
「酔っ払いみてぇな会話するからだろうが」
「酷くない? せっかく来たのに。ね、青日」
「まったくだよ」
「なら仕事しろ。着いてこい」
 はーい、と良いお返事をした二人に怪の詳細を手短に伝えながら爆弾蓮の怪を探す。
「分かる?」
 追いついてきた茎乃が尋ねる。それに、さあな、とだけ答えた。
「でも、こういうのは決まっているだろう」
「ん?」
「一番でかい花か、なんか変な花、他と違っていればそいつがラスボスだ」
「まあ、単純!」
「群れってやつはそんなもんだろ。人間だって見てみろ。大体威張っている奴か、妙に怯えられている奴が、群れの大将だ。そして、俺は一つ気付いたことがある」
「何かしら?」
「六花天道付近の蓮は小さく、花も密集していなかった。それが鬼灯通りを進んでいくにつれて、でかい花が密集して咲いている。という事は、爆弾蓮は本体を中心に放射線上に拡がって咲いていて、中央でみっちみちに守られて咲いているのが、本体だ。ついでに人の欲望が圧迫されやすいところだと、更に良いだろうな、花を咲かせがいがある」
 鬼灯通りは六花天道から六花へ潜る大通りから巨匠館地区の地下をぐるりと回り、また六花天道へ戻ってくる形で伸びている。そこから植物の根のように細い通路が伸び、地下空間を広げている。正直言って、成維も全て把握しているわけではない。そこで、問題児の出番だ。
「白川、お前はどこだと思う?」
 白川睦千は調査員としての実績が飛び抜けているわけではない。日常的な怪の捕獲や担当した怪の調査も、量が多いわけでも解決が早いわけでもない。しかし、怪を確実に捕獲する。決して取り逃しはしない、だから皆、白川睦千は優秀な調査員だと言うのだ。その評価を支えるのが、八龍全域の把握。混み合った道と建物の場所をほぼ全て覚えているのだ。
「それはある程度広くて、人が集まりやすい場所って言う事でいい?」
「可能性が高い」
「なら、ホストクラブ・フォーエバーナイト」
「狭くないか、そこ」
「鬼灯通りに面していて、おまけにここの店はとにかくトラブルが多い、天加が愚痴言っていた」
「トラブルが多いからなんだ」
「察し悪くない?」
「おれにも教えてよ」
 ムッとした成維から気を逸らすように青日が手を挙げながら睦千に頼んだ。
「可愛い青日に免じて教えてあげると、この店は本気になったお姫様ばかりで、キャストの方も顔良し口良し人格悪しみたいなのばかりで、しょっちゅう刺した刺された好きだ嫌いだやっぱり大好きの大騒ぎ。天加もよく出て行っては、奇怪病で騒動を鎮めている。六花の中でも、相当欲望渦巻くやばい店」
「爆弾蓮が好きそうな環境ね。でも、白川、お昼に見に行った時には、蓮はなかったの……」
 茎乃が話しながら、あらもしかして、と閃いたように大声を出した。
「本体は違う形!」
「可能性はある」
「分かった、とりあえず向かう」
 走り出した成維の後ろに、茎乃と無能組が続く。店は鬼灯通り一の角、それなりに距離がある。
「おい、白川、お前先に行け。ウィッピンでちゃちゃっと行けるだろ」
「分かった」
 睦千はウィッピンを出すと、そのまま近くの店の軒先目掛け伸ばし、自分の身体を引き上げ、そのままひょいひょいと軒先やら看板やらにウィッピンを引っ掛けながら飛び去って行った、いやはや身軽、何かと逃げ回り追いかけ回して来た成果である。
「じゃ、おれもスピードアップ」
 タッタカ、青日が軽快なリズムで人の流れを縫いながら消えて行った、若いな、と成維は荒くなってきた息を誤魔化しながら走った。
「若返る?」
 隣を走る余裕がある茎乃が尋ねるが首を横に振る。
「死んでもごめんだな」
 そして、睦千に遅れること十分、ようやく追いついた時、睦千はゲンナリとした顔で店の前に座っていた。その隣には、疲れ切った顔のヨウヨウと壁に額を打ち付けるメーメーがいた。
「おい、どうした? この店じゃなかったのか? メーメーは何している? ヨウヨウも大丈夫なのか?」
「いや、多分この店」
 フラフラと顔を上げたヨウヨウが説明する。
「この店には、ジャッジメェントを他の店の倍、置いているのですが、この騒ぎの中でも一匹も泣かなかったのです。この店だけ。店は営業中のはずでしたから、嫌な予感がしまして、メーメーと共に来ましたところ、店の中は爆弾蓮で大混乱となっていました。ジャッジメェントは、全て規定の位置になかったのです」
「ボクが店に入った時、ヨウヨウとメーメーが二人で店の中で暴れるホストとお客さんを落ち着かせながらポコポコ増える怪の対処をしていた。いや、ほんと、バカと猿しかいねえって感じで、天加に来てくれって、さっき、やっと、なんとか、電話できて、今は避難中。一応言っておくと、人間はフロアに隔離、怪はVIPルームから発生していたから、通せんぼの札で封じ込めている。フロアに出ていた方の怪は捕獲済み、蛇鍵屋にも連絡した」
「私たちだけでは怪を抑える事しかできませんでしたので、睦千さんがいらしてくれて助かりました」
「……状況は分かった。それで、メーメーはどうしたんだ」
「自分は役立たずだって反省している。ヨウヨウばかりに怪の対処を任せて、自分はバカどもを抑える事もできず……的な」
「もう暫くお待ちになってください。そろそろ反省も終わりますので」
「ああ、まあ、分かった……それで、盛堂はどこ行った?」
「青日? 一緒じゃないの?」
「お前のあと追って先に行ったんだが」
「来てないけど。あいつ、迷子?」
 めんどくさいなぁと言いたげな顔で、睦千は携帯を取り出し、電話をかけ始める。数秒もしないうちに、がたがたと音を立てて人力車が成維の後ろで止まった。八龍人力タクシーである、乗っているのは天加、引いているのはなぜか長宝だった。睦千は一度電話を切った。まあ、そのうち来るだろう、来なくても終わってから探せばいいや。
「この中に元凶の怪はいるの?」
「多分ね」
「なら、避難させちゃいましょ」
 天加は片足を持ち上げ、そのままドアを蹴り開けた。成維は、ん、と息を潜めた、蹴った? 足で開けた? 動揺する成維の前で、観音開きのドアがガコンカコンと鳴りながら揺れている。しかし、フロアの人間はドアなんか気にせず、修羅場を繰り広げていた。ドンドンと鳴り響くビートの中、一人の男を取り合う女たちに、片っ端から脚を擦り回す黒服、それに喜ぶ女、服を半分脱いでいるやつ、ゲラゲラ笑いながらキスしているやつ、アウトアウトアウト、エトセトラエトセトラ……睦千は再び盛大に顔を顰めた。
「おい! 支配人がご来店だぞ!」
 反省タイムが終わったメーメーが声を張り上げるが、誰も気付かない。メーメーは密かに地団駄を踏んだ。
「あら、お猿さんがたくさん。猿山ね」
 天加はパンパンパン、と手を三回叩いた。途端、水を撒いたようにフロアが静まり返る。
「楽しそうね」
 息さえ止まるような静寂の中、ズ、ドゥン、ズ、ドゥンと陽気なクラブミュージックのビートと天加の声だけが響く。
「店長以外は帰りなさい。この場の事は、怪のせいって事にしてあげる」
 蜘蛛の子を散らすとはこの事、猿から人間に戻った人々はいそいそと服を整えて出て行った。
「さあ、あとは福薬會の出番よ」
 成維は一歩前へ出る。その後ろに茎乃と睦千と長宝だ。
「一番奥のVIPルーム」
 睦千が長宝に告げ、長宝はするりと成維を追い越し、ドアに張り付いている通せんぼの札の前に立った。
「では、開錠します。開けゴマ」
 開錠された途端、ドアが軋み始める。怪の手足や触角が隙間から見え始めた。
「増え続けているな」
「ボクが開ける」
 睦千がドアの取手を掴み、成維たちは数歩下がった。それを確認して、開いている手にウィッピンを出す。三、二、一、とゆっくり数え、そして力一杯取手を手前に引いた。ぶわりと風が起こり、飛び出して来た怪を押し戻すようにウィッピンで打ち据えた。VIPルームの中で蓮が揺れている。怪が怯み、グッと一歩睦千が中に入る。そして、何かに気付いたように足元を見た。
「泥……怪の本体は泥?」
 睦千の声につられて足元を見ると、床に泥が拡がり、その中から怪が出てきているようだった。
「お前らは雑魚を抑えておけ。本体は俺の獲物だ」
 睦千が鞭打った怪に片っ端から札を貼っていく長宝、二人が作った隙間を縫うように泥が深くなっていく方へ進んだ。ゴポリ、ゴポリ、と泥が泡立ち、蓮の蕾が現れる。そいつを枯らし、奥の方、蓮の花と葉が密集した場所へと進む。用心深く波打つ水面を観察する。深くなっていく泥に膝下までが埋まる。足が滑り、一歩を踏み出すのにひどく力が必要になるが、それでも進み、泥が渦巻く箇所を見つけた。奇妙なその一点、成維は手を突っ込んだ。
 きゅう、と情けない声をあげて、ぬるりとした魚が手の中にいた。滑るソイツを取り逃さないように両手で掴み、ジタバタと跳ねる胴体を押さえつけるように噛み付いた。広義の意味での口付けだろう、多分。そうして、魚の時間を進めた。唇に触れる魚の跳ね返りが弱まるつれて泥が乾いていく。
「ケッ! ぺ!……あーようやく終わった」
 泥まみれの口元を拭い泥を吐き出しながら、動かなくなった怪に札を貼り付けて捕獲。部屋の中にいた怪もすっかり札の中に仕舞われてスッキリとした部屋になっている。どっと肩の張りと目の霞みと腰の痛みと膝の違和感エトセトラ、一気に身体の不調が気に障り始めた、歳か。溜息と共にVIPルームを出て、テーブルの上に置かれていたウイスキーの瓶を手に取る。他のグラスには何が入っているのか分からない上に、とにかく今は一刻も早く外の空気を吸いたいと、とりあえずは鬼灯通りに戻る。外には先に睦千が出ており、誰かに電話を掛けているようだった。そこから少し離れたところで、口をウイスキーで濯ぎ、顔に付いた泥をざっと落とした。店に戻ろうと振り返ると、睦千が拗ねたような顔でこちらを見ていた。
「……出ないんだけど」
「盛堂か?」
「うん」
「長宝に頼んでみる」
 青日の連絡先を知らない成維は店の中で札を数えていた長宝に電話を掛けるように頼む。
「十秒十円ですよ」
「白川にでもツケとけ」
 はいはいと、長宝が青日に掛けるが繋がらない。業を煮やした睦千も来て、疲れを滲ませた顔であの馬鹿、と口にした。
「何かに巻き込まれたのかも」
「迷子になってしかも携帯落とした、とかかもしれないですよね」
「そもそもあいつ携帯……いや、今日は持っていた。家に置いてきたとかじゃない。やっぱり何かに巻き込まれた」
 睦千がぶつくさと呟いて、再び電話を掛けようと、スマートフォンの電源をつけた。
「青日!」
「折り返したか?」
「いいや、メッセージ……は?」
 目を見開いた睦千は何度も送られてきたメッセージを見ているのか、忙しなく目線を動かしている。それに焦れた成維は、貸せ、と睦千のスマートフォンを取り上げた。
 画面には買い物メモのやり取りとふざけた会話が数行、最新のメッセージは数分前である。成維はそれに目を通し、緊急事態かよ、と怒鳴った。
「なあ、白川、一応確認するが、これは盛堂が送ったものじゃないな?」
「……違う。青日はふざけた奴だけど、こんな騒ぎの中でこんなしょうもないいたずら、絶対にしない」
 睦千は成維からスマートフォンを受け取り、もう一度文面を見た。
「青日は誰かに連れ去られた」

『白川睦千へ

盛堂青日は預かった。返して欲しくば、次の月曜日までに八龍に仕掛けた爆弾七つを全て解除しろ。全て解除したら、盛堂青日の居場所を教える。解除できなかった場合、盛堂青日の命はない。健闘を祈る。

月曜日の爆弾魔より』

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