第12話「言葉の重み」

文字数 1,952文字

「言葉の重み」


「よし、今日はここまでだ」
 先生が両手を叩いて言うと、皆は一斉に動きを止めた。
 短い時間とはいえ、サンドバッグやミットを殴ったり蹴ったりとたっぷり運動したので、おれは疲労感からその場に座り込んだ。
「ふぅ~、疲れたぁ」
「にーく、にーく!」
 隣にいる風翔は我慢しきれない様子でそう口にしていた。
「元気だねぇ、風翔は」
「何だよ、健心は楽しみじゃないのか?」
「そりゃ楽しみではあるけど」
 ここは兵庫県三田市内にある『ナックルキックボクシングジム』だ。毎週日曜日に子供教室が開かれていて、おれや風翔、他にも多くの子供が通っている。
 今日は毎月恒例の親睦会の日だった。月に一度は練習を終えた後にバーベキューのような食事会をして、そのままゲームをしたりして過ごすのだ。親もその手伝いに来ていたりする。
 バーベキューが始まって少しした頃、母さんに注意される。
「健心、お肉だけじゃなくて野菜もちゃんと食べるのよ」
「食べてる食べてる」
 おれはそう言いながらも苦手な野菜は避けていたが、母さんは納得したように別の親と話しに戻っていった。
 すると、先生がスーッと寄ってきて、おれにだけ聞こえるような声で言う。
「健心くん、適当に言ってないかい? 先生には野菜を避けてるように見えたけど」
「うっ……いやまあ、それで納得してくれるんだから別に良くないかなぁ?」
「駄目だよ、自分の言葉には責任を持たないと。無責任な発言はね、周りの人に迷惑を掛けるだけじゃなく、自分自身の誇りも傷つけてしまうんだから」
 先生は優しい声だったけど、注意されていることが分かった。
 けれど、言っていることは難しく、良く分からないので聞いてみる。
「それって、どういうこと?」
「例えば、健心くんは言ってることとやってることが違う人を信用できるかい?」
「できない、かな。だって、何かを頼んでも口だけでやってくれなそうだし」
「そう。だから逆に、自分で言ったことを普段からちゃんと守ってる人は周りの人からも信頼してもらえるんだ。もし何か頼まれたことを断っても、今は本当に出来ないんだな、って思ってもらえたりね」
「なるほどぉ」
 そう言われてみれば、確かに良くないなと思えた。
 その場限りの適当なことばかり言っていると、信用を失っていくんだ。
「それに、そういうことを繰り返していると、自分に自信がなくなっていってしまうよ。言ったことを守って、小さな目標を達成していくことで、人は成長していくものだからね。周りの人も自分も大切にするために、自分が言ったことはきちんと守ろう」
 自分自身のことも信じられなくなってしまう、ということだろう。
 そんな風になりたいとはとても思えなかった。
「……分かった、今度から気を付ける」
 おれが頷くと、先生はニコッと笑みを浮かべた。
「食べ物の好き嫌いはなるべくないようにしないとね。何でも食べれた方が人生楽しいよ」
「そりゃそうだと思うけど、美味しくないものは美味しくないしぃ」
 大人はいつだって野菜は美味しいものだとかいずれ美味しくなるとか言って押し付けてくるけど、おれにはとてもそうは思えない。
 でも先生は、そんなこちらの気持ちを否定しないでいてくれた。
「その気持ちも良く分かるよ。だから別に今すぐ無理に食べれるようになる必要はないって先生は思うな。例えば、今年はこれを食べれるようになる、って決めるのはどうだい? 一つずつ、ゆっくり食べれるようになっていけば良いのさ」
「まあ、それくらいなら何とか」
「よーし、なら今年はどの野菜の克服を目標にしようか」
「じゃあ……今年はピーマンを食べれるようになる」
「うん、先生は健心くんがそう言ったことをちゃんと覚えているからね。君自身もそうだ。自分からの信頼を得られるように頑張ろう。まあ、元気がある時に挑戦していけば良いからさ。体調が悪いのに無理する必要はないからね」
 先生は最後までおれに寄り添って言ってくれていたので、嘘はつきたくないなと思えた。


 それから何日かして、家の夕飯にピーマンの肉詰めが出てきた。
 正直、中の肉だけを食べた方が美味しいと思う。おれはピーマンはいつもお茶で無理やり流し込むようにしていた。
 だけど先生と約束したし、おれ自身の為にも、ちゃんと食べることにする。今日は苦手な物と戦う元気もあった。
「んっ……」
 やっぱり苦くて美味しくない。思わず涙が浮かぶ。でも、耐えられないことはなかった。
「健心がピーマンちゃんと食べてるの珍しい」
「ほんとね」
 中学生の姉ちゃんや母さんは感心したように言った。
「今年はピーマンを食べれるようになるんだ」
 おれは先生の前だけじゃなく、家族の前でそう宣言した。
 この言葉をちゃんと守るんだ。自分の言葉に責任を持って、成長していく為に。
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