その7

文字数 1,821文字

 二週間が過ぎて、二度目のデートをすることになった。
 その間も、レモンとはほぼ毎日のように携帯で話していた。話すことといえば、いたってありきたりの内容ばかりで、今日何していたとか、何を食べたとか、ほとんど十代の子たちが話す内容と少しも変わらない。時々は、中年特有の嫌らしい話しもする。と、いうかどちらかといえば、レモンの方から、
「奥さんと一杯エッチしてるのー? どんなエッチしてるの? あーヤダー、どうせ奥さんのアソコをベロベロなめつくしているくせに」
「そんなことないよ、女房とは、本当に半年に一度あるかないかだから」
「噓おっしゃい、絶対に、嫌らしいセックスしているんでしょう、アアー、嫌らしー」
 とか言って、揶揄うように下ネタを振る。
「そんなことが一杯あるのなら、レモンちゃんと会うこともないよ」
「本当かしら?」
「本当だって、今我が家は、夫婦間に溝が出来ているンだ。だから君の癒しが僕の慰めになっている」
「ソーオ、ワタシはみんなから、キミは癒し系だと言われるのよ」
 と言って、レモンは得意になる。
 二度目のデートの行き先は、レモンの街とノブナカの町の中間に位置する観光地にドライブすることにした。
 料亭で懐石料理を食べることが目的だった。彼女は、そこの料理の一つ一つにケチを付けた。レモンは相当舌が肥えているらしく、ノブナカには十分過ぎる料理でも納得しない風である。
 行きはレモンの機嫌も良かったが、レモンによれば、自分の住む街から遠く離れたところに来ると、少々情緒不安定になるらしい。遠いと言っても車で二時間程度の距離ではあるが。
 帰る道中レモンの態度が明らかに不機嫌だった。どうして、不機嫌なのかはこのときのノブナカには知る由もない。
「どうしたの、どこか気分でも悪いの?」
「いいえ別に」
「何か、気に障るようなことでも言ったかね?」
「いいえ」
 レモンは、小さい子が拗ねるよう感じの不機嫌さを顔に出しながら、何か別のことを考えているようだった。
 ノブナカは、そっとしておこうと思い、そのまま黙って運転していた。レモンが好きそうな、ユーミンのラブソングを流しながら。
「そうこの曲よ、卒業写真、大阪で付き合っていたカレが車の運転しながら歌ってくれたわ。カレネー、とっても歌が上手なの」
「その彼とはどうして別れたの?」
「そうねー、結局は離れ離れになってしまったのよ、カレの仕事の関係で、だけどカレ、最後のお別れを言いにこの街まで来てくれて、ワタシずっと泣き続けたの、泣き続けて、カレが、仕事をあきらめてここに来てもいいといってくれたのね、だけど、ワタシ、カレには自分の夢をあきらめてほしくなかったから……」
「君が、その後、少しおかしくなったんだよね」
「ワタシ、それからしばらくは、家から一歩も外には出られなくなるし、ガラスのコップを触るのもこわくなって、夜は全然眠れなくなるし、本当にあのときはこのまま死んでしまうかもしれないと思った……」
「君をそれほどとりこにした男性が、どんな男か見てみたいな」
「それは本当チョウカッコいいから、腕なんて私の腕の大きさくらいしかないのよ、スリムで手足が長くて、長身で、本当にカッコいいんだから、それで一度実家に連れていってもらったの、芦屋にあるのよ実家、本当に大きな家で、お父様は大きな会社を経営しているお金持ちよ」
 レモンは、キミなんて足元にも及ばないし、同じ土俵で話しすら出来ない相手なのよと言いたげな視線をノブナカに浴びせた。それは、ノブナカ達庶民に対して、お嬢様育ちのレモンが始めて正体を現した瞬間のようにも思える。冷ややかな侮蔑を含んだ冷笑。
 結局、帰る車の中、ことごとくレモンが話す言葉に刺があるようで、ノブナカは冗句で返すことも出来ずに黙っていた。
 市街地に近づくとレモンの態度が和んできた。
 彼女は、戸惑うように相槌を重ねるノブナカに少し言いにくそうに、そして、いたずらっぽい表情で言った。
「あのー、これから一回会うごとに一万くれない?」
「エー、一万は高いンじゃない」
「そんなことないじゃン、だってキミ高給取りジャン」
 しばらく絶句して考えているノブナカに、
「嫌だったらいいよ、だけど、会うのはこれでお終いね」
「わかった、わかったよ。次から会った時に一万払えばいいんだろう」
「いやよ、今日からよ」
 車を止めてレモンに一万を渡した。
「ありがとう」
 と、いつもよりおどけた感じの声で、レモンが言う。
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