Log:001 侵入覚醒

文字数 4,970文字

Limit 71:39
Loc 日本第3機動都市・関東ブロック11階層セクター20・第117横浜人体保管庫
View 八重桜サナ


≪———精神マトリクス解凍率100%、パルス確認。不明なアストラルコードを検出、強制停止しました。リザレクションプログラムコンプリート。全システム解放、LOGOS(ロゴス)再起動します≫

私はいったい……。
とてもとても長い時間、眠っていたようだ。
今、自分がどこに居るのか、どうなっているのかさえ分からない。

≪蘇生完了しました。八重桜(やえざくら)サナさん、お帰りなさい≫

八重桜(やえざくら)サナ? それが私の名前?
ああ、でもそんな風に呼ばれていたような気がする……。

≪警告。身体機能サポートのキャリブレーションが完了していません。自力で起き上がってください。このままでは窒息してしまいます≫

「ぶはぁ!!」

言われて初めて息苦しい事に気付き、私は慌てて上半身を起こした。
そして思いっきり肺に酸素を取り込む。
やばい、すっかり息をするのを忘れていた。

「うげっ、何これぇ!?」

ドロドロした緑色の液体が身体中にまとわりついていた。
私はこの液体に満たされたバスタブにずっと沈められていたらしい。
よく生きてたなぁ。

≪いいえ、貴方は作戦開始前まで死んでいました。正確には仮死状態ですが。生き返ったばかりでメンタルの乱れが検出されていますが、キャリブレーション完了までこのままお待ちください≫

意味が分からない。
とりあえずバスタブから出ようとして、何も身につけていない事に気付き慌てて浸かり直した。
周囲の壁にはカプセルのようなものがびっしり敷き詰められているが、人影は見当たらない。
どこかからモニターしているのだろうか?
カプセルの窓は光っていて中身は分からないが、私が入っているバスタブと同じデザインのようだ。
薄暗く不気味で異様な雰囲気に悲鳴をあげそうになる。

「あなたは誰? ここはどこ? 私はなぜ仮死状態にされていたの?」

震えながらも勇気を振り絞って声の主に問いかける。
少なくとも今、私が頼れるのはこの人だけ。

≪はい、私は貴方の味方であり、貴方自身とも言えます。貴方の精神マトリクス内に作られた人工知能、Local(ローカル) Oratorium(オラトリアム) Gunslave(ガンスレイヴ) Operating(オペレーティング) System(システム)、略してLOGOS(ロゴス)とお呼びください≫

こ、こいつ、人の心の中に直接……っ!?

≪貴方が想像しているようないかがわしい存在ではありません。貴方の現在の知能レベルに合わせて会話していますが、科学によって人工的に作られた存在です。これから貴方に与えられたミッションを完遂するため全力でサポートいたします≫

……ミッション?

≪はい。貴方は人類滅亡を回避するため、エデンから機動都市に送り込まれたエージェントの1人です。エデンでの記憶は生体脳に記録されておらず、復元するにはLOGOS(ロゴス)のシステムリソースを圧迫する恐れがあったため消去しました。貴方の主観を伴わない客観的な資料ならストレージに保存されていますが、現在の状況を生体脳に記憶するため再生しますか?≫

「まぁ、説明してくれるのなら……」

いきなり何もない空間に映像が浮かんだため、幽霊か何かだと勘違いした私はびっくりしてひっくり返った。

≪ホログラムのようなものです。実際には存在せず貴方の視覚にアクセスしているだけなので、他の人には見えません≫

いつの間に科学はここまで進化したんだろう……。

資料を見て分かった事。
人が住めなくなった地球を再生するために、人類は精神と肉体を別々に保存して長い眠りについた。
肉体は今自分が居る機動都市に、精神はエデンに。
機動都市がエデンに向かって暴走を始めたため、それを止めるには内部からどうにかするしかないらしい。
そこで精神の中にLOGOS(ロゴス)という人工知能サポートプログラムを植え付けて、私達工作員を蘇生させたというわけだ。

「私のような小娘が? どう考えても自衛隊とか軍人の仕事でしょ!?」

立ち上がって自分の身体を確認する。
手足は華奢でぷにぷにしてるし、腹筋だって割れてない。
おまけにツルツルのペッタンコ。
どう見ても子供だ。

≪問題ありません。そのためのLOGOS(ロゴス)です。それに今、貴方は自分の事を小学生だと思ったようですが、この施設の管理記録によると17歳の高校生です≫

なんだとぉぉぉぉ!?
顔は分からないが、この身体が17歳だと?

≪キャリブレーションが完了しました。身体スキャニングデータから復元した貴方の顔がこれです≫

めっちゃ童顔!!
目の前に映し出された自分の顔は、どう見ても守られる側の人間のそれだった。

「でも、自分で言うのもなんだけど……結構可愛いかも? ってそうじゃない! 高校生活だって全然覚えてないんだけど?」

≪コールドスリープ以前の記憶は精神と肉体のデフラグメントが進めば自然に思い出すでしょう≫

記憶戻るんだ。
それなら思い出すまで待つしかないか……。

≪では自身の姿を確認出来たところで、こちらの候補から活動するためのスキンスーツをお選びください≫

3枚の異なる衣装をまとった自分の映像が表示された。
なんかどれも可愛くないなぁ。
まぁ作業着みたいなものだし仕方ないか……。

≪不満があるようでしたら、居住区で衣装データを入手すれば変更可能です≫

「じゃあとりあえずコレで」

動きやすそうなサイバー風味の全身タイツを選んだ。

≪了解。生体メンテナンス用ナノマシンジェルからスキンスーツをビルドします≫

「え? いやぁっ!?」

バスタブのドロドロが生き物のように身体を這い上がってきた。
エロ漫画みたいな事されちゃうの!?

≪ビルドアップ完了。軽く運動をしてみてください≫

不思議なドロドロはすぐに硬化して、映像で見たスーツのように色まで変わってしまった。
ナノマシンって言ってたし、液体金属みたいなものだったみたい。
今は布みたいに感じるけど。
促されるままバスタブから出ようとして、どんくさい私は盛大に躓いて転んでしまった……と思いきや!

———バッ、シュタッ!

片手で床を蹴るように、一回転して華麗に足から着地した。
まるでアクションスターみたいに。

「……私、凄くない?」

≪これがLOGOS(ロゴス)による身体機能サポートです。貴方の思考と周囲の状況から適切な行動を判断し、LOGOSが補正コントロールしました≫

「LOGOSが勝手に私の身体を操ったって事?」

≪勝手にではありません。あくまで貴方の意思を尊重した自動サポートです。直接的な運動だけでなく生理機能も調節できるので、治癒力を高めて怪我を治すことも可能です≫

スーパーヒーローになった気分だ。
確かにこれなら私でも仕事出来そう。

≪ただし本来の肉体ポテンシャルを超える事は出来ません。例えば単純なパワーの向上は限界があります。肉体の成長を促して筋力アップは可能ですが、大きな身体構造の変化は精神と肉体、LOGOS(ロゴス)の同調に支障をきたします。この運動サポートは最低限の機能であり、本来の目的はガンスレイヴァーユニット運用のためにあります≫

「ガンスレイヴァーユニットって?」

≪兵器です≫

「戦うの!?」

≪戦わなくて済むに越した事はありませんが、人々が暮らせるように設計されている以上、機動都市にも治安を維持するガードシステムが存在します。暴走状態にある今、バリアシステムを解除するためにガードシステムとの戦闘は避けられません≫

「死ぬかもしれないじゃん!」

≪貴方が戦わなければ3日後には全人類が死滅します。例え自身を犠牲にしてでも未来を切り拓く事が貴方に課せられた使命です。それを実行させるためのLOGOS(ロゴス)である事をお忘れなく≫

「自分だけ逃げようとしたら体のコントロールを奪われるって事?」

≪逃げ場などどこにもありませんが、全人類を敵に回すような行動を取られた場合はやむを得ません≫

「そ、そんな事言われたって、肉体的には何とかしてくれるとしても心の準備が……!」

≪その気になれば眠らせたまま活動する事も出来ますが、それは著しい戦闘能力の低下を招きます。もしかしたらホスピタルで精神マトリクス安定カプセル『トランキライザー』が手に入る可能性がありますが、最初の目的地をホスピタルに設定しますか?≫

いや、薬漬けはちょっと……。

≪それでは仲間との合流を優先しましょう。貴方と同じように他のエージェントも潜入しています。心の弱い貴方でも仲間が居ればきっと戦えます≫

ぐ……、強引過ぎるな、このAI。

≪貴方は記憶を殆ど失っているため不安なのも分かりますが、これは貴方自身が生き残るための戦いでもあります。心の中の私との会話は加速されていますが、のんびりしている暇はありません。初期設定は完了しており、いつでも戦えます≫

「あーもう、分かったわよ! で、具体的に何をすればいいわけ?」

≪最優先事項は機動都市のバリアシステム停止です。そのためには中枢であるセントラルエリアへ向かわなければなりません。ただ日本第3機動都市は広大です。複雑に入り組んでる上に全長は約13km、全高は約7kmあります。機動都市は稼働後も自ら増改築を続けており、初期設計データからは大まかな目的地しか分かりません。LOGOS(ロゴス)の慎重かつ迅速な判断だけでなく、人間が持つ柔軟な発想力が必要となるでしょう≫

「デカ過ぎでしょ! そんなものが歩いてたの!?」

≪機動都市の自重はバリアシステムによって支えられています。バリアシステムを停止すれば自重で崩壊するか、少なくとも歩けなくなります≫

「中の私達は……」

≪ガンスレイヴァーユニットがあれば何とかなります≫

「それってどこにあるの?」

≪敵から奪うのが最も簡単で時間も節約出来ます≫

「いやいや、丸腰で敵から奪えって言うの!?」

≪暴走の原因そのものは分かっていませんが、少なくとも機動都市にとって人間の肉体は必要な存在です。そうでなければコールドスリープ中の人間は全滅しているでしょう。空調や重力コントロールも問題なし、敵対行動を取るまではいきなり襲われる事はありません≫

「ほんとかなぁ……」

≪すでに他のエージェントは活動を開始しているはずです。エージェントの武装化が進めば機動都市内の警戒レベルが上昇し強力な軍用兵器が現れるかもしれません。決断が遅れるほど不利になるため、迅速に身を守る手段を確保するべきです≫

「ちょっと、それ先言ってよ! 選択肢ないじゃん!」

≪申し訳ありません。私も貴方という存在を少しずつ学習しているのですが、人間の精神アルゴリズムは複雑で予測出来ない事が今後もあるかもしれません。理に叶った行動の提案は出来ますが……≫

「はいはい、理屈が通じなくてごめんなさい! じゃあ案内して!」

≪了解。この人体保管庫の出入り口は一箇所だけのようです≫

「着いたわ。どうやって開けるの?」

床もそうだが壁は熱くもなく冷たくもなく、硬いんだけど押し返される感じがしない、変な感触だ。

≪それがバリアシステムの感触です。内壁もバリアシステムに保護されており破壊する事は出来ません。しかしコンソールがあればハッキングは可能です≫

スキンスーツの指先からコードのようなものが伸びていき、操作パネルの隙間に入っていった。

≪ゲートロック解除しました≫

「わお、凄い。この戦いが終わったら怪盗になろうかな」

≪犯罪行為は禁止です≫

「冗談が分からない子……」

≪学習します≫

高さ25mはあろうかという巨大なゲートが、複雑に変形しながら解放される。
薄暗かった室内に眩い光が差し込まれていく。
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