第2話 マジカル・シンドローム・フェアリーテイル【上】

文字数 17,166文字

【4月25日 曇り時々晴れ 本日のトピック:人参屋店主ウサギを飼う】
 何人もの住民の夢の中に同じ『魔法少女』が出てくる。そして彼女はどうやら八龍の平和を守っているらしい。
「えー、それならそのままでもいいんじゃないの?」
 青日の言葉に奈子が困ったように笑った。2人は任せたい案件があると奈子に呼ばれ、福薬會本部のミーティングルームに来ていた。基本的に八龍内を巡回し、悪さをしている怪を対処していくのが怪調査方の仕事であるが、時に連続的に被害を起こす怪をねちっこく調査する事がある。睦千は割とこの手の怪の調査を好んでいた、だって探偵みたいでワクワクするし。
「青日のお間抜けさん。未認可奇怪病者組織、所謂闇組織みたいなのなら、対処しなくちゃいけない。でも、こういう奇怪病者案件は保安方の仕事だと思うけど?」
「現状、魔法少女の正体が怪か、奇怪病者なのかも分かっていなくてですね」
「じゃあ、登録された奇怪病者の中にそれっぽいのはなかったんだ」
「あと、保安方の手が空いていなくてですね、もし、保安方の方が適正だと判断しましたら引き継ぎますので」
 保安方は奇怪病を犯罪行為に使う可能性がある人物や組織を調査する部門である。また、福薬會に所属した者も一度は調査されていると専ら噂されている。秘密裏に調査する必要もあるため、保安方所属の奇怪病者や保安事務方の職員は表向きでは怪調査方、怪調査事務方として業務にあたっている。平たく言えば、組織に潜入し味方や愛する人にも真実を伝えられないスパイというロマンとストレスに満ちている部門だと、やはり噂されていた。
「魔法少女、ねぇ」
 青日は奈子から渡された資料をペラペラと斜め読みをする。怪、と言っても中には大人しくしているものもある。物に取り憑いて人間を驚かしたり手伝ったり、そのような怪には邪気がない。邪気がないものに関しては祓う事はせず、呪方が定期的に見回っていた。今回の九件の怪は、つい最近になって噂が出始めたものばかりで、そこに怪がいたという報告も特にないようだ。近頃、八龍内で道路や建物の一部が破壊されているのが見つかった。近隣の住民から八龍警察署に被害報告がされ、監視カメラを確認したところ、ひとりでに道路や建物が壊れる様子が記録されていた。怪の可能性があるため、福薬會へ調査依頼、すぐに呪方が調査を行った。確かに怪は存在していたが、邪気がなかった。しかし、壊れた建物周辺には邪気が感じ取られたため、更に聞き取り調査を行ったところ、複数人の夢の中で同様の少女が現れている事が分かった。
 そもそも、怪の気配を分かりやすく例えるなら、分かる人だけが分かる香り、と睦千は個人的に思っていた。呪方に言わせれば、なんか悪いものがいたな、と感じるそうだ。ここでカレー食ったな、とか、ここで蜜柑食ったな、とか、その感覚に近いらしい。そして、匂いを正確に他者に伝える事ができないように、怪の気配はその場で感じ取った人物のみが同一かどうか判断できる。だから匂い。呪方は浄化する標的を認識するための第六感というか第二の鼻を持っている。この感覚器官は怪を浄化できる奇怪病者にしかないのだ。認識できないものを排除せよと言われても認識できなくては何もできないと言われれば納得だが。ともあれ不思議。以上、余談。
「複数の夢の中に出てくる同じ魔法少女。This manならぬThis girl」
 隣で同じように資料を見ていた睦千がぽつりと呟いた。
「This manって、都市伝説?」
「うん。でも、夢に同じ人物が出ているだけじゃなくて、自然と物が壊れているのが謎」
「現実に怪の痕跡が残っているなら、魔法少女は現実に現れたって事だよね」
「そう。現実に確かに存在していて、怪を倒している。青日、賢い」
 褒めてー、と青日は睦千に頭を差し出し、睦千もその頭を撫でた。撫でながら奈子に尋ねる。
「場所は八龍全体?」
「いいえ、巨匠館地区のみです。物物通りの方が多いですね」
 へえ、と睦千は青日の頭から手を離し、口元で両の指先を絡み合わせた。第一関節で左右の手の指が絡み合い睦千の唇が隠れる。睦千の考える時の癖だ。シャーロック・ホームズと言うより『言わざる』の猿みたいだ。
「誰も気付かなかったのは、おかしい」
「いくら夜中だとしても、誰一人起きないっていうのはおかしいって事だね」
 うんうんと青日が頷く。その隣で睦千が調子を一転、嫌だなという顔を隠さずに言う。
「どんな怪かはさっぱりだけど」
「とりあえず、今晩から眠れないね、睦千」
「はー、ウェルカム、寝不足の日々」
「で、どこから調べる」
「そうね……事件が起こった順番に行きたいけど、最初は第三高校か……第三高校は最後かな。どうせなら生徒からも噂とか聞きたいし」
 この都市にも学校がある。八龍第一小学校、八龍第二中学校、八龍第三高校の3つであり、生徒数は少なく、奇怪病者の親から生まれた一般的な子供や奇怪病者である子供が通っている。普通の学校と変わらないが、やはり八龍らしい人とできごとは多い。
「高校ねぇ、あそこなんて七不思議で収まらないから八百万不思議になってんでしょ」
 青日はくすくすと笑う。
「その中で一番怖いと思うものが毎年投票されて、上位がトップオブ不思議として、七不思議に数えられるらしいよ。アイドルみたいだよね。そんで、聞いた噂、今年の七不思議の一つが巨大な人体模型なんだよ」
「……へえ?」
 睦千は何かに気付いたように資料をめくる。
「偶然の一致か、必然の一致か、面白い」
 八龍第三高校に現れた怪は、校舎を破壊する巨大な人体模型であった。



 学校は巨匠館地区でも特に小高い丘の上の『学び舎町』にある。放課後の時間に差し掛かる時間帯まで、他の地点の聞き込みをしていた二人は、ゆっくりと第三高校へ向かって歩いていた。その横をランドセルや制服が足早に駆けて行く。
「単純な疑問なんだけど」
 青日が暇に任せて話し出す。
「既存の制服をおとなしく着る睦千ってマジで想像できないんだけど、てか、睦千ってそもそもちゃんと学校行っていた?」
「通信制」
「あー! その手があった!」
 睦千の本日の日替わりの靴は昔ながらのデザインの白いスニーカー、間抜けなゴムの音を鳴らして楽しげに歩く。
「だから、第三高校にツテはない」
 めんどくさーい、と言いながら青日はふらふらと歩いていると、校門が見えてきた。
「着く」
「シャキッとしますかぁ」
 うーんと青日は背中を伸ばすが猫背である事は変わらない。
「てか、やっぱり一度着替えに戻った方が良かったんじゃない? 今日、2人揃っていつも以上にガラ悪いじゃん」
 青日は自分のシャツと睦千のシャツを見比べる。青日はいつもの中華風の上着に青い豹柄のシャツに藍色のカラースキニーパンツ、いつものスニーカーだ。睦千もホワイトタイガーを彷彿とさせる柄のシャツにクリーム色のスカジャン、黒いスキニーパンツに白いスニーカー、二人並んでいると、訂正、一人で立っていても、クラシカルな映画に出てくるチンピラにしか見えない、おう、やんのか、ああ? ってね。
「青日がそのシャツ止めれば良かったのに」
 お揃いのアニマル柄のシャツは、つい先日、二人揃って泥酔した挙句、購入したものだ。睦千はせっかく買ったからと着た。
「だって、睦千がそれ着ているんだったら、合わせたくなるじゃん。茎乃さんもお揃いで可愛いわねって褒めてくれたし!」
「でもさ、2人揃ってこんなシャツ買ったんだろうね」
「おれも思い出せないや! それで、聞き込みでもするー?」
「そうする」
 睦千の返事を聞くなり、青日はぴょんぴょんと前から歩いてきた生徒に話しかける。青が基調のセーラー服と紺色の学ランは第三高校のものである。前から歩いてきたのは男子と女子の2人だ、カップルに見えなくもないが、雰囲気からして、ただの友達だろうと睦千は勝手に推測する。
「ねー、ちょっといい?」
 案の定、怪しまれている。睦千が青日に手帳と促し、手帳を見せると高校生2人は首を傾げながら頷く。奇天烈集団と名高い福薬會の調査員にも見えないらしい。
「巨大な人体模型の話、聞かせてほしいんだ」
「高校の?」
 男子生徒が恐る恐る話す。何を要求されるんだと、青日を怪しんでいる。傍から見た光景の怪しさに、睦千もやっぱり着替えに戻れば良かったかと後悔していた、いや、服装で決めつけられるのも癪だな。
「去年くらいに校庭に大きい人体模型が見えたって言う子がたくさんいて、それで今年の七不思議に決まったみたいです」
 女子生徒の方が答える。青日の後ろにいた睦千が最近は? と尋ねると男子生徒が答える。
「最近もたまにいるよ。授業中とか、生物室の黒板見て照れ臭そうにしている。自分の中身、説明されているって」
「お茶目だねーかわいー」
「そう、めっちゃお茶目なの。じんもさんって呼んでる。体育座りとか正座とかしていて、めちゃくちゃかわいい」
「え、それはかわいい」
 男子生徒と青日は楽しげに話を進める。睦千は女子生徒の方にそれで、と問い掛ける。
「あっちはひとまずいいとして」
「いいとして?」
 利発そうな顔と表情で彼女は睦千の言葉を繰り返す。
「夜中にそいつが現れる事はある?」
「じんもさんは朝型です」
「意思疎通ができる?」
「いえ、朝、みんなが登校するのを見ていて、放課後はみんなに手を振りながら消えていきます。なので、じんもさんは早寝早起きの朝型だって噂しています」
「懐いている」
「最近はほぼ毎日現れますよ」
「へぇ……ところで、最近、校舎壊れたんだってね」
「まあ、壊れましたけど、それがどうかしましたか?」
「形式的な調査なんだ。なんか、その他に変わった事ない? 人体模型が暴れたっていう噂みたいだけど」
「特に……でも、じんもさんじゃないと思いますし、証拠もないから、怪が悪さしたんじゃないかってみんな言っています」
「なるほど、ありがとう。青日」
 睦千が呼ぶと青日は男子生徒に手を振って別れる。生徒達から離れると睦千は小声で尋ねる。
「……何か分かった?」
「じんもさんは大人しい性格で、暴れる事は一切ないって。生徒が驚くと、泣きそうな顔で校庭の隅っこで正座したり土下座したりするくらいって。あとお花が好き」
「なるほど、暴れるような性格じゃない」
 青日は次の生徒へ駆け出して行く。校内に着くまで2、3組に話をきいたが『じんもさん』の噂はどれも最初にきいた話から大きく外れる事はなかった。
「つまり、じんもさんは例の巨大な人体模型とは違うって考えていいのかな」
 青日の言葉に睦千は頷く。
「印象は違う。でも決めつけるのは早い」
 二人は校内に入る。校舎は年季が入った普通の学校である。その校庭の隅っこで巨大な人体模型が座っていた。二人は人体模型に近づく。近づくにつれ、人体模型は縮こまっていく。
「じんもさん、怖がっているね。七不思議も恐れられるって、今日の俺ら、そんなに凶悪?」
「この間見た映画にこんな感じのギャングいたよね……とにかく、暴れる性格じゃない」
「なら、やっぱり他の何かが原因だね」
「ああ、先生にも話を聞こう」
 睦千が校舎の方へ向かう。青日は人体模型に手を振ってその後を追い駆けた。2人は校内の応接室で生物を担当している教師、中津から話を聞く。
「人体模型の事をお調べという事で」
「一度校舎が夜中に壊れていた事がありましたよね、その件について幾つか似たような事件がありましたので、ご確認に。夢の話も教えてくださると助かります」
 睦千を警戒した様子で、中津は言葉を選びながら答える。
「校舎が壊れた瞬間を見たわけではないのですが、その日、出勤しましたら、生物準備室の辺りが壊れていました。それで、それを見て、ふとその日の朝見た夢を思い出したんです。女の子と一緒に暴れる巨大な人体模型を止めたんです。女の子が人体模型に小さくなる魔法のシロップを飲ませて、魔法を唱えるんですよ、マジカル・ハッピーエンドって、それで目が覚めたんですが。それで、校舎が壊れているところ、人体模型の手が当たって校舎が壊れた部分と同じで、校庭には顔に傷が付いた人体模型が落ちていました。女の子が攻撃したところと同じで、不思議な事もあるもんだと思っていました」
「先生は暴れた人体模型と校庭の人体模型は別のものって考えているんだ」
 青日の言葉に、ええ、と中津は肯定する。
「あの校庭の人体模型は、最初現れた時、生徒から怖がれていたんです。それと同じくらいの時期に、廊下を歩いている人体模型を見たという生徒がいまして、だから校庭の人体模型も怖がられていたんです……ですが、例の校舎が壊れていた騒動の後、校舎の修復作業を手伝ってくれたので、生徒からも好かれるようになりましたよ」
「じんもさんが校舎を壊して、その贖罪とはお考えにならなかったのですか?」
 睦千が尋ねると、教師は顔を曇らせる。睦千の悪癖だ、こういった人の善意を信用していないような言動は本人も無意識で、青日はひやりとしながら口を開く。
「すいません、一応、形式的なアレなんで」
 補足すると教師は訝しみながら答えた。
「私も、生徒と同じように、アレが悪さをするとは思えないんですよね。現に、あなた達に怯えていましたし」
 二人はその回答に、顔を見合わせて笑い、礼を言って校舎を出た。
「どうする? 今日はここまでにして帰る?」
「いや、会長殿のところに寄ろう。晩御飯にはちょっと早いけど」
「確かに。何か見つかればラッキーだもんね」
 二人は埃色のビルが並ぶ町の方へ歩き始めた。夕暮れらしい疲れた足取りや急いでいるような足音を聞きながら、二人は74号館と75号館の路地へ向かう。曇天色のビルに挟まれたその路地には巨大な石が道を塞いでいた。その前に立った睦千は手慣れたように石に刻まれている文言を読み上げた。
「草葉の陰で草枕、くさくさ道草、草の道」
 睦千が読み上げると、ゴロゴロと音を立てて石が道を開ける。砂利が敷かれた路地へ入ると、鼻先に出汁の香りが漂った。視線を少し先にやると、1か所、廂が飛び出ている。そこからオレンジ色の明かりと、紺色の暖簾、蕎麦と書かれた提灯が見えた。蕎麦屋の屋台が、ビルに埋まっているような形である。暖簾には『おそば 草の道』と書かれている。睦千は迷わずその暖簾をくぐった。
「いらっしゃい。おや、睦千。青日くんも一緒?」
「一緒だよー」
 青日が睦千の隣に座りながらカウンターの奥にいる熊のような大男に声を掛ける。大男は垂れた目尻を更に下げ、二人の前に湯呑とおしぼりを置いた。彼は草野路流(くさのろりゅう)、この店の店主であり睦千の友人だ。
「天そば、大盛、おにぎり付けて」
「はいよ、青日くんは?」
「とろろそば一つ、お願いしまーす」
 路流は注文を聞くと狭いカウンターの向こうで蕎麦を茹で始め、ふと、そうだ、と口を開く。
「そういえば、この間の路地」
「どの路地?」
「トマト缶が暴れた路地だよ」
「あーあのアグレッシブな缶」
「そうそう、あ、あぐれっしぶ? な缶のところ。あそこを気に入った人が出てきてね、あそこにイタリアンのお店開くんだって。路地裏同好会管理になったから、もう安心だよ」
「絶対そいつじゃん」
「それで、最近、八龍内で勝手に建物が壊れる事件があるんだけど、知っている? 複数人の夢に同じ魔法少女が出てくるっていう魔法少女事件。同好会の方で、そんな感じの報告とか情報とかない?」
 路流はそうだな、と考え始める。草野路流、蕎麦屋の店主で睦千の友人で、ついでに路地裏同好会会長だ。
「俺のところにそんな感じの相談はないかな。俺の方でも何かないか探してみるよ」
「うん、助かる」
「はあい。それじゃあ、お蕎麦ね」
 話しながら準備をしていた路流は2人の前に丼ぶりを置いた。2人は手を合わせ、いただきますと、蕎麦を啜った。分かりにくく、入りにくい店だが、蕎麦は美味いのだ。
「それで、睦千、なんか分かった?」
 青日は蕎麦をちびちびと啜りながら、勢いよく蕎麦を吸い込む睦千に問い掛ける。
「今日一日、魔法少女と怪が出たと思わしきところに行ったけれども」
 睦千はおにぎりを一口齧って、咀嚼して、飲み込んで再び口を開く。
「どうやら、元々その場にあった噂が関係している」
「元々あった噂?」
 一度、食事の手を止め、睦千はスマートフォンを操作して、インターネットニュースを青日に見せながら話す。八龍奇怪新聞オンラインだ。八龍内の噂話を中心としか嘘か本当か分からない記事が持ち味の新聞のオンライン版だ。見せてきた記事は踊るおじさん人形、調査対象にもあった怪だ。
「うん。じんもさんは七不思議。他の怪も噂があった八龍奇怪新聞に載る程度だけれども。ボクが覚えている限り、踊るおじさん人形は載っていたし、他のもあった気がする」
「マニアックだよねーその新聞。それ真面目に読んでいるの、睦千くらいじゃない?」
「大手だよ、ファンも多いし。とにかく関連する噂があった。ここからが肝心なんだけれども」
 そして、また箸を持った。
「……え、肝心なところは?」
「蕎麦伸びる」
「そうだね、青日くんも食べてよ、伸びちゃう。食べる時くらい調査の事は忘れなよ」
 青日は路流に促され、止まっていた箸を動かす。睦千はずるずると蕎麦を粗方食べ終わると、ゆっくりと口を開いた。
「噂が変質している」
「変質?」
 青日は蕎麦を食べる手と口を止めずに、睦千の推測に耳を傾ける。
「じんもさんは生徒から怖がられなくなった。お化けバケツも、店を水浸しにしなくなって持ち主の花屋が大切に店先に置いている。お化けバケツに祈れば恋叶うなんていうのが最新の噂。踊るおじさん人形も見かければ幸運、前は見かければ不幸だったのに。動く鳥図鑑も同様。もちろん他のも。時期はバラバラだけれどもどれも噂があった。でも、魔法少女が現れたと思われる日以降、噂が変わっているし、後日談として取り上げられているものもある」
「偶然の一言で片付けるのは、無理があると」
 そう言う事、と睦千は海老の天ぷらを箸で持ったまま考え込む。
「魔法少女もみんな見ているし、美学や理由がある」
「髪は短くて顔はよく見えない、薄紫色のふわふわのワンピースに水色のフリルとリボン、マジで魔法少女って感じだよね」
「This manはマーケティングだっていう噂もあった。でも、奇怪病や怪なら不思議じゃない」
「それにしても、現状、いまいち何も分からないよね」
「そう。奇怪新聞に載っていない噂が変質したものもある」
「噂も美学が無いよね」
「つまり、共通項が見当たらない」
「怪に共通点はないのかな?」
 睦千は眉間に皺を寄せながら、海老の天ぷらを齧った。
「ご飯食べている時くらい、もうちょっと楽しい話題にしたら?」
 黙っていた路流が食後のほうじ茶を出しながら呆れたように呟く。
「ボク的には結構楽しい話題だよ」
 睦千がおにぎりの残りを一口で頬張った。頬が丸く膨らんでいるのを見ながら、青日は少し冷めた蕎麦の残りを啜る。
「でもさ、もうちょっと情報欲しいよね。となると、やっぱり監視カメラ?」
 一足先に食べ終わった睦千がほうじ茶を飲み、ほう、と息を吐きながら、そうね、と答える。
「うん。明日は電電地区。あいつのところに行こう」


 【4月26日 曇り 本日のトピック:アニマル服店全店セール】
 翌日、2人は電電地区のとある場所に向かう。電電地区の特徴を一言で述べると、道が広いに尽きる。洗練されたビルと区画整理された道、中心に時計台、車は走っていないが、世界中どこでも見られるビジネス街の様相で、歩く人々もスーツやフォーマルな装いが多い。だが、2人は真面目な仕事の雰囲気をどこ吹く風と、いつも通りのフライトジャケットと全身青色で訪れた。二人が向かったのは、表通りから外れた3階建てのビルの3階の一部屋、『夢獏(ゆめばく)電脳探偵事務所』である。睦千は少々荒っぽくノックをして「毎度ー」と挨拶をしながら入った。青日もニヤつきながら睦千の後を追って入って行った。部屋には様々な機材が置かれ、窓はカーテンがぴったりと閉められ薄暗かった。その機材の中央、革張りの椅子に寄りかかり、雑誌を頭に乗せうたた寝をしていた男が驚いたように声と頭を上げる。
「ねえ、俺、その入り方やめてって何度も言っていない? また忘れた? 都合のいい頭だねって痛! 無言で殴った!」
 睦千はやけによく喋る男の頭を軽く、とは言え睦千の『軽く』は一般的な軽くの枠に収まらないのだが、睦千にしては軽く拳を落とした。青日はいたそー、と顔を顰めただけだ。
「依頼」
 上品なローファーが椅子の肘置きにガンと乗っかる。青日はキャッと笑う、さすが数々のピンチを外面だけで乗り切ってきた睦千、雑誌の表紙のような奇抜なシャツの柄と多少のお行儀の悪さがサマになる。
「絶対俺がはるか昔にヤンキーって言ったの根に持ってんだ!」
 男は殴られた頭を右手で抑えながら、しかし、嬉しげに内容は? と訊いた。男は縦横無尽に跳ね回る髪を後ろで無理矢理束ね、度が入っていない黒縁の眼鏡をかけていた。顔には無精髭が生え、吊り上がった目尻と相まって人を寄せ付けない風貌だ。男の名前は富山初太郎(とみやまはつたろう)と言い、電脳探偵事務所などと名乗っているが、八龍の通信やインターネットやセキュリティーを一手に引き受ける八龍電電社の都市セキュリティー部の社員である。勿論、電電社本社ビルは表の通りに福薬會本部よりも数倍洗練されたビルとして鎮座している。彼が本社のこれまた綺麗なオフィスでなく、廃れたビルの一角に事務所風に部屋を借りているのは、単に彼の性質である。
「夢の中に同じ魔法少女が出てくる話は知っている?」
 睦千が尋ねると知らねと即答された。
「おれ達、その魔法少女を調査中なの」
 青日がかいつまんで事件の内容を説明する。
「だから、はったろちゃんに映像の解析お願いしたいんだけど、いいよね?」
「お前ら、俺の事暇人だと思っているだろう」
「暇でしょ」
「暇だよ! ほら資料出せ! 依頼っていう大義名分がないと俺が監視カメラ見れないの、お前ら知ってんだろう!」
 睦千がスマートフォンを取り出し、操作する。
「メールで送った」
 初太郎はパソコンを立ち上げ、メールを確認する。
「はったろちゃん、仕事早いし的確なのに、いつも暇してんよねーこんなところいるからダメなんじゃない?」
「うるせえ、俺はセンサイなんだ。人が多いところで仕事ができるか。それに社内規則に反していない、うちは在宅ワーク推奨だ! 自分が安心するところじゃないと奇怪病使えないのも多いんだ! それに奇怪病者を統制するのは難しいってお前らが体現しているだろ」
「はいはい」
 2人は文句らしきものを言う初太郎を無視し、ソファーに置かれた何か印刷された紙や本を避け腰掛ける。初太郎は手元にあったノートパソコンに指していたコードのジャックを自身のこめかみに突き刺した。ジャックの金属部分は自然と彼の皮膚に沈みこむ。彼の奇怪病は『監視カメラ映像依存症』と言い、その名の通り、監視カメラ映像を見る事を生きがいとし、映像に自分や他者の意識を引き込み、映像の場にいるように再生したり体験させたりする事を可能としていた。
「……量が多い! 最高だな! お前ら!」
 ノートパソコンから嬉々とした初太郎の声が聞こえる。意識はパソコンの方へ飛んでいるようだ。パソコンの前に座る初太郎はぐったりと脱力し眠っているようだ。
「うん。そういう事件だから。なんでもいい、手がかりがほしい」
「おうおう、じっくり見てやるよ!」
「何か分かり次第でいいから連絡して」
「はいよ、かしこま」
 二人は静かに立ち上がり、事務所を出ていく。あとは初太郎の集中力に任せる。
「それで、これからどうする? 噂の詳細でも調べる?」
「うん」


 【4月28日 雨のち曇り 本日トピック:こまち茶店の桜餅は本日まで】
 白いブーツが苛立ったように音を鳴らしている。睦千の本日の靴だ。連日歩き回っていたおかげで、さすがの睦千の足も弱音を吐きたい気分なのだろう、青日は給湯室で淹れてきたほうじ茶を、くたくたになったパーカーの袖を弄っていた睦千の前に置いた。
「コーヒーなかったの?」
「おれがほうじ茶飲みたかっただけ」
「あっそ」
 本日、2人は一度状況の整理をするために、福薬會の事務室にいた。巨匠館地区の入口から伸びる物物通りの先が福薬會本部、3階の調査方待機フロアのうち、武闘派第五事務室と札が下がる一室に2人のデスクがある。科捜派と違って外を歩き情報を稼ぐ武闘派には必要ないように思われるが、待機をしたり、資料の精査、報告書、申請書やらラブレターやら果し状やらを書いたり、武闘派なりに机と椅子が欲しい時がある。決まった席があるわけでもないが、それぞれ特等席を勝手に決め私物にて占拠させている。二人のデスクは武闘派五事務室の片隅、大きなイルカとシロクマのぬいぐるみに留守番をさせている席だ。
「よお、無能組、珍しいな」
 部屋に入って来た調査員を、睦千は睨み、青日はそんな日もあるんだよーと返事をした。睦千は青日の返事を聞き溜息交じりに話し始めた。
「こんなに調べても何も分からない事ってある? 調査開始して、何も分からない事だけ分かった。初太郎に依頼したけどもこっちも進展がない、路地裏同好会からも情報がない。何も分からない」
「はい! 最悪!」
「確認された9件、どれにも共通点がない。美学らしきものもはっきりしない。目撃情報もやっぱりなくて、魔法少女の正体の予想もたっていない」
 青日がうわあと腕の中のイルカの頭をかき回す。そして、かき回しながらふと尋ねる。
「そもそも、魔法少女って何?」
「夢の中に出てくるフリフリガール」
「魔法少女の目的って何?」
「……世界平和?」
「八龍、平和じゃない?」
「ボク達が知らないところで悪の組織が暗躍しているのかも」
「ちなみにそんな噂を聞いた事は?」
「ない」
「だよねー。これまでの噂って、人体模型でしょ、喫茶ロマンの看板、ゴミ箱、お化けバケツ、おじさん人形、ホワイトボード、路地のピアノ、フライパン、鳥図鑑」
 青日が調査メモを見る。

 ・4月8日、第三高校の人体模型が巨大化。
 ・9日、物物6番通り7号館、喫茶ロマンの看板の絵が動く。
 ・12日、八龍役場の広場のゴミ箱がゴミを散らかす。
 ・14日、物物通り12号館、お化けバケツ店が店を水浸し。
 ・16日、北西通り18号館、おじさん人形は泣きながら踊る。
 ・17日、第二中学校のホワイトボードに描いた文字が消えない。
 ・20日、35号館と38号館の路地、路地のピアノがショパンの『別れの日』を演奏。
 ・21日、物物3番通り14号館、フライパンは路地に積み上がり続ける。
 ・22日、84号館、鳥図鑑から鳥が逃げ出す。

「並べてみると、全部しょぼい感じだよねー。共通点なんて、ちょっと奇妙だな、くらいじゃない?」
「でも変質した」
 睦千はシロクマの手を握りながら噂の変化を並べていく。
「人体模型は生徒と仲良くなって、ロマンの看板が動いているのを見たら幸運、ゴミ箱にゴミをきちんと捨てると欲しいものが手に入り、お化けバケツは恋愛成就、おじさん人形が踊っていたら拍手をするといい事がある。ホワイトボードに目標を書き込むといつも以上に頑張れて、路地のピアノにショパンをリクエストすると恋愛成就、積み上がったフライパンを持ち帰って使えば商売繁盛、鳥図鑑から逃げた鳥が腕に止まったら幸運。いい方へ噂が変質している。でも、大きな恩恵があるわけでもなく、所詮、おまじない程度。そして、多くの人は夢の中で魔法少女を見て、一緒に戦って中にはピアノと話したとか鳥図鑑の鳥と話したとかもあった」
「でも、呪方の危険な噂のリストに入っていなかったから、魔法少女が現れて本当に噂が変質しただけ! もうマジ分かんない! 魔法少女は怪を浄化する怪とか奇怪病?」
「噂が完全に消滅していないし、一応、真偽は怪しいけれども見たって言う人もいる。それに気配が残っていて完全に浄化されていない、単純な浄化系ではない」
「じゃあ、次のターゲットってなんだと思う?」
「ここでの変わった不気味な噂は絶えないから、予想が付けられない」
 青日は机に勢いよく伏せた。勢いがあまりにも良かったからパーカーのフードが頭を覆った。
「おれ達にできる事、なくない?」
「本当にね」
 睦千はシロクマの手を離し、青日の頭からフードを避けて、それからほうじ茶を飲む。
「でもさ、おれ達が調査始めてから、建物破壊って出なくなったよね?」
「最後の夢から間隔がだいぶ空いている。もしかしたら、無能組の本領発揮かもね」
「また未解決はちょっとやだなー。せっかく最初のやつ以外は全部解決してきたのにさー。そう言えば、夜歩き倶楽部にも声掛けているんだっけ? そっちも何もないの?」
 うんと睦千は頷く。夜歩き倶楽部は名前の通り、夜の散歩を好む者達の集まりで、睦千も所属している。特に定例集会等はないが、互いに情報共有をしたり散歩をしたりとクラブ員は各々楽しんでいた。睦千は夜歩き倶楽部に壊れた箇所を見たら早急に連絡するように頼んでいた。
「でも、あれなんでしょ、今までの破壊された瞬間も皆見ていないんでしょ」
「それが不思議。クラブ員の中には、現場がいつものルートという人もいるのに、その日は別の道を開拓している。不自然なほどに……」
「不自然なルートって言えばさー」
 ふと青日が思い出したように話し出す。
「泥酔してお揃いのシャツ買ったじゃん、最近」
「ホワイトタイガーと青い豹柄の」
 睦千はあの朝の頭痛を思い出す。


 その日、睦千はリビングの床の上で目が覚めた。身体が、特に頭が痛く、自分がどうしてこんなところにいるのか、なぜ、あと一歩でソファーに寝転がれるのに床で寝る選択をしたのか、本気で分からなかった。痛む頭を押さえながら、身体を起こして、ふわりと酒と油と誰かの煙草の匂いに、記憶の方がようやっと目覚め始める。3軒目に行こうとしたことまではなんとなく思い出した。それ以降の記憶は皆無で家まで辿り着いた事が奇跡だ。一向に目覚めない記憶と落としていない化粧に乾燥しきった肌に少々苛立ちながら、同じように隣で行き倒れ、ローテーブルの下に潜り込んでいる青日を揺らした。
「あおひ……」
 乾燥した喉に痛みが走り睦千は咳き込む。その咳で青日はむずむずと瞼を擦り、目を開けた。
「あれ……むちぃ……? どこぉ……?」
 青日は身体を起こそうとして頭をぶつけた。ごちんと大きな音がして、青日は頭を抱えながら、ころりころりとローテーブルの下で悶えて、それから漸くここがテーブルの下である事に気付き、世紀の発見だとばかりに顔を輝かせて、這い出してきた。
「おれ! テーブルの下にいたんだ!」
 ラグの毛の跡がついているが、きらきらとした顔をしていて、睦千は可愛い顔だけどムカつくなと青日の頬をつねった。
「おはよー?」
 こてんと引っ張られた頬に釣られるように、青日は首を傾げた。
「……ボク、全く記憶ないんだけど」
 唸るように呟いた声に、青日も考えるように眉を寄せたが、すぐにニパっと笑った。
「おれも覚えていないや!」
 アーと言いながら睦千はソファーに寄りかかった。
「……ほんと、昨日のボクら何していたんだろ?」
「ねーおそろのシャツなんて買ってんだよー」
「……は?」
「服見てみなよ」
 青日が指差した通りに睦千は自分の服を見る。昨日は何着ていたっけ……そうだカラフル三角形のシャツだ、いや待って、なんでソファーにフライトジャケットと一緒に投げ捨てられて、
「うそ」
 あははははと青日が笑い出した。
「声下げて、冗談じゃなくて頭痛い」
 睦千は白地に虎柄の柄シャツを着ていた。よく見れば、青日も青い豹柄を着ている。
「まって、ほんとうに、待って……え、青日覚えている?」
「さっきも言った、覚えていなーい」
 キッチンでグラスに水を注いで、鎮痛剤と胃薬も手渡してきた有能な相棒にお礼を言いながら一息に薬と水を流し込む。酒飲んだ後の水ってなんでこんなに美味しいんだろう、二度と飲みすぎない、容量用法守って二度と調子に乗らない、この前も思った気がするけど。
「あ、でも、レシートあった。1枚1500円、税込み」
 ジーンズのポケットからレシートを見つけた青日が呟く。
「他の店のは? 具体的には3軒目」
「ご機嫌斜めだね」
「化粧落とさないで寝落ちして、変な買い物までしている昨日のボクに怒りをぶつけたい」
 はいはい、と青日はジーンズや上着のポケットをまさぐる。
「1軒目、『回転すし・ちかみち』、2軒目『焼き鳥ふくろうさん』、3軒目が『BAR バーバラ』、シャツは『アニマル服店深夜店』だ」
「……え、ちょっと貸して」
 睦千は青日からレシートを受け取って、まじまじと見る。寿司屋に行ったのは覚えている。寿司を食べながら日本酒を舐めた。2軒目にビールが飲みたいから、焼き鳥に行こうって言って、2人して調子に乗ってビール瓶を数本空にしてから、日本酒にリターンしたのも、まあ、思い出した。しかし、ここからが腑に落ちない。
「『ちかみち』と『ふくろうさん』は、巨匠館地区、物物3番通り」
 商店街『物物通り』には一から八番の通りがある。その中で物物三番通りは居酒屋が多く、2人もよくそこで飲み歩いていた。
「でも、『バーバラ』と『アニマル服店』は六花天道」
「うん……うん?」
「もし、『ふくろうさん』からもう1軒ってなったら、『BARジャックジャンジャーニー』に行く。こっちは3番通りから家の方角で、カクテルがおいしい。でも、『バーバラ』は」
 睦千は金額が書かれたメッセージカードを裏返し、あーあ、と溜息を吐いた。裏側には綺麗な赤いキスマークと、『今度は1人で来てね』の文字。
「……バーバラのママさんにボクは目を付けられているし、あんまりお酒の種類も多くない。つまりは、選択肢に入らない」
「じゃあ、おれ達、フラフラになりながら、六花天道まで行って、お揃いのシャツ買って、バーバラのママさんに、多分十中八九、睦千が見つかって連行されて、着替えて、酒飲んで、そして無事に帰って来たって事?」
 青日と睦千は見つめ合った。
「意味分かんないけど、俺達天才だよ」
「悲しいくらいにね……本当に、意味分かんない……まあ、いいや、今日はだらだらしてやる」
 睦千は自分に呆れながら立ち上がって、洗面台に向かった。いい加減、乾燥しきったパウダーがポロポロと落ちてきそうだった。


 睦千は一通り思い出して眉間に皺を寄せた、ちょっともうアレは勘弁、繰り返す、お酒は20歳から容量と節度を持って他人と自分の身体に迷惑を掛けないように楽しむもの。
「あの日って、フライパンの怪が出た日だよね」
 青日が何気なく言ったが、睦千はその意図に気付いた、あらやだボクの相棒賢い。
「そう。『ジャックジャンジャーニー』の近くの路地。ボクらが、あの日、『ジャック』に行っていれば、早期解決だった」
「でも、おれ達は逆方向に行っていた」
「そう。そして、あの日、あの辺りを散歩する倶楽部メンバーもいなかった」
「不自然だね。誰かの思い通りみたい」
「まるで魔法。相手にとって都合が良すぎる」
 睦千がゆるりと口元で指を絡ませた。例の癖だ。そして、僅かに伏せられた目が、悪戯を思い付いた少年のように瞬いた。
「ねえ、青日は魔法を実際に見た事ある?」
「うーん……ないね。奇怪病は魔法じゃないし」
「じゃあ、なんで魔法を知っているの?」
「なんだろうな……絵本とか?」
「そう、絵本。つまりは物語」
「うん?」
「物語は、現実の話だと思う?」
「うん? いいや。創作、空想の話だよね?」
 睦千は手を下ろした。にやりと好戦的な唇が見えた。今日のリップは珊瑚色だ。
「ところで、青日は図工って得意?」
 青日は睦千が何を思い付いたのか皆目見当がつかなかったが、どうせ後で分かるかと思い直し、うん得意と返事をした。その瞬間、ピロピロと間抜けな着信音が聞こえた。睦千のスマートフォンだ。
「……初太郎だ……はい、睦千……あーちょっと待って、スピーカーにする」
 青日にも聞かせるように、スピーカーにすると、初太郎が不機嫌を隠さず話し出した。
『昨晩、例の魔法少女が現れていた』
「はあ?」
 青日が途端に怒りと呆れを滲ませた声を発した。
「ねえ、はったろちゃん、なんで気付かなかったの?」
『知るか! 俺だって今報告貰ったんだ! 万が一と思って他の奴に建物と道路が壊れた映像があれば即刻俺にって頼んでいたのが功を奏したんだな! 褒めろや!』
「偉い偉い、それで偉い初太郎は解析までやってくれたんだよね?」
『ああ! やってやったとも! 場所は40番の広場!』
「睦千、なんか噂聞いた?」
「ちょっと待って思い出す」
『だが悪い話ばかりじゃない』
「なんか分かったの? 偉いはったろちゃんは」
『詳細はウェブをチェックしやがれ!』
 初太郎が言うなり、2人の意識は身体を離れ40番の広場と呼ばれる巨匠館40号館の中庭に飛ぶ。初太郎の奇怪病だ。
「これは昨日の広場だ」
 突然現れた初太郎が探偵のように説明を始める。
「時間は?」
 度々初太郎の奇怪病に巻き込まれる睦千は冷静に尋ねる。同様に巻き込まれた青日も気にせず辺りを見回していた。
「午前0時だ。それで破壊されたのはこの広場の地面と近所のジジイが世話している鉢植えだ。じゃあその瞬間だ」
 初太郎が言うなり、パキンと悲痛な音を立て石畳と鉢植えが壊れた。欠片と土と花びらと水が地面へと散らばる。
「思い出した、ここの噂は唇が咲く植物」
「じゃあ、この鉢?」
「おそらくは。初太郎、今のこの瞬間、早送りも、何の細工もないよね?」
「ああ。これまでの事件でも該当の時間に一斉に物が壊れていた。だから、こいつもそうだろうと思ったわけだ」
「確定は呪方に確認してもらわないと分からないけど、多分そうだろうね」
「それで、はったろちゃんが気付いた事って?」
 青日が尋ねると初太郎はよくぞ聞いたとばかりに胸を張って答えた。
「この一瞬をスローモーションにする。お前らはこの鉢植えをよく見ていろ」
 二人の目の前で鉢に罅が入りゆっくりと欠片が落ち、その中にきらりと光が芽生えた。
「これって」
 青日が掛けている色眼鏡を眉の上に引き上げ、再度見てから呟く。
「第三高校のボタン?」
 初太郎はしたりと笑い、今一度スローモーションで再生する。第三高校の制服についている金のボタンが空中に浮かんでいた。元からあったのではない、突如として現れていた。


【五月二日 夜】
「御大、魔法って何だと思う?」
「魔法?」
 成維は訝しげに尋ねる。
「うん。魔法って何?」
 睦千はにやりと笑いながら、話し出す。青日は、わあ探偵みたい、と内心はしゃいでいた。
「不思議な力ね。奇怪病とは違う……ファンタジーとか童話に出てくる」
 茎乃が答える。機嫌が悪い成維が睦千の芝居がかった問答には付き合わないせいだ。
「そう、奇怪病とは違う。じゃあ、なんで魔法は現実にないの?」
「それは……そうね、難しいわ。魔法って、自然現象や科学で説明できないものを指し示すのかしら。いいえ、古代は逆ね、自然現象や科学が発達していない頃は、人間の力や想像を超えた自然現象や科学法則を魔術や魔法、神の御業と捉えていたもの」
「うーん、興味深いけれども、ちょっとボク的には違うかな」
「違うの? 魔法は現実にないものだと自然と思っていたから、考えると分からないものね」
「そう」
 睦千が茎乃の言葉を遮るように言った。
「え?」
「魔法は現実にないものだと自然に思っている。少なくとも、ある程度成長した人間はそう考える。じゃあ、現実にないものをどうして知っているの?」
「それは、小さい時の絵本や物語に魔法使いが出てきたから、かしら」
「それを現実の話だと思う?」
「いいえ、物語は物語、フィクションよ」
 睦千は予想通りとばかりにと笑った。
「そう、物語は現実じゃない。魔法は現実じゃないという前提で、物語がある」
 気取った足取りで睦千は革張りのソファーに腰掛け、話を進める。
「ボク達の中には無意識で決めつけている前提がある。例えば、スカートを履いていたら女性、髭が生えていたら男性、キスをしていたら恋人、みたいなね。実際は違うとしてもね」
「それで、その無意識の前提がどうした?」
 漸く、不機嫌そうな成維が口を開く。
「こういう前提は色々なものに含まれている。魔法に関しても『これは空想である』という前提で、ボク達は御伽話やファンタジー小説を楽しんでいる。そこで今回の件」
 睦千に視線が集まる。睦千は気にする事なく、淡々と探偵気取りで語る。
「今回の件の前提、それはこの一連の騒動が『物語である』という事」
 しかし、睦千が疲れたように息を吐くと、青日がはい、と説明を始めた。
「これを『物語である』と捉えると、色々納得するんだ。物語だから、誰も見ないし、夢の中にも入れるし、噂もいいように変質するし、とにかく魔法少女にとって都合がいい。これは『魔法少女が出てきて、悪い化け物を倒して改心させる物語』なんだ。そこで、俺達もその流儀に倣う事にしてみた。つまり、『この事件は物語である』として、介入を目指す事にした。そこで登場するのがこちら」
 じゃーん、と青日は上着から白い虎と青い豹を取り出した。
「おいおいおい、やっぱりお前等じゃないか」
「手作りなんだよ! 可愛いよね!」
「2人で粘土こねて作った、楽しかった」
 休憩を終えた睦千が再び口を開く。
「では、ここでの介入とは? それは登場人物になる事、つまり噂の出処、もしくは噂に関係がある人。だから、ボク達は『悪い』噂を流した。ボク達は改心させるべき悪役として介入を試みている。魔法少女が、悪い噂がある虎と豹が、自分が改心させた噂の場所に置かれていると気付いたら必ず接触しようとする。奇怪病者であろうと怪であろうと、美学からして無視はできないから。This girlが夢なのか、現実の認知を歪ませた結果なのかは分からないけど、何かしらの手がかりは得られるだろう、と、まあ、予測を立てた」
 以上、とばかりに睦千は大きく息を吐き出す。
「それ、本当に成功するのか?」
 青日と睦千は顔を見合わせ、同時に成維に向かって口を開いた。
「知らない」
 茎乃の笑い声が室内中に響き、また部屋中の植物が青々と茂り始めた。
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