10. 2019年3月31日(日)③

文字数 3,421文字

 小屋が潰された後、「無事に」建て替えが完了したらしかった。2018年3月頃に「ついに建物完成」、「お前ら行動力あるわ。見直した」、「頑張ったから送金よろ」などのコメントが届いていた。仕事の「証拠」である画像も、仮想通貨アドレスと共に続々と集まっていた。

 内部の小綺麗な内装、中央の部屋の回転機構、整えられた前後の庭等の画像の中に、明らかに見た記憶のある写真が含まれていた。

 俺がプリントアウトした画像はこれだったんだ。
 丸多は家屋を正面から映した画像を憮然(ぶぜん)として見つめた。

「丸多さんが」〈ナンバー4〉が言った。「最初にうちに持ってきたのと同じ画像ですよね。俺らが撮った写真ではなかったんです。もちろん、シルバさんが撮ったのでも」
 丸多は、もうわかった、と言わんばかりに、無言で何度も頷いた。

 他では「小屋を迂回する脇道も、林削って作っておいた」、「扉の鍵は全部持ち帰って隠しておいた」、「注文通り、中央の部屋の扉の一つには鍵かけておいた」などと、細かな点が自慢げに報告されていた。もちろん、彼らはコメントの下に忘れずにアドレスを貼り付け、しきりに端金(はしたがね)をせがんでいた。

「これは何ですか」丸多はスクロールを止め、コメントの一つを指で示した。それだけ特に括弧でくくられていて、彼の目に奇異に映った。
「モンブランによると思われる書き込みです」〈ナンバー4〉が答えた。「さっき読んだとき、こっちで括弧をつけておいたんです。わかりやすいように」
 小屋が完成したのと同じ頃、画像付きでこのような文言が届いていた。

「(GNの後ろ姿なう)」

 画像には、豊かな金髪の後頭部と、小麦色のなめらかなうなじが映っている。室内でPCに向かい作業に没頭する〈シルバ〉の後ろ姿であった。

「やるなお前」
「ついに獲物を捕える奴が現れた」
「そんなに近づいてばれない?」
「(平気。全然気付いてない。それにあいつ、ダークウェブ自体あんまわかってないし)」
「もしかして、お前、GNに近い奴?動画クリエイター?」
「(さあ、どうだろうね)」

「この頃、モンブランがうちに入ったことは知ってますよね」〈ナンバー4〉が言い出した。「僕も同時期に入ったんですけど、そのときあいつの思惑なんて知りもしませんでした。キャプテンたちと同じように、ただシルバさんを(した)って東京スプレッドに加入したものだとばかり思っていました」

「モンブランさんがこの写真を撮って、ここに上げたことは確かなんですか」丸多が訊いた。すると〈ナンバー4〉は「最後まで読めばわかります」と言って、画面を軽く顎でしゃくった。続きがあるようで、丸多は疑問をひとまずしまい、文字の海に意識を戻した。

「お前がやってくれんの?」
「(ああ、やるよ)」
「よし、任せた。俺たちの夢はお前の双肩(そうけん)にかかっている」
「まじ頼もしいわ。今月のバイト代、全部お前にやるわ」

 括弧で区切られたコメントにも、もはや見慣れたアドレスが付加されている。
「モンブランさんはここで大金を得たんでしょうか」丸多が〈ナンバー4〉に尋ねた。
「だと思います。いくらかは永久にわかりませんけど」

 やがて、回転対称の位置に設けられた一組の汲み取り式トイレ、また形だけの洗面所の写真も届いた。全ての設備が揃ったことで、その場に多くの「お祝い」の言葉が寄せられていた。その時点で、スレッド立ち上げからおよそ八ヶ月経過していた。

 そこから、胡乱の者たちの殺意はさらに増長した。悪意を寄せ集めて出来たその一つの「意思」は、暗い穴の底でじっと機会を待つ一匹の魔物であった。

「具体的にどうやってスターになってもらう?」
「GNに『回転対称の家の真ん中を回転させたら、居る奴らは気付くのか』っていう企画だって言って、おびき出せばいいんじゃない?」
「そう、それで他の同行者に『心霊スポット探索』だとでもGNに言わせれば完璧」
「部屋の窓から見える小道に『立ち入り禁止』って書いた立て札が見えるようにしてさ、その先が心霊スポットだ、って同行者に言えばいい。部屋を回転させた後に、立て札も元来た道の入り口に付け替える」
「それいいね」……

「小屋も含めて、全部GNが作ったアイデアってことにすれば、あいつ喜ぶんじゃない?『GNさんが今回の企画の準備を全てした、ってことでいいですよ』って言うの。あいつ単純そうだから、それで乗ってくるだろ」
「GNに『こんな建物、どうやって準備したの』って聞かれたら、どうする?」
「知人に作ってもらった、とでもホラ吹けばいいだろ。そんなのどうとでもなるよ。実際、顔も名前も知らないっていう点を除けば、俺たちは実行役の『知人』なわけだしwww」……

「よし、事件当日の流れも決めるぞ」
「真ん中の部屋の隣にダンボール何箱か入れて、狭く見せる必要あるんだよな。回転対称だってバレないように」
「実行役、それ頼んだ」
「(任せろ、他のメンバーに運ばせる)」
「絶対、最初脇道から入れよ。間違っても、最初正規の入り口から入るなよ」
「(そこまでバカじゃない)」
「同行者がむやみに窓開けないようにしないと」
「念のため、実行役が窓開けようとする演技すれば?そしてGNに『窓を開けない』よう指示させるといい」……

「カメラを、GNが入る部屋の扉が映るように固定して」
「GNにさせればいい」
「そして、同行者を一旦下山させる」
「それもGNに指示させよう。『買い出し行ってこい』って言えば、あいつの後輩なら従うだろ」
「真ん中の部屋に誰か残ってしまったら?」
「むしろ一人くらい鈍い奴残した方が良くない?成功すればますます謎が深まるし」
「真ん中の部屋から人を追い出した後、GNに窓から出てもらって」
「実行役が何食わぬ顔でもう一方の部屋に入り、そこで出会ったあいつに」
「スターになってもらう」
「決まりだ」
「窓の鍵閉めるの忘れずに」
「当たり前だけど、実行役が最後に建物を出るんだよな」
「後は元の回転対称の状態になるよう、部屋を回転させる。そして、同行者の持ち物や立て札も動かす」
「回転させるときどうしても不自然になるから、日没まで待って、外も暗くなってから回転させた方がいい」
「そして、戻って来るときは、絶対正規の入り口からな」
「戻って来るとき、あまり地面を照らすなよ。正規の入り口には轍がついてるから。まあ、夜ならそこまで気にしなくてもいいか」……

「後始末は?」
「洗面所、トイレそれぞれの片方は破壊しないと」
「それやる奴らは現場周辺の林で待機な」
「回転させる装置も取り除きたい」
「スターになったGNが発見された時点で、家を燃やすってのは」
「中にいる奴ら全員外に出せるから、いいかも」
「建物の東側が斜面になってるじゃん。そこに登って、火かなんかで合図を出すのは?」
「そのときに一斉に俺たちが出て行って、建物から要らない部品を取り去る」
「そのとき、まだ現場に残ってる奴がいれば、実行役が遠くに連れ出す」
「実行役とGNの携帯は家に置いておくべき。そうすれば自動的に燃えて証拠隠滅できる」
「よし、それでいこう」
「待って、家全部燃やすの?」
「全部燃やしたら、建物に仕掛けがあったってばれるかも」
「そもそも火の勢いが強いと、俺たちが中に入れない」
「GNが転がってる部屋付近にちょっと火をつけるだけでいいんじゃない」
「火ついたとき、真ん中の部屋、トイレ、洗面所に入れればいい」
「じゃあ、火を申し訳程度につけた後、要らない部分を手際よくハンマーで取り崩して、だな」
「現場に行こうとしてる奴ら、絶対車で行くなよ。ナンバーで足がつくから」
「運命の日だからな、少し遠くても徒歩で行くしかないよな」
「そのくらいは我慢だな」……

 少しの慈悲もない言葉の連続に丸多はめまいを起こしかけた。少し息をついてから言った。
「斜面で青い火を放ったのはキャプテンさんたちではなかった」
「そうです。あのとき三人とも、ただ通報のために下山したんです」

 〈ナンバー4〉は、顔色を伺うように〈キャプテン〉の顔を見上げた。彼は口を閉じたまま、小刻みに何度か頷いた。
 マウスから手を離すと、〈ナンバー4〉が注意するように言った。

「これで終わりじゃないです。これだと、モンブランが実行役だったように読み取れます。だけど、実際はそうじゃないんです」

 〈ナンバー4〉がマウスを取り、ある箇所まで画面をスクロールさせた。そこで飛び込んできた言葉は、丸多の意識を再び画面に向かわせた。
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