7. 2019年3月24日(日)③

文字数 4,014文字

 話が一段落した後、彼らの態度に丸多は驚かされた。
「この前は、大変失礼しました」五人はその場で小さく頭を下げた。
「いえ、どうしたんですか、皆さん」丸多はわざと目を丸くした。

 〈キャプテン〉はこのとき、ふざける態度をほとんど捨てていた。「さっきも触れましたけど、前回俺たちは、丸多さんがネットニュースのネタか何かのために、探りを入れに来たんだと勘違いしてました。なのでああいった、お客さんをお客さんとも思わない態度を取ってしまいました。
 あのとき撮った動画はまだ公開していません。〈モジャ〉の思いつきで撮った動画で、倫理的にも問題がありますし」

 丸多は心の中で、お前らの他の動画にだって大なり小なり問題があるだろう、と思った。ただし、当然それは言葉にせず、〈キャプテン〉の話を聞き続けた。

「ナンバー4から話は聞きました。聞いたというか、三日前ですね、ナンバー4の帰りが遅くて、みんなで尋問したんです。そいつが一人で夜出歩くなんてそうそうないことだったんで、怪しいと思ったんです。それで、編集用のPCまで持ってたんで、何となく予想がついて、『お前、事件の動画誰かに見せただろ』って言いました。そしたら、そいつあっさりと、丸多さんたちと会ってたことを認めました」

 〈ナンバー4〉に視線を移すと再び小さな声で「すいません」と言った。
「こいつ、口軽過ぎっすよね」〈モンブラン〉が〈ナンバー4〉の後頭部を小突いた。

「私もすいませんでした」丸多も(おごそ)かに言い出した。「皆さんが秘密にしているものを、無理言って見せてもらって」
「いえ、もういいんです」〈キャプテン〉が胸の前で手を振った。「あの動画が世間に出なければ、とりあえず問題ありません。あれには、シルバさんの死体が少し映ってますから。さっきも言いましたけど、真剣に事件について考えてくれる人であれば、むしろ見せた方がいいんじゃないか、と全員で結論を出しました。正直言って、我々はあの事件に対して怒り、悲しみ、困惑、全てを抱いてます。シルバさんを殺した奴を、この手で引き裂いてやりたいくらいです」

 〈キャプテン〉の口調はこれまでにないほど熱を帯びていた。普段から道化の印象しか与えない者の急な感情の変化を目にして、丸多は(ひる)みかけた。

「丸多さんはわかったの?」
 丸多は一瞬、声の出所を見失い、室内に視線を巡らせた。声を発したのは〈モジャ〉だった。〈モジャ〉は食べ終わったラーメンの空き容器を脇に置いて、丸多の顔を見上げていた。眠たげな目がその時だけ奇跡的に開いているような表情で、いつものごとくその感情を読み取らせようとはしなかった。

「え」丸多は見習い店員のように訊き返した。〈モジャ〉はもう一度訊いた。
「丸多さんは犯人わかった?」
「いえ、見当もつきません」
「丸多さんが動画観ても、やっぱり無理でしたか?」今度は〈モンブラン〉が訊いた。
「そうですね、一回観ただけじゃまだ無理ですね」
 丸多がそう言うと〈ナンバー4〉が立ち上がった。「何なら、もう一回観ますか」

 そして、〈キャプテン〉の方も向いて「丸多さんなら観せてもいいですよね」と言った。〈キャプテン〉は腕を組んで「いいよ」と短く答えた。そうして、卓上に三日前と同じノートPCが置かれた。

 丸多はもう一度事件の動画を観たいとは思わなかった。糸口を掴めない以上、また「不可能犯罪」を見せつけられるだけである。
「キャプテンさん」丸多の頭にはまず、昨日の昼、車内でした北原との会話が浮かんだ。「キャプテンさんが最初にシルバさんの遺体を発見しましたね」
「はい」〈キャプテン〉は不意に気抜けしたような顔をした。

 丸多は言いながら、次に言うべき言葉を選んだ。
 窓枠を取り外すことはできましたか?
 違う。これよりましな話題はいくらでもあったはず。堅苦しい尋問も、出来れば避けたい。
 そうだ。

「ダンボール箱が積んでありましたよね。シルバさんの部屋に」
「ああ、はい。何個かありました」

 丸多らの会話を聞くうち、四人のメンバーが餌を探知した鯉のようにPCへと群がった。該当する場面が流れ始めたらしく、〈ニック〉の「あのときを思い出すなあ」という間延びした声が聞こえた。

「キャプテンさんは」と丸多。「死体発見時、他のメンバー四人を締め出して、中を念入りに調べましたね」
「はい」
「何か変わったこと、というか、何でしょうね。ダンボールの中に何かおかしなものが入っていた、なんてことはなかったでしょうか」

「あのとき」再び〈キャプテン〉の顔が引き締まった。「瞬時に、ただならぬ事態の予感がしました。テレビドラマでしか、ああいう場面って見たことなかったんですけど、それでも自分なりに、現場を下手に荒らしてはいけないと思って。それで他のメンバーは中に入れずに、怪しいところだけを手早く確認しました」
「ダンボールの中も?」
「ダンボールもそうですし、窓の鍵も調べました。ダンボールには布団などの日用品が入ってたんですけど」
「ええ、知ってます」
「シルバさんの部屋に突入したときも、中身は変わらずそのままでした」
「下の方のダンボールも?」
「下の方も同じです。あれらのダンボールはそれほど大きくなくて、他に余分なものが入る余地なんてなかったです」
「窓の鍵は内側からかかってたんですよね」
「かかってました。開くか試してもみましたけど、びくともしませんでした」
「確か、キャプテンさんは突入する直前にも外側から窓を確認しましたね」
「よく覚えてますね。そうです。外からも押したり引いたりしてみましたが、全く動きませんでした」

 三日前に見せてもらった映像と、今の〈キャプテン〉の話に相違は一つもない。シルバが、誰も侵入しようのない部屋で殺されたことを改めて確認しただけであった。

「どう考えても密室ですね」
 丸多は独り言のように漏らした。それに呼応したのか、北原が声を発した。
「シルバの部屋の鍵って誰か持ってなかったの?」

 丸多はそれに反応し〈キャプテン〉を見た。〈東京スプレッド〉の面々は、それぞれ目についた顔に視線を投げていた。
「キャプテン、あのドアの鍵ってあったの?」〈モジャ〉が訊いた。
「いや、知らない」
 残りの三人も同じように否定した。
「そもそも」〈キャプテン〉が言った。「言われないと、ああいうドアの鍵のことなんて考えなくない?どこかにはあったんだろうけど」
「言いたいことはわかる」〈モジャ〉が後を続けようとしたが、〈キャプテン〉が話し出すのが一瞬早かった。
「あの家の中にあった扉って全部、なんか喫茶店のトイレにあるようなドアだったじゃん。内側からは手で閉めるけど、外から鍵の開閉する必要はそんなにない、みたいな。だから、ああいうドアの鍵を誰が持ってるかなんて、普通誰も考えないよね」

「シルバさんは持ってなかったんですか」〈モンブラン〉が訊いた。〈キャプテン〉が答える。
「知らない。あのとき、部屋の扉の鍵についてなんか、全く考えてなかった」

 丸多も彼らの会話を聞いて、考えを巡らせた。
「丸多さんは、鍵がどこにあったと思いますか?」〈キャプテン〉が訊いてきた。
「ごめんなさい、わからないです」

 話が進む中、動画は死体搬出の場面を通り越し、燃える家屋を映していた。
「ここです」〈ナンバー4〉が画面を示した。「くどいかもしれないですけど、何かが光ってたんです。俺とモンブランが残ってるとき」

 四人のメンバーは既にそれを目にしているようで、それほど熱心に画面に飛びつかなかった。
「その青い火は」丸多が首を伸ばして訊いた。「そのときにしか見えなかったんですか」

 新参者が下手に話を切り出すと、その集団の調和を一時的に乱してしまう。〈東京スプレッド〉はわずかの間、答えを失い、硬直した。丸多にとっては嫌な沈黙だった。やがて、〈キャプテン〉が澄ました顔で言った。「どうだった?」

「俺が買い出しから帰ったときには見えなかった」〈モジャ〉が言い、その後〈ニック〉と〈モンブラン〉も「見えなかった」と続けた。
「他にも、変なこといっぱいありましたよね」〈ナンバー4〉が割り込んだ。「俺の指輪もなくなったし」

「なくなったといえば」〈キャプテン〉は背中を椅子から離した。「俺の腕時計もどっかいったんだよ。あの百万円したやつ」
「大損でしょ」〈ニック〉が他人事のように呟いた。そして〈モンブラン〉が「燃えちゃったんでしたっけ」と訊いた。
「多分、そう。ここに置いて行けば良かったな、失敗した」

 メンバーの会話が軽くなり始めたとき、動画は終わった。丸多の考えは全くまとまらなかった。事件に関わる個々の事柄は、先の美礼の話のように、一本の筋道だった線をなさなかった。それらは湿地に湧く羽虫のごとく、丸多の不快を無視していつまでも飛び回った。

 「最初から鍵のかかっていた扉」のこともある。それを連中に聞いたところで、「簡単ですよ、あの扉はですね……」と、明快な答えが返ってくるとも思えない。

「モジャ、お前、火、ちゃんと消した?」〈キャプテン〉が訊いた。
「いつ?」
「お前がニックと一緒に煙草吸ってたとき」
「消したよ、ちゃんと」
「じゃあ、何であの家がいきなり燃えたんだろう」
「さあ」
「すぐ燃え広がりましたよね」二人の間に〈ナンバー4〉が口を出した。「三人が戻って来たら、もうほとんど消えてましたけど」

「結局雨降ったっけ?」〈モンブラン〉が〈ナンバー4〉に訊いた。
「いや、わかんない。でも雲行きは怪しそうだったから、ちょっと降ったのかも。山の中だし」

「焼け跡から出て来なかったの?あの腕時計」〈ニック〉も〈キャプテン〉に訊いた。
「出て来なかった。少なくとも、警察から『腕時計ありましたよ』とは言われてない」

 五人の雑談を聞けば聞くほど、丸多の疲労は増幅した。暴行こそ受けていないが、窓に頭から飛び込み、室外へと逃げたい気分だった。
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