第1話 黄色の手紙

文字数 4,152文字

 僕の名前は“佐藤ヒロキ”、職業は売れない俳優をしている。

 数々の映画やドラマにも出演経験がある。とは言っても、名前すらないエキストラとしての出演のみで、交差点を歩く大勢の中の1人であったり、店内で酒を飲む客の1人といったように風景の一部としての出演だ。

 エキストラの仕事は基本的には自主参加制であり、当日現場に行って名簿に名前を書く。その後、監督に呼ばれれば、参加をしてお金を貰える。当日の撮影の流れによっては出番が無くなるなんて事は良くある話だ。その点においても名前のある役の俳優は羨ましいな、とは思ったりもする。

 僕が名前のある役を貰えない理由は、自分でも何となくわかっている。顔や見た目の特徴が無いからであると。

 顔はイケメンでも不細工でもなく、個性的でもなく、日本のthe平均といった具合で、身⾧体重もほぼ平均水準だ。売れている俳優の多くは、何らかの人を惹きつける特徴があり、僕みたいな見た目だと、良い方向にも、悪い方向にも目が留まらないんだと考えている。

 その日も、怪獣映画の撮影があり、怪獣に襲われて逃げる大衆の一人として、エキストラの参加予定があったので、準備するために早起きしたところだった。


ピロロン ピロロン ピロロン ピロロン

 大音量の目覚まし時計が鳴って、目が覚めた。内心うるさいなぁとは思うものの、この目覚まし時計は気に入っていた。特徴的な音色で不快感がなく、何よりもこの目覚まし時計を使ってから、寝坊を一度もしたことが無かった。

 起きたばかりで鉛のように重たい身体を無理矢理叩き起こし、出掛ける準備をするために朝支度をする。
 いつもと何ら変わらない日常だ。歯を磨き、シャワーを浴び、髪を乾かしてから外出用の服に着替える。

チーン

 そのタイミングで、オーブンの音がなる。用意していたトーストが出来上がったようだ。

 この流れは、佐藤ヒロキのモーニングルーティンで、365日全く同じ行動をしている。

 そして、出来上がったトーストに塗るイチゴジャムを取るために、冷蔵庫に向かう。

「あ、このイチゴジャムの消費期限、7月3日か。あれ?今日までじゃんか」

 イチゴジャムを手に取りながら、カレンダーのほうに目を配り、今日が7月3日であることを知ったと同時に、イチゴジャムの消費期限が今日であることに気が付いた。

 中身はそれほど多くも無かったが、一度で全て使い切れる量でもなく、捨てることになるんだろうなと思った。

 イチゴジャムのついたトーストを頬張りながら、テレビのリモコンを拾い上げ、いつものように電源を付ける。何やら物騒なニュースの話をしていた。

「昨晩、新宿で起きた母親刺殺逃亡事件の新情報ですが、近所の方の証言によると、息子は非常に気性が荒かったようで、毎晩のように親子喧嘩をしていたらしいです」
「ほう、逃げている犯人の息子さんには、どんな特徴があるんですか?」
「犯人の性別は男性で、身⾧約190cmの大柄、髪型は坊主、口髭を生やしており、瘦せ型で色黒の男性だったということです。」
「なるほど、結構大柄の男性なんですね、少しでも早い事件解決を願っております。続いてはスポーツです」
「それでは、8時10分になりました!!次はスポーツニュースのお時間で~す!」

 殺人事件のニュースを聞いて、ヒロキは2つの感情を抱いていた。

 1つ目は、犯人を羨ましいなと思ったことである。自分に彼のような身体的特徴があれば今よりも俳優として重宝される可能性はあると感じた。

 2つ目は、母親に関してである。ヒロキにも彼のことを何よりも大切にしてくれる母親がおり、毎日電話を掛けて来てくれている。

 売れない俳優、ヒロキ唯一のファンが母親であった。いつか俳優として売れて、母親に親孝行をするのがヒロキの夢であった。

 今回の他にも母親が関係する事件を見ると、どこか他人事に思えなくなる節があった。

 テレビのニュースを見ながら、コップに入った牛乳を飲もうとした時

バコン

 投函物受けに何かが入れられる音がした。

 ヒロキの住んでいるアパートは、玄関のドアに投函物用の口が付いているタイプで、そこに入れられた投函物は落下し、靴を脱ぐ場所、所謂“タタキ”の部分に散らかるようになっている。

(この時間に珍しいな)

 時刻は8時15分であり、新聞にしては遅すぎて、郵便物にしては早すぎることを疑問に感じてはいたが、音のなった玄関に投函物を取りに行った。

 タタキには、1枚の黄色のハガキが落ちていた。

 色の珍しさを感じながらも落ちているハガキを手に取り、見回した。

 表面には宛先が書かれているだけの、何の変哲もないものではあったが、差出人の住所と名前は記載されていなかった。

 裏面に見ると、中央に、一文だけが書かれていた。

【今日の君はエキストラだ。誰にも注目されてはいけない。】

 何かのイタズラとは思ったが、ヒロキが俳優としてエキストラをやっていることから、何か意味あって送られて来ているものかもしれないとも思った。

 何よりも、宛先に自身の住所と名前が書かれていることから、誰かが意図的に送って来たものであることは、明白であった。

(誰からも注目されるな・・・か。俺の人生みたいだな)

 今までの人生で、ヒロキはこの世界の主人公ではなく、自分が脇役であることは理解していた。テレビに映っている売れっ子の俳優やアーティスト、スポーツ選手等々、彼らがこの世界の主役であり、自分はそうではない側の人間であると思い知らされていたからである。

 人間として、ピラミッドでいう部分の下層であり、数多くいる内の一人に過ぎない人間であるという事に関して自覚を持っていたヒロキからすれば、日常生活で注目を浴びないということは容易であると感じた。

 時刻は8時20分を回っていた。

 9時の電車に乗る予定であるため、ヒロキは、最寄り駅へ向かい自宅を後にした。

 ヒロキの住んでいるアパートである“わかば荘”のすぐ近くには、小学校があり、3階に住んでいるヒロキの玄関から小学校の様子を見ることが出来る。

 土曜の朝早くであるにも関わらず、何やら学生が部活動をしている。自分も小さい頃は、彼らと同じように自分の人生を生きていたな、と感傷に浸りつつも、怪獣に襲われる名前も付いていないエキストラになるため、歩き出した。

 わかば荘の階段を下り、すぐ目の前の歩道を歩いていると、同じ道の100mほど先に知りあいのお婆ちゃんがこちらに向けて歩いて来ているのが見えた。

 お婆ちゃんの名は“ヨシミさん”といい、わかば荘の2階に住んでいる老婦人で、杖をついている事からもわかるように足腰が弱い。

ヨシミさんと同じタイミングで階段を昇る際は、手伝ってあげるというのが、ここわかば荘では暗黙のルールとなっており、ヒロキも手伝った回数は1度や2度ばかりではなかった。

 ヨシミさんはヒロキのことを孫同然のように可愛がっており、“ヒロ君”と呼ばれていた。

 電車に乗り遅れたくないためヒロキは小走りで歩く。ヨシミさんの歩くスピードはかなり遅いが、二人とも近づく方向に歩いているため、あっという間にヨシミさんとヒロキの距離が縮まって行く。

 ヒロキに気づいたヨシミさんが口を開く。

「あ、ヒロ君おはよう。今日も朝から元気だねぇ」
「おはようございます、ヨシミさん。朝から仕事なんですよ」
「がんばってね~」

 ヨシミさんと会話を終え、別れた10秒後、ヒロキは意識を失った。


ピロロン ピロロン ピロロン ピロロン

 大音量の目覚まし時計がなって、目が覚めた。いつもと何も変わらない朝だった。

 歯を磨き、シャワーを浴び、髪を乾かしてから外出用の服に着替える。

チーン

 用意していたオーブンがなった。トーストが出来たようだ。

 冷蔵庫から、いちごジャムを取り出し、消費期限を見る。

「あれ?最近切れたばかりじゃなかったっけ?思い違いか?」

 7月3日という数字を見て、カレンダーの方に目をやった。今日は7月3日だった。

 昨日は、2という数字を3に見間違えたのだと無理矢理納得した。

 そのまま、ニュースを見ようと、テレビのリモコンを拾い上げ、電源を付ける。

「昨晩、新宿で起きた母親刺殺逃亡事件の新情報ですが、近所の方の証言によると、息子は非常に気性が荒かったようで、毎晩のように親子喧嘩をしていたらしいです」

(あぁ昨日の事件の犯人、まだ捕まってなかったんだ・・・)

ヒロキは心の中で呟く。

「ほう、逃げている犯人の息子さんは、どんな特徴があるんですか?」
「犯人の性別は男性で、身⾧約190cmの大柄、髪型は坊主、口髭を生やしており、瘦せ型で色黒の男性だったということです。」
「なるほど、結構大柄の男性なんですね、少しでも早い事件解決を願っております。続いてはスポーツです」
「それでは、8 時10分になりました!!次はスポーツニュースのお時間で~す!」

(あれ?同じ会話してないか・・・?)

 そう思うと、机の上のコップを見た。牛乳が入っている。何かを感じながらも、コップをゆっくりと手に取り、口に付け、時計を見た。

8時15分

バコン

 玄関の方から音がした。今のところ全て見たことがある情景であり、次の展開もヒロキは見たことがあった。

(ハガキか・・・?いや、そんなわけないだろ。何かの間違いさ)

 そう思いながらも、おそるおそる玄関に向かい、タタキの方に目を向ける。

 ハガキがあった。それも見たことのあるあの黄色のハガキであった。

 ヒロキはハガキを手に取ると、裏面には見たことのある一文が書かれていた。

【今日の君はエキストラだ。誰にも注目されてはいけない。】

 寒気がした。そしてヒロキは自分の置かれている状況を何となく把握したような気がしていた。

(この後、玄関に出て、小学校を見るとグラウンドで学生が部活をしていて、道の向こう側からヨシミさんが来て、挨拶をしてくれる。その後は・・・)

 ヨシミさんの後が思い出せなかった。厳密には思い出せないのではなく、知らないという考えが正解であることはヒロキ自身が一番わかっていた。

 ヒロキは黄色いハガキにもう一度、目をやった。

 そこに書かれている <誰にも注目されてはいけない。> という文字が目に留まった。
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