おふくの依頼ー終結ー

文字数 4,856文字

家に帰ると伝之助が夕食を食べていた。

「先に食べてたんですね」
「おう。お前の分もあっど」

珍しく気が利く。
と言っても味噌の鍋に具材が放り込まれているだけだ。

自分の分の飯を用意し、手を合わせて食べる。

意外にうまい。
ただ鍋に味噌を入れて具材をぶち込んだだけではなさそうだ。

「荒巻にまたないか依頼貰ったとか」
「ええ。今度は男女の色恋沙汰でして」

前回同様、依頼内容は簡単に話し、羽田達の事は詳しく話した。

「そう言う事なんですけど、理精流の道場に行くんがちょっと怖なりましてね」
「やっぱり羽田だけとちごたか。まあ巻き込まれんよう用心すっとじゃ」

あれ……やはり引き留めないのか。
もう見捨てられているのだろうか。

「伝之助さん、もう俺がどないなっても良いと思われてます?」

「うんにゃ。お前の身にないかあればおいはすっ飛んで助けにいっど」

絶対嘘だ。

その証拠に目は合わせないし、一切感情を込めないかのような棒読みだし、何より口が曲がっているように見える。

「それ信じますからね」

嘘から出たまことにさせるしかない。

「薩摩には、負けるな、嘘をつくな、弱い者いじめをするなち言う教えがある」

全く信用ならない。
しかしここはうまく立ち回らなければいけない。

「それ聞いて安心しました。伝之助さんは真の薩摩(さつま)隼人(はやと)ですもんね」

薩摩隼人とは薩摩の勇猛果敢な男と言う意味だ。

伝之助は薩摩で人斬りをさせられている頃、薩摩隼人を捩り、薩摩隼鬼(さつましゅんき)と呼ばれ、恐れられていた。
薩摩の勇猛果敢な男でも人ではなく鬼だと言われていたのだ。

さすがに薩摩隼鬼とは言わない。

当然だが、伝之助は人斬りをさせられていた事をよく思っていない。
だから薩摩隼鬼と言うと持ち上げているつもりでも持ち上がらない。

真の薩摩隼人と言う言葉こそ、薩摩人をいい気にさせる。
ここは持ち上げるだけ持ち上げる所だ。

「優之助にないかあったち知った時、おいがどこいかにおるか知らんが、そっから行く」

「その知る時が遅かったり伝之助さんが遠くにおったらどうなるんです?」
「そげなもん、どげんもならん。お前がやられるだけじゃ」

さも可笑しそうに笑う。

ちくしょう……結局はそう言う事や。

何も知らなければ飛んで行きようがないし、飛んで行っても間に合わなければ助けようがない。
意図的に知ろうとしない事も可能だろう。

伝之助との不毛な会話のせいで明日の仕事が益々憂鬱になった。
 

次の日の昼、理精流の道場へ重たい足取りで向かう。

伝之助は朝の内から家を出たがどうでもいい。
どうせ自分には関係がない事だ。


京の町中に入る。

いつも通り、京の町は活気付いている。
活気付いていないのはこの中で優之助だけである。

おさきを介して受ける依頼の時は、面倒だと思う事はあっても、こう足取りが重くなるような事は無かった。

自然と小さくなる歩幅で歩いていても先には進む。


やがて理精流の道場へと到着する。

道場へ着くと羽田達は準備万端であった。
昼飯は食ったのだろうか。

「すみません、お待たせしました。昼飯は食べましたか」
「しっかりと食べたのでお気になさらず。さあ、行きましょうか」

羽田は童顔を綻ばせ、いつもの人懐っこい笑顔で言う。
本当になぜこのような若者が変貌するのだろう。

「荒巻さんはいらっしゃらないんですか」
「ええ。朝の稽古が終わったら出掛けました」
「そうですか……」

荒巻にもう一度釘を刺しておいてほしかった。


四人は昨日と同じく三郎が住む町家へ行く。

昨日の今日でまたおそよと会うのだろうかと思っていたが、どうやら頻繁に会っているようで、張っていると間もなく三郎は河川敷へと向かった。

今度はおそよが先に来ており、昨日同様笑顔で迎え入れる。

手を取り合うことも無く河川敷に座ると、ただただ楽しそうに会話をするのみだ。

優之助達は二手に別れて張る事にする。

優之助と羽田が三郎の家の方面側、村井と松本はおそよの来た方面側と、羽田の指示で二手に別れて張る。

「話す以上の何かは無さそうですね」

離れた場所で二方向から監視している。
優之助は今日も羽田と組んでいる。

「ああやってこそこそ会って楽しそうに話しているだけで十分罪ですよ」

羽田は容赦ない。
昨日と打って変わって様子を見るだけで終わらせない空気感がある。

暫く様子を見ていたが二人は楽しそうに話しているだけで進展がない。

時だけが過ぎて行く。

すると案の定羽田が「行きましょうか」と三郎達の方へ駆け出した。

優之助は止めようと声を掛けたが羽田が構わず行ってしまったので仕方なく後を追った。

反対方面から村井と松本も駆け寄ってくる。

三郎とおそよは突然男四人が駆け寄って来た事に驚き恐怖する。

無理もない。
その内三人は腰に刀を差しているのだ。

「な、なんですかあなた達は」

三郎が震える声ながらも気丈に言う。

「なんですかじゃないですよ。三郎さん、あんたおふくさんとの縁談はどうした」

羽田が詰め寄ると三郎は俯いた。

「俺達はおふくさんからの依頼で縁談を先延ばしにする理由を調べた。こう言う事だったとはな」
村井も詰め寄る。

「ち、違う!」

「何が違うんや。主人を裏切りその女と駆け落ちでも企んでると違うんか」
松本も容赦ない。

「そんなつもりありません!俺は旦那様の引き合わせて下さった縁談、有難くお受けするつもりです。ただその前にもう一度おそよちゃんと色んな思い出を話したいと思っただけです」

三郎が言うと、驚きで固まっていたおそよも口を開いた。

「わ、悪いのは私です。三郎さんから縁談を貰ったと聞いて夫婦になればこうして会えなくなるのでもう少しだけお話だけしたいと言うたんです」

二人は想い合っていたのだろう。
しかし想い合っていても夫婦になれるとは限らない。

武家なら尚更だが、三郎のように奉公人だと主人が決めたりする事もあるし、二人は町民と農民で立場も違う。

婚姻は本人の意志ではなく家の為にするものだ。
だが三郎とおそよは、その覚悟が固まる前に思い出を語らっていたのだろう。

正式に縁談は決まっていないしここは大目に見るなりおふくに報告して任せればいいのではないだろうか。

「じゃあ二人とも同罪だな。どう落とし前をつけるつもりだ」

優之助の思いとは裏腹に羽田が厳しく追及する。

「落とし前て、そんな……」

「まあまあ羽田さんも皆さんも落ち着きましょう。まだ正式に縁談が決まる前ですし、通じてたわけやなくて思い出話をしていただけでしょ。ここはおふくさんに一度話して――」
「相変わらず甘いですね。またそんな事を言って有耶無耶に事を済ませる気ですか」

羽田に遮られる。
村井と松本もにじり寄る。

「優之助さんの口達者ぶりは聞いています。今回もそうやって逃げるつもりですか」
「罪を犯した者は罰を与えんといけません」

「罪てそんな……二人は罪を犯したんですか。それに罰するてそんな権限ないですよ」

優之助は三対一で不利だが何とか言い返す。
三郎とおそよは不安な様子で見ている。

「権限とかそう言うの、関係ないですよ。これは世直しです。正しき者が不正を正す、これが我々の正義です」

羽田はそう言うと、いつでも抜けるよう刀の柄に手を添える。

「な、何をするつもりですか」

優之助は慌てて声が引っ繰り返る。

「さあ何をしましょうか。二度と女と密会出来ないよう下の玉でも斬りますか」

羽田が悦に浸った笑みを浮かべて言う。
結局豹変してしまった。

「そんな事許されませんよ!」

おそよが叫ぶように言う。

「女は引っ込んでろ」
松本が睨みつける。

「俺はちゃんと旦那様にも言いました。こう言う理由で縁談を先延ばしにして下さいって。旦那様は了承してくれました。だから俺もこうしておそよちゃんと話をしていたんです」

「おふくさんはどうなる。おふくさんは心配してこうして依頼してきた。お前は自分の事ばかりでおふくさんの事を蔑ろにした」
村井が畳みかける。

三人とも柄に手をかけている。

ちらほらと道行く人が立ち止まり見ている。
もう口だけではうまく収められそうもない。

優之助は言葉が見つからず恐怖した。

「おう、おはんらないしちょっとか」

緊張感の欠片もない気の抜けた声がする。

声の方を見ると土手の上に伝之助がいた。

「ああ、大山さんですか。我々の依頼の件なのでお構いなく」

羽田が冷たく言い放つ。
村井も松本も冷たい視線を伝之助に投げかける。

「柄に手をかけて物騒じゃのう」

言うなり伝之助は無造作に近付いてくる。

「来るな!」
村井が叫ぶ。

「おはんら、柄に手をかけるち言うんはどげんこつかわかっちょっとか」

伝之助は薄ら笑いを浮かべながら構わず寄ってくる。
歩を進めて優之助の隣に来た。

羽田達は咄嗟に後ずさる。

三郎達は混乱しながらも、緊張した面持ちで見ている。

「柄に手をかけるち言うこつは刀を抜く言うこつじゃ。刀を抜く言うこつは斬る言うこつじゃ。もちろん斬られるこつもあるし、斬った後は奉行所にしょっ引かれるこつもある。おはんらはそん覚悟があって柄に手をかけよっとか」

伝之助が言うと三人は逡巡し、ゆっくりと柄から手を離した。

「荒巻はそげんこつも教えてくれんとか」

伝之助が言うと羽田が逸早く反応する。

「いくら大山さんでも荒巻先生の事を悪く言う事は許しませんよ」

羽田は柄にこそ手をかけていないが、斬り掛かってくるのではないかと思う程の気魄だ。

「ないじゃ。許さんち言うからには刀を抜かんとか」

伝之助は不敵な笑みを浮かべる。

羽田も他の二人も悔しげな表情を浮かべるだけだ。

「羽田どん。おはんあん竹の棒でおいに打ち勝ったち思っちょっとじゃろ。そいなら自信もって真剣も抜かんとか」

竹の棒とは竹刀の事だろう。
明らかに挑発しているが、羽田は抜かなかった。

抜くと斬り合いに発展し、命のやり取りとなる事が容易に想像できる。

それに相手は大山伝之助。
天地流の遣い手でいくら道場での竹刀稽古でやったとは言え、実戦となるとどうなるかわからない。

いや、実戦慣れしている伝之助相手だと後れを取るかも知れない。
羽田も真剣での斬り合いをした事があるとは言っていたが、小競り合いの範囲だ。

「荒巻を悪く言うちょるよう聞こえんならそいはおはんらが荒巻の格を落としちょう」

伝之助の言葉は尤もであった。
しかし村井が引かずに食い下がる。

「聞き捨てならんぞ。俺達が荒巻先生を悪くしてると言うのか」
「じゃっでそげん言うちょる」

村井も剣を抜く素振りが無く、松本は睨み据えるだけで元より言い返す素振りも無い。

「よかか。おはんらは理精流の看板を背負ちょる。おはんらの行動一つ一つが理精流の評判を左右し、荒巻ん評価に繋がる。特に羽田どんは理精流の師範代じゃ。柄に手をかけて脅すんが理精流か。柄に手をかけたならすぐ抜いて斬れ。そいをやらんなら柄に手をかけるな。腰のもんは脅しの道具でも威張り散らす飾りでもなか。中途半端な覚悟で刀を抜こうちすな。お前らがそげんするなら理精流はそげん剣術で、荒巻はそげんこつを教えちょるち思われる。ちごうか」

伝之助の言葉に村井も反論の言葉が出なくなる。

「正義に燃えるんはよか。じゃっどんお前らは正義を振りかざし、他人を貶めるこつに執着しちょる」
「貶める?その言い草は何様ですか」

羽田が歯噛みして悔しそうに言うが、伝之助が即座に言い返す。

「お前らこそ何様じゃ。ないの権限があってこげんこつする。依頼の枠を超えたこつをすな」

誰も反論できない。
伝之助が来てくれて助かったが、本当に斬り合いにならないか心配だ。

と、そこへ「何してるんやお前ら」と吉沢が駆け寄ってくる。

「いや、何もありませんよ。皆さん引き上げましょう」

羽田は何食わぬ顔で言うと歩き、村井と松本も続く。
優之助は着いて行くべきか迷った。

「優之助さん、行きますよ」

羽田が振り向いて言うが、優之助は決めかねず立ち竦んでいた。

伝之助の方を見ると、伝之助は羽田達の方を見ていた。

吉沢を見ると吉沢は優之助を見ており目が合った。
しかし引き留める気配はない。

優之助は羽田の視線に耐えきれず、地面から足を引き剥がして着いて行った。
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