Log:002 閉鎖機関

文字数 5,428文字

Limit 71:18
Loc 日本第3機動都市・関東ブロック11階層セクター20・横浜エリア
View 八重桜サナ


「これが……機動都市……!」

人体保管庫の前は数十メートル先まで続く巨大なバルコニーになっていた。
正面には視界に収まり切らないほどの鋼鉄の塊が天高くそびえ立っており、黒い雲に覆われて先まで見えない。
左右は延々と続いており、実際どれくらいの距離があるのかは分からないが、遠くの方で青い空に繋がっていた。
ただ手前の方は黒煙が充満していてよく見えない。

≪核兵器の影響です。もうしばらくすれば周囲の状況もよく見えるでしょう。本日の天候は晴れです≫

下の方はどうなってるんだろ。
手摺りから乗り出して下界を見ようとしたら、見えない壁におでこを強打した。

「……っ!????」

≪ステルスバリアによって光学迷彩化した外壁があります。それ以上身を乗り出す事は出来ません≫

「先に言ってよ!」

≪言葉で理解するより、実際に体感した方がより多くの情報が得られます。バリアシステムはただ破壊を防ぐだけではなく、光や音さえコントロール可能という事を肝に銘じておいてください。これは視覚に頼る者にとって脅威です。時にはLOGOS(ロゴス)による心の目や耳に頼らなければならない場面もあるでしょう≫

「女の子は顔に傷をつけたくないの!」

≪学習します。すぐに痛みを消し治療を行いましょう≫

たいして痛くはなかったのだが、LOGOSが宣言した瞬間何も感じなくなった。
うわ、凄いなこれ。

≪光学情報から現在地の割り出しが完了しました。現在の高度は約4500メートル。関東ブロックの中層、先端部分に居るようです。正面に見える建造物は関西エリア、機動都市の先頭ブロックにあたります≫

富士山より高い!?
大き過ぎて分からなかったが、よく見ると正面の巨大構造物は少しずつ移動している。
いや、こっちが移動しているのかもしれないけど。
左前方、ちょっと見下ろしたところに巨大な橋のようなものがあって、それが正面の関西ブロックにつながっていた。
何メートルくらいあるんだろう?

≪見えている長さは約620メートルです。封鎖されていなければ渡り切るのにさほど時間はかからないでしょう。ただ入口に向かうルートが不明です≫

「セントラルエリアってどっち?」

≪後方、関東ブロック側です。文字通り機動都市の中心に位置するため、関西ブロックは遠ざかる方向にあります≫

近い方に居るのは幸運なのか、不運なのか。
仲間はあっちの方が多いのかな?

≪エージェントは無作為に選ばれたわけではありませんが、ここは日本が最後に建造した機動都市であり一般国民を保管する最大の機動都市でもあります。収容された人間は当時の人口比率に基づいているため関東ブロックの半分、統計学的には約2割のエージェントが居ると推測されます。一箇所に固めないのはリスクを伴うからです≫

「じゃあこっち側で、向こうから誰か来るの待った方がいい?」

≪その判断は私には出来ません。正解のない行動指針を決めるのは貴方です≫

「え~、どうしようかな。向こうからこっち来る手段ってあの橋だけかな?」

≪少なくとも右遠方にも対称的な構造物が見られます。それ以上は現在の肉体とナノマシン性能からは解析出来ません≫

「あー、あれか。まったく気付かなかった」

あそこで待ってても通らないかもしれないし……。

≪待ち合わせにはライフスポットを利用した方がいいでしょう≫

「ライフスポット?」

≪居住区など生体活動に必要不可欠な補給が出来る場所です。3日くらいならLOGOSのサポートで不眠不休の活動も可能ですが、少しでも作戦の成功率を上げるためには休息も必要です。特にメンタル面のケアはLOGOSには不可能ですから≫

「なるほど。意識してなかったけど、言われてみれば今もお腹が空いてるような気がする」

≪貴方は覚えていませんが、ブリーフィングでエージェント達は居住区を拠点にしようと話し合っていました。居住区がどこにあり、いくつ作られ、どれくらいの規模なのかも分からないので、あまり充てにはなりませんが≫

「まぁ充てもなく彷徨うよりはマシって事ね」

≪その通りです≫

「決めた。あの橋の入口へ向かいながらライフスポットを探そう。もちろん武器の調達が最優先!」

≪了解。左舷前方、作業用リフトの発着場とさらにその先に、関東ブロック内部へと続く通路が見えます≫

「よし、探索開始!」

外の世界が見えたらちょっと楽しくなってきた。
スキップしながらリフトの発着場へ向かう。

「これで下の階層へ降りる事が出来ればラクチンだよね」

スーツからコードがにょろにょろ伸びていき、リフトのコンソールをハッキングする。

≪アクセス不能。セキュリティーを解除するにはコードキーを手に入れるか、より高度なハッキング能力が必要です≫

「……まぁそんなに上手くいかないか」

諦めて次の通路へ向かう事にする。
するとその通路から、クレーンに四本の脚がついたようなロボットがバルコニーに現れた。
作業用だろうか?
大きさは自分と同じくらいなのだが様子が変だ。
背中のアームらしきものが壊れているのか、ぶらぶら揺れている。
その先から赤い光線が出て私に照射された。

≪警告。ロックオンされました。正面のドローンは武装化されています≫

「はい?」

≪逃げてください≫

四足歩行のドローンが猛スピードでこちらへ向かって来た。

「ちょっと! 何もしなかったら襲われないって言ったじゃないのっ!?」

いきなり殺人マシーンに追いかけられるハメになるなんて聞いてない!

≪誤作動し見境がなくなっているのかもしれません。損傷の様子からすでに誰かと交戦した可能性が高いです≫

人違いで襲われるなんて、こっちは武器がないのよっ!?

≪スキャニング完了。銃器は使える状態ではないようですが、格闘戦になればこちらに勝ち目はありません≫

「やだやだやだぁ! まだ死にたくないっ!」

涙ぐみながら全力で逃げる。
自力だととっくに足がもつれて餌食になっていただろう。
LOGOS(ロゴス)のおかげですぐに追いつかれる事はないが、振り切るのも難しそう。

誰でもいいから助けて!
人間でなくてもいい、壊れてないまともなロボットとか居ないの!?

≪機動都市の初期設計データから検索。現状を打破する最も可能性が高い防衛システムを発見しました。このまま人体保管庫へ戻ってください≫

「あそこ行き止まりじゃん!」

≪現在の機動都市の運航状況から分析したところ、99.99%助かるはずです≫

「残り0.01%って何!?」

≪運命です≫

「AIが突然胡散臭い事言い出したら、余計不安になるでしょっ!」

≪学習します≫

こうなったら、LOGOSを信じた自分の運命が勝つ事を信じる!
巨大なゲートをくぐり、人体保管庫へ飛び込む。

……いや、飛び込むつもりはなかった。
そのまま奥まで走ろうとした。
しかし現実はヘッドスライディングし、床とキスをしていた。

「な、何で……?」

すぐさま上半身を起こし逃げようとする。
……が、下半身がフニャフニャして自分の体重を乗せる事が出来ない。

あり得ないあり得ないあり得ないっ!!
LOGOSが居るのに、なんで私は腰が抜けてるのっ!?

「うっ……うぅぅぅ、裏切ったなぁぁぁぁ!!」

嗚咽交じりの絶叫。
その怒りの矛先はもちろん、突然フリーズした頭の中のポンコツAIだ!
だから機械は信用出来ないんだ!

振り向くと殺人ドローンがもう目の前まで迫っていた。
背中のアームに繋がっている刃物のようなものが発光する。

「いや……、いやぁぁぁぁぁ!!!」

顔をグショグショに濡らしながら、私は最期の断末魔をあげた。

≪システムクロックアップ、緊急回避を実行≫

両腕で勢いよく後方の床を蹴り上げ、飛び退くようにバック転する。
直後、上からレーザーが照射されてドローンはバラバラになった。

「…………」

私はポカーンと口を開け、涎と涙と鼻水を垂らしたままフリーズした。

≪バリアシステムがレーザーを対消滅させたため、反射や輻射熱による影響は受けません。安心してください≫

「……何が起きたの?」

≪人体保管庫では戦闘行為が一切禁止されているため、自動防衛システムを誘発させました≫

上を見上げると、無数の砲台に取り囲まれている事が分かった。

「……私達は大丈夫なの?」

≪あくまで人体を守るためのシステムです。貴方の肉体も例外ではありません≫

「つまりここは安全地帯って事?」

≪今のところはそのようです≫

た、助かった……。

≪早速武器をビルドしましょう≫

ちょっと待って。
もう少し休みたい……。

≪メンタルの急激な低下によるパニック障害が見られます。この距離なら座ったままで問題ありません≫

そう告げるや否や、スキンスーツがまたドロドロと溶け出して裸にされた。
指先だけでつながったまま、ドロドロはドローンの残骸の方へ吸い寄せられていった。

「今度は何する気!?」

≪ですから武器のビルドです。スーツに使用しているナノマシンマテリアルを触媒として使用します。それに排泄物も排出しておかなければ不快感によるメンタルの低下も招きます≫

「はっ!?」

そう、私は漏らしていたのだ。
恥ずかしくなり、以降はLOGOS(ロゴス)の作業を黙って見守った。

≪ビルドアップ完了。イクイップウィザード展開≫

ホロウィンドウが開き、完成した武装映像を見せながらLOGOSの説明が始まった。

≪必要最低限ですがガンスレイヴァーユニットのビルドに成功しました。破損した武器を修復し、ガンソードタイプのハンドウェポンをライトサイドハンガーにアタッチメントしています。バリアシステムモジュールがなかったため、今回のアップグレードは武器の入手とFCSの向上、それらを支える重力アシストを重視しました。ただし修復とドローンに不足した機能をナノマシンで補ったためスーツが薄くなりますが、機能面では問題ありません。装備しますか?≫

「……はい、お願いします」

上下関係を思い知った私は従順になった。
今だけ。
生き残るにはLOGOSに従うしかないのだ。

立ち上がるとナノマシンが戻って来て再び身体にまとわりついた。
ナノマシンが不足した分、太腿や肩など肌の露出が増えた。
戦ってたら熱も籠るだろうし、関節周りが楽になってこれはこれでいいかもしれない。
この気の遣われ方は癪だが、スカートがついて自分の意思でパンツも下ろせるようになった。

≪学習しました≫

うるさい。

≪続けてガンスレイヴァーユニットを接続します≫

改造されたミニドローンが歩み寄ってくると、装甲が開いて後ろから腰を包み込むように抱き着いてきた。

「ひゃんっ!?」

続けて太腿にスリングベルトのようなものが巻き付かれセットアップが完了した。
右腰に銃と剣が合体したものが下げられ、お尻には尻尾のようなものが付いてる。
その尻尾はよく見ると、スキャンレーザーを照射したドローンのアームで出来ていた。

≪背部のテイルアームは姿勢制御用のスタビライザーとして、背面を守るセンサーとして、重力アシスト付きの補助アームとして働きます。貴方の筋力は著しく低いため、重い物はこのアームを使って私が運びます≫

それは便利そう。

≪次に武器の扱い方ですが、通常はマシンガンとして取り外して使います。弾丸は放っておけば自動リロードしますが、急速リロードが必要な時は腰のアタッチメントに再接続してください。近接戦闘時は自動的にブレードを展開しサポートします≫

「弾は何発あるの?」

≪貴方が健在であれば無限に生成出来ます≫

「どういう事!?」

≪すべてのエネルギーは貴方の生体エネルギーから賄われています。ガンスレイヴァーユニットだけでなくLOGOS(ロゴス)もです。貴方が思考を続ける事で肉体から供給されているのです≫

「まさか寿命削ってるの!?」

≪ある意味そうですが、それは普通の運動も同じ事です。ただ貴方が今考えているような急激な老衰を招くようなものではありません。これは本来、知的生物なら誰もが生み出し続けられる情報更新エネルギーを利用しています。貴方は覚えていませんが、人類は情報からエネルギーを取り出す術を見つけたのです≫

「ちょっと何言ってるのか分かんない」

≪ミッションには関係のない事です。深く気にする必要はありません≫

「もしかしてなんだけど、機動都市の動力源って……」

≪はい。この中で眠っている人間達の生体エネルギーです≫

ここに居る人達がみんなエネルギーだって言うの!?
周囲の壁に埋め込まれた無数のカプセル、この中には人間の抜け殻が入っている。
こんな場所がこの機動都市には何万カ所もあるのだ。

≪機動都市にとって人間の肉体は必要不可欠なのです。これが機動都市のバリアシステムの出力が桁違いな理由です≫
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み