にごたん9

文字数 2,776文字

【カサブランカ】
【君の笑顔が見れるなら】
【冷やし中華】
【トリガーハッピー】


「ところで海の家で、なんで『カサブランカ』流してるの?」
「え? なにそれ」
「いや、カサブランカの曲だよ。映画の」
「ああ……」
 今年も夏がやってきた。おれは近所に住むシンさんの経営する海の家で、冷やし中華を食べながら、海の家のスピーカーから流れてるBGMに口出しをした。
 するとシンさんは、
「昔、ビデオで観た映画のサントラをひたすら流すようにしてんだよ」
「ふーん」
 三年ぶりに、シンさんの海の家がある海水浴場に、おれは来ている。
 しばらく上京してて、三年しておれは田舎に出戻りした。
 夢破れて田舎に戻ってくるには三年という月日は十分すぎる時間だった。
 おれは田舎に戻ってきてまだ二ヶ月しか経ってないこのタイミングで、海開きとともに、シンさんの仕事姿を久しぶりに見に、海へとやってきていたのだった。
 シンさんは言う。
「田舎だって馬鹿にして若者はどんどんいなくなって過疎ってきているけど、それでもおれは地元志向かなー」
「シンさんらしいや」
「あの事件もあったしなぁ」
「ああ」
「ほれ、焼きトウモロコシも食え」
「サンキュ、シンさん」
「いや、あとで金は請求する」
「なんだそりゃ」
「仕方ない。金がないなら身体で」
「遠慮します」
 海の家の奥の簡易キッチンに戻ったシンさんは、奥さんが受けたお客さんからのオーダーで焼きそばを作り始める。注文後につくるスタイルの店なのだ。
「おれ、ちょっと社会見学に行ってきます」
「あんまりナンパとかすんなよ」
「はーい」
 シンさんに声をかけてから浜辺を歩く。小さい子供たちがキャッキャと騒ぎながら砂のお城をつくっている。
 砂のお城をつくってるのは、三人の子供。男二人に女の子一人だ。
 男の子の一人が言う。
「秘密基地ってかっけーべ! かっけー秘密基地にすんべ!」
「しかしですね、ボンズ殿。拙者が思うにこれは一種の箱庭療法の一環として先生が許諾した遊びでしょう。秘密も基地も、なにもないのです。我々はただ、これからまた閉鎖病棟に戻るだけです。今回、ここへ来れただけで満足すべきで砂のお城など……」
「そうよ、ボンズくん。私たちって、たぶんお城とか、秘密基地とか、庭とか、そんなの頑張ってつくった思い出なんてない方がいいもん。意味づけしないでテキトーにつくりましょ」
 キャッキャとつくっているのかと思いきや、めちゃくちゃヘヴィーな内容っぽそうだった。会話がすでに人生と論理思考になりそうになっている。こりゃ無碍には出来ないなぁ、とおれは思って、子供たちに近づく。
「ハロー」
 おれが手を挙げて挨拶すると、子供たちは無言でぺこりと頭を下げた。
「お城つくってんの?」
「はい」
 女の子が頷く。
「わたしたち、砂のお城に住んでるから、ちょうどいいんです」
 子供らはまだ小学生の、高学年っぽいんだけど、なんかちょっととっつきにくい。
 でも、かまわないぜ。
 何故声をかけたかっていうと、お客さん、あまりいないんだ、ここ。さっきシンさんとナンパはするなという話をしたけど、ここらへん一帯が過疎ってる。浜辺にも、あまりひとはいない。
 その中で、子供三人だけでせっせと砂遊びをしているのだから、ちょっと寂しそう。他の子供は親子連れでなのにさ。だから、声をかけた。もちろん、保護者はついてきてるんだろうけども。
「にーちゃん! これね、お城じゃなくて秘密基地なんだ!」
 ボンズくん、と呼ばれていた男の子が、元気の良い声を出す。
「秘密基地かぁ。すげぇなぁ」
 なんとなく言ってみる。
「いえ、これは砂上の楼閣だと、拙者は考えますぞ。のう、ほのか殿」
「うん。すぐ崩れる」
 おれは感心する。
「難しい言葉、知ってんね」
砂上の楼閣とは「基礎がしっかりしていないために崩れやすい物事のたとえ。
再現または永続不可能な物事のたとえ」という意味の言葉だ。
 ほのかちゃん、という名前らしい女の子がつくる手を止めておれの方を見る。
「おにーちゃん。トリガーハッピーって知ってる?」
 今度はトリガーハッピーと来たか。なんなんだろう、こいつら。
「撃ち殺されたんだ、みんな」
「…………」
 知ってる。この町で起きた銃乱射大量殺人事件のこと。
 そういや、この子ら年齢が小学生で、銃乱射事件の舞台になった学校も、小学校だった。まだ記憶に新しい話だ。たぶん、あの事件の場にいたんだろう。
 いや、この町で小学生とエンカウントすれば、それはあの事件の関係者とイコールになるのが通常だろう。

 ……なんて、そんなことを思い出す資格が、おれにはない。
 思い出すまでもなく、頭の中にあるけれど。資格は、ない。

 この町で起きた銃乱射事件をきっかけにして児童心理学やセラピーの勉強をしようと上京して大学に通い、中途退学で出戻りしたのがおれだ。
 感想もなにもない。おれはこの子らを眺めた。
 話の筋から、この子たちは心的外傷を負って保護されているであろうことは容易に想像が出来たはずだ。砂の城に住んでる……、か。

 でも、それで声をかけたわけじゃないんだ、やっぱり。

「秘密基地さぁ、やっぱ巨大ロボが出てくる奴がいいよな」
「そんなのつくれるわけないでしょ!」
 ボンズくんとほのかちゃんが口論をはじめる。

「君の笑顔が見れるなら、なんてお仕着せがましくセラピスト目指す口実をつくる必要は、なかったよな」
「?」
 子供たちは、おれがなにを言ってるかわからず疑問符が頭の上に浮かんでいる。
 それでいい。最初からコミュニケーション取れてない。そんなもんだ。
「きみたちー。おいしい冷やし中華を食べたくないか」
「いやぁ、ナンパ! ナンパされてるの、私?」
「それはないでござるよ、ほのか殿」
「そりゃいいべ。ごちそーになろーぜ、二人とも」
「よし! じゃ、決まりだな。おれがおごってやるよ。保護者は?」
 首を振る三人の子供。
「うーむ。まあいいや。じゃあ、行こうぜ」
 シンさんの海の家を指さすおれ。
「ありゃさっきからダッセぇ曲流してるとこだべ」
「しつれいですよ! ねー、おにーちゃん」
 苦笑するおれ。
 こういう子たちと接するのに、資格なんて関係ないのかもしれない。おれにだって、この子らに冷やし中華をおごることくらいは出来るんだから。
「ねー、ねー、いこーよ」
「ダッシュすんべ」
「拙者は砂の感触を確かめながら歩くでござる」
「じゃあ、いくべ! よーい、ドン」
 海の家に向かって走る子供たちと、おれ。
 挫折して田舎に戻ってきちゃったけど、そんなおれにもまだ出来ることはありそうだ。

〈完〉
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