9. 2019年3月31日(日)②

文字数 2,189文字

 それで、どういった形に作り替えたか、ということですが」

 そこで丸多は、鞄から白い紙を一枚抜き、持参したシャープペンシルで線や図形を描いた。それを終えると、再び紙を彼に差し出した。

 そして、助走でもつけるように息を吸った。「この事件の根幹に当たる部分を言います。いいですか、真ん中の部屋は内部で回転するんです。きっと、建て替えられたときには、そのような回転対称の形になったはずです【図5】」

 〈キャプテン〉は真っ赤な鼻を上に向け、長く息を吐き出した。体の芯の力が抜け切ったような表情であった。同時に北原が「まさか」と、()頓狂(とんきょう)な声を上げた。やはり丸多はここでも、北原に構わなかった。

「今はもう焼け落ちてしまったんで、正確には、内部で回転する構造を持っていた、とするのが正しいでしょうね。犯人にとっては、回転対称の形にする必要があったんです」

「丸多さん」北原はようやく眠気を克服したようだった。「左の部屋は十分広かったんじゃ」
「慌てないでください」丸多は広げた手で制止した。「順番通り説明します。まず思い出して欲しいのは、キャプテンさん、中央の部屋のドアはいずれも内側に向けて開きましたよね。キャプテンさんがシルバさんの部屋へと続くドアを破ろうとしたとき、向こう側へ押すようにはせず、内側に引っ張りました。他の二枚のドアも同様に、内側に開くことが映像に記録されていたはずです」

 丸多は言いながらさらに紙片を取り出し、新たな図を作成した。そして、それも〈キャプテン〉の手元に滑らせた。リーダーは気怠(けだる)そうにして、それに目を移した。

「回転させるための構造は、はっきり言って何だっていいんですが、例えば、そのような仕組みが考えられないでしょうか【図6】。

 回転を可能にするユニットは、今ではネット通販で手に入れることができます。耐荷重数百キログラムの物まで揃っていることを、さっき私はインターネットで確認しました。そのユニットを脚付きの台に乗せ、さらにその上に天板を乗せます。天板の下側に、取っ手のようなものがついていると良いです。そして、天板の上に、円筒形の部屋、四枚の扉を備えたあの中央の部屋ですね、あれを乗せるとひとまず完成です。当然、内部は天井に天窓がついていたあの四角い部屋でなければなりません。
 感覚的に掴めますよね。この機構の下に潜り込んで、取っ手を動かせば、部屋を自在に回転させることができます。もちろん人の力で回転させることができるように、部屋の重量やユニットの摩擦など調節する必要があります。ですが、事件以前にそういった調節をする時間を、犯人は十分とれたでしょう。
 家屋付近の林で、肝心の回転ユニットを発見することはできませんでした。私の探し方が悪く、もしかしたら今頃警察が発見しているかもしれません。ただ、代わりと言えるかわかりませんが、こんなものを見つけました」

 丸多はスマートフォンを、〈キャプテン〉に見えるようにかざした。〈キャプテン〉は興味なさそうに一瞥して、顔をそむけた。
「わかりますか、金属球です。パチンコ玉よりもやや大きい球でした。林の中を懐中電灯で照らしたとき、光を反射する物体がいくつか確認されたんです。それらが今お見せした金属球でした。私はこう考えているんですが、これらは回転ユニットの部品の一部だったのではないでしょうか。回転ユニットにボールベアリングの構造が含まれていたのだとすれば、部品として金属球が使用されるのは当然です。
 回転ユニットの他の部分は、犯人がとっくに持ち去ったのかもしれません。これから説明するように、中央の部屋が内部で回転することは、いわばあの事件の核心部分です。犯人にとっては、それをどうしても隠す必要があったでしょうからね」

 丸多は紙【図6】を取り上げ、その裏に別の図を描き加えた【図7】。それもリーダーの元に置いた。

「簡易的な絵で申し訳ないですが見て下さい。出来上がった『回転する部屋』の両側に、それぞれそのように同型の部屋を置きます【図7①】。それぞれの部屋に扉は必要ありません。入り口の部分を切り抜いておけば、後は窓を一枚(しつら)えるだけで十分です。このとき、中央の部屋だけ一段高い位置にあるのをカムフラージュするため、両端の部屋の各頂点に基礎ブロックを置いておきます。次に中央の部屋を囲うように壁を設置します【図7②】。これら前方後方それぞれの壁も、両側の部屋にしたように入り口の分だけ切り抜きます。続いて、廊下、洗面所、トイレとしての空間を作るため外壁、内部の扉、窓をそのように(もう)けます【図7③】。回転対称の形状を保持するため、図のような配置とすることは言うまでもありません。もちろん、新たにできた直方体の下部の頂点にもそれぞれ基礎ブロックを置きます。最後に、あなたがたの動画の冒頭で見られた、あの天窓付きの三角屋根を取り付けます。【図7④】。これによって、中央の部屋は『内部で回転』し、かつ『自然に日光も取り入れることができる』わけです。出来上がった家屋を継ぎ目のない一つの建物に見せるため、外壁に一つながりの横長の板を、窓や入り口に重ならないよう、上から下まで張っていくと完璧です」

 〈キャプテン〉は肘をついた姿勢で、丸多の図を遠目に眺めた。表情もそれまでと変わらず、詳しい感情を読み取らせようとはしなかった。
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