1.約束された幸福

文字数 1,002文字

 私から言えば、この国の人間はお人好しの馬鹿ばかりだ。もっと効率よく生きれば良いのに。
「素晴らしい出来だったわ、今度の継姉役も頑張ってね」
「はい!」
 講師の言葉に満面の笑顔で答えながら、私はそう思っていた。褒められるのは別に大したことじゃない。
 才能に溢れ、美貌を持ち、努力して技術もしっかり磨いている私が、他者から認められるのは当然のことだった。
 大切なのは『いかにも素直に講師の話を聞いている』というアピールのため、目を見て笑顔で頷いておくこと。
 そうして私の良い評判を広めて、いつか主役級を演じられるよう根回ししておく。
 私の笑顔が偽物かどうかなんて、この国の人間は一人として疑ったりしない。
「あ、おはよー」
「おはよう! えー、今日の服可愛いー!」
「おはよー!」
「おはよう! 今日の二時限目一緒だね、よろしくー」
 学校内のみんなが私に挨拶をする。人に好かれておくのも、今後を考えれば大切な要素だった。与えられた才能にあぐらをかかず、誰に対しても優しく接してお互いを高めようとする素晴らしい人間。
 そう周りに思い込ませる。私の価値を高め、より主役の座を得やすくする。無駄に敵を作らない。
 周りの全てが愚かであるなら尚更だ。
 日頃から気をつけているお陰で、私の評価は『優れた才能を持ちながらも、慈愛に満ちたこの学校で一番善良な素晴らしい人間』から動かない。
 貴族の一員ではなかったけれど、私は確実にこの学校で一番期待されていた。そして。
「あっ! おはようー!」
 甘い声を出して、私は一人の狼に駆け寄る。彼は一瞬驚いた顔をした後に、私を見てはにかむような笑顔を浮かべてくれた。
 彼こそかの有名な大狼王の息子。貴族であり、才能にも体格にも恵まれた素晴らしい狼。そして、私の恋人。
 彼と結婚すれば、私も晴れて貴族の仲間入りである。それも見越して、彼と出会ってすぐに私は猛烈なアプローチの末にお付き合いを始めた。
 私の叶えるべき、シンデレラストーリーの最後の一押しになる最高の伴侶。
 才能、美貌、性格、主役を演じることと貴族の仲間入りをする事で得られる収入や立場。そしてこの国で最高とも言える伴侶。
 もうすぐ私は、全てを手に入れる。
 彼と腕を組み、私は学校の廊下を歩く。道を譲る友人たちは、私のこの先の人生では紛うことなきただの端役だ。
 この世の春。約束された幸福を手に、私は優しげな笑みを讃えながら歩く。
 
 
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