第11話 繰り返す悪夢②

文字数 2,913文字

 ミカは目を覚ました。見慣れない白い天井、やけに白が眩しい。ミカはすぐに身体の自由が奪われていることに気づいた。腕を胸の前で交差させられた状態で白い拘束服により動きを制限されていた。
 逃げようと身体をくねらせるとその動きに合わせて、横たわっている簡素なベッドが金属の擦れるような音を奏でる。
 あたりを見回すと、その部屋は狭く、白一色で、ミカが横たわっているベッド以外何もない。あるのは足側の壁にある小窓付きのドアだけだった。
 まるで独房。もしくは精神病院の隔離室を思わせる部屋だった。
 ミカは疲弊しきっていた。なぜなら、それまで、自身が死ぬという結末の夢を幾度となく見せられていたからだった。次にどんな殺され方をするのかと思うと恐ろしくて仕方がない。
 しかし、同時にあることに気づいた。これまでは流動的に夢の中にあって、こんな風に思考する暇すらなかったように思う。
「ミカ」
 突然、ベッドの脇から現れた人物にミカは驚きに身体を強張らせた。
「フォーチュン……」
 そこには顔面蒼白のフォーチュンがベッドの脇で苦しそうにミカを見ていた。
「一体、何がどうなってるの」
 ミカはフォーチュンの顔を見て、敵じゃないことにひとまず安心すると、フォーチュンに訊ねた。
「わからない。どうやら、誰かに攫われたみたいだ」
 攫われた、フォーチュンの言葉にミカの記憶が徐々に蘇ってくる。

 ニューヨーク市警の地下駐車場、愛車のマスタングに乗り、前進させようとした次の瞬間、車の後方に何かがぶつかるような音がして、すぐにブレーキを踏んだ。
 何事かとサイドミラーを確認すると、車の後ろから、横たわる何者かの両足が見える。その足は白くか細く、靴を履いているが膝から下は生足が覗いていた。ちょうどスカートを履いている女性の足のようだった。
「嘘!」ミカは誰かを車でぶつけてしまったと思い、慌てて車から降りると、すぐに車両の後方へと駆け寄った。
 そこにはワンピースを着た年配の女性が横たわっていて、意識がないように見える。
「大丈夫ですか?」
 ミカが女性に駆け寄ろうとすると、背後に人の気配を感じた。恐らく物影に隠れて、この状況を待っていた人間の気配が。
 ミカが慌てて振り返ると、黒いパーカーのフードを被ったテディが、真後ろに立っている。
「しまった!」ミカが思考すると同時に、全身を電流が駆け巡る。テディの手の中にあるスタンガンから放たれた電流がミカの身体を強張らせ、その形のままミカは地面に倒れ込んだ。
 警察学校の洗礼として、実際にテーザー銃の電撃を食らう訓練を受けていたが、その時の電流よりも遥かに強く、意識が飛んでしまいそうなほど強力にテディのスタンガンは改造されていた。
 地面で痙攣するミカの首元にテディは容赦なく注射器の針を突き立てる。その中身を体内に注入されると、強張った身体がほぐされ、今度は骨が溶けてしまったかのように力が入らない。その中でも意識と眼球だけはまだ機能していて、ミカは必死の抵抗にテディを睨みつけた。
 テディの目に光はなく、自分を睨むことしかできないミカを見て、怪しく微笑んだ。
「何をしている!」
 テディは笑みを納めて声のする方を見た。物音に異変を感じたブライアンがテディの目の前に立っていた。
 テディはすぐさまブライアンに襲いかかる。ブライアンは身を引きながら、ホルスターの拳銃を抜き、覆い被さるように迫ってくるテディの胸に銃口を向けると、瞬時に安全装置を外した。
 地下駐車場に一発の銃声が轟いた。ブライアンの上に覆い被さるテディをブライアンは乱暴に押し退ける。ブライアンの放った弾丸はテディの胸の中心貫き、テディは目を見開き、わずかに身体を痙攣させている。その一発が致命傷となり、テディは動かなくなった。
「警部補!」
 ブライアンは起き上がると、すぐに倒れているミカのもとへ向かい、上半身を抱きかかえるように起こした。
「警部補! しっかり!」
 ミカは身体を起こされるとすぐにブライアンのうしろに立っている人物に気づく。
「逃げて」と叫ぼうとするが筋肉が弛緩して声にならず、ブライアンがミカの視線の先へと振り返ると、そこにはグレースが包丁を高々と掲げていた。
 ブライアンの右背部から、まるで受け入れてしまったかのように包丁が容易に身の内へ入ってくる。ブライアンは頭が痺れるような衝撃と背部の激痛に声を上げることもできない。グレースが包丁を引き抜くと、勢いよく血が流れ出る。ブライアンはグレースを取り押さえようと身体を返すと、グレースは容赦なくブライアンの腹部に包丁を突き立て、執拗に何度も何度も同じ動作を繰り返した。
「ああ……」
 ミカの目の前でブライアンが傷つけられていく。ブライアンが力なく倒れると、グレースはすぐに横たわるミカの上体を抱えて引きずっていく。ミカは倒れているブライアンに手を伸ばそうとするが、身体に力が入らず、遠ざかる姿を眺めることしかできない。
 そのままミカはマスタングの横に停車していた車のトランクへ乱暴に詰め込まれ、車はすぐに発進した。

「ブライアン……」
 ミカは歯痒さに声を詰まらせた。
 何者かに拉致され、延々と殺される夢を見続けさせられている。フォーチュンがいるということはまだ夢の中、恐らくドリームダイバーによって。
「アイム、アウト」
 ミカは脱出のための合言葉を唱える。しかし、何も起きる気配がない。ミカは悔しそうに天井を見上げた。
「何か、薬を盛られている。ここに逃げだすのがやっとだったんだ」
 わかっている、ミカは心の中で呟いた。フォーチュンに特別な力はない、ミカの深層心理を言葉にしているに過ぎないからだ。恐らく、ミカ自身が無意識に攻撃されていることに気づき、この場所に避難したのだろう。
 しかし、拘束されているイメージがあるということは、いまだ敵の手中にあるということ。
「一体、誰が……」
 ミカが口にすると、部屋の中にくぐもった音楽が聴こえてくる。サティの『ジムノペディ第一番』。館内放送のように流れる音楽にミカは聞き覚えがあった。
「そんな! まさか!」
 フォーチュンが天井を見上げながら声を上げた。
 実用化されたドリームダイバーの最初の対象者はギャレットであった。ミカは患者を装ってギャレットの遺棄した被害者の所在を探し当てるという任務のもと、ギャレットの夢に潜入した。そのとき、診察室で流れていたのがサティの曲であった。
「あいつはおかしくなって、警察病院にいるはずだろ!」
 ミカとの戦いの末、ギャレットはビルから落ち、そのショックから心神喪失になっていた。
 しかし、紛れもなく今、ギャレットと夢の中にいる。警察病院を脱走し、ミカに無限地獄を味わせるために。
「駄目だ、ここもすぐに見つかっちゃう!」
 フォーチュンの声に、ミカはわずかに顔を上げた。足元のドアの覗き窓に黒い人影が見える。曇りガラスのように人物の顔までは特定できないが、ドアの向こうに何かがいる。禍々しい気配を放ちながら、確かにそこにいるとわかる。
 ミカは焦りながらも思考していた。この状況をどう脱却するか。部屋のドアノブがゆっくりと静かに回る。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み