第2話 7月3日
文字数 4,492文字
(もしかして、注目されたら振り出しに戻るのか・・・?)
その考えが頭をよぎった。一度試してみようと思い、ヨシミさんの居る道に向かった。
1回目の7月3日に比べて、3分ほど早かったためか、200mほど先にヨシミさんは居た。
早く確かめたいという思いから、ヒロキはヨシミさんの元まで走った。
「あらまぁ、ヒロ君。そんな急いでどうしたの?」
「朝から仕事ありまして、急がないと遅れちゃうんです」
時間は比較的に余裕はあったが、嘘をついた。
「ほんと、頑張り屋さんだねぇ」
その後、ヨシミさんと別れると前回同様に10秒後、ヒロキは意識を失った。
ピロロン ピロロン ピロロン ピロロン
大音量の目覚まし時計がなって、目が覚めた。いつもと変わらない朝だった。
歯を磨き、シャワーを浴び、髪を乾かしてから外出用の服に着替える。
チーン
用意していたオーブンがなった。トーストが出来たようだ。
冷蔵庫から、イチゴジャムを取り出し、消費期限を見る。
「やはり、戻っているな・・・」
前回は、この時点で気づかなかったが、今回の7月3日は、その反省も踏まえたことにより、日付の数字を見て、今まで起こった不思議な体験を全て思い出していた。
(今の時刻は8時ちょうどか、あと15分であのハガキが来る・・・)
そう思いながら、トーストを頬張り、いつもの癖でリモコンに手が向かっていた。
「あぁ、同じ新宿の母親刺殺逃亡事件の話か。見なくてもいいな」
リモコンを手に取るのをやめ、ヒロキは出掛ける準備をした。そして時刻は、8時15分になった。
バコン
あの黄色のハガキが落ちてきた。
ハガキを見ながらヒロキは考えていた。
(ヨシミさんと鉢合わせるのは、あの道を通るからだよな。別の道を使ってヨシミさんを避ければ良いだけか・・・)
わかば荘に住んで、五年ほど経っており、ヒロキはこの辺りの道は全て把握していた。駅までのルートで人通りが少ない道を選択するのは何ら難しいことではなかった。
頭で考えたルートに沿って歩いて行き、駅まで着いた。
いくら田舎の駅とはいえ、朝の時間帯なためか、ちらほらと人はいる。誰とも目を合わせないように、ぶつからないように細心の注意を払いながら電車に乗った。
土曜日のため、電車の席はかなり空いていた。
椅子に座ると、誰かに見られる可能性が高いと感じたヒロキは隅の方に立っていた。
「次は、五井~五井~。降車位置は左側~左側~」
プシャー―
扉が開くと、親子が電車に乗ってきた。
「ママ―、あのお兄さん、なんで隅っこの方にいるの?」
声の先に目をやると、娘と思われる少女が、ヒロキを指さしていた。
ピロロン ピロロン ピロロン ピロロン
大音量の目覚まし時計がなって、ヒロキは目が覚めた。
(なるほど・・・人の目に付かないように隅にいても、人の少ないタイミングだとかえっ
て怪しいのか・・・逆に次は座っていよう)
「次は、五井~五井~。降車位置は左側~左側~」
プシャー―
扉が開くと、あの親子が電車に乗ってきた。
「ママ―、あそこの、お外が見やすいところに行きたい!」
少女が指さしていた位置は、前回自分が居た位置だった。
「次は終点、木更津~終点、木更津~。足元に注意しながら、お降りください」
ヒロキは、何とか電車を降りて、駅からも出ることに成功した。
その後、目的地に着くまで、3回ほど7月3日を繰り返したが、何とか怪獣映画の撮影現場に到着した。
どこかの体育館だと思われる場所を利用した待合室には、100名近くのエキストラ希望者が集まっていた。
いつものように名簿に名前を書き、自分の名前が呼ばれるのを待つ。
1時間ほど経った後、スタッフの女性が体育館に入ってきた。どうやら、撮影が始まるらしい。一人一人の名前を呼び、名前の呼ばれた人は、プラカードを貰って待合室から出ていった。
スタッフの女性は名簿を見ながら、次々に名前を呼んでいく。そして
「佐藤ヒロキさん!佐藤ヒロキさん!いますか?」
ピロロン ピロロン ピロロン ピロロン
大音量の目覚まし時計がなって、ヒロキは目が覚めた。
モーニングルーティーンをこなしながら、エキストラの撮影に行くのは悪手であったこと後悔した。
自分のことを、この世界のエキストラだと思っていたヒロキは、意外なことに、社会生活において、全く注目されずに生きることが難しいことを身を持って思い知った。
(やっぱり今日は外に出ないほうがいいな・・・)
外に出れば、どこかには誰かの視線がある。家に引きこもることが、この状況の打開策であると確信した。
ヒロキの読みは当たっていた。今まで、“11時40分”が7月3日を過ごした中での最⾧時間であったが、今回はそれを大きく超えて15時25分まで7月3日を過ごすことが出来た。
(あのハガキの文章を考えると、恐らく24時まで今日を過ごせれば、終わるはず・・・)
引きこもったヒロキは、ここまでの苦労を阿保らしく感じていた。今まで周囲に細心の注意を払って過ごしてきたのに、こんな簡単なことも考えつかなかった自分に対しての感情でもあった。
そんなことを考えていた時、ヒロキの携帯が鳴った。
ヒロキの目線の先には、携帯の画面に映る15時30分という数字と、着信名にある母親という文字があった。
鳴り響く携帯をヒロキはずっと眺めていた。
ピロロン ピロロン ピロロン ピロロン
大音量の目覚まし時計がなって、ヒロキは目が覚めた。
朝のモーニングルーティーンをしながら、ヒロキは一つの不安を抱えていた。
(これは、とんでもなくまずい事になったな・・・)
完全な打開策課と思っていた引きこもりの最大の障害は、ヒロキの最愛の人である母親であったからだ。母親の息子を思う気持ちが、逆効果になっていることに対して絶望を感じざるを得なかった。
そして何よりもヒロキが絶望したのは、母親を止める方法がなかったからである。
ある一つの方法を除いては。
ヒロキはその答えを導き出すために熟考した。
-----------------------------------------------------------------------------------------------
母さんからの電話に出なかったのに、結局振り出しに戻されたということは、母さんが注目をした時点でアウトということ・・・母さんに何らかの方法で、電話を辞めさせても、僕のことを考えた時点でアウトだ。
母さんを眠らせるのは・・・?
いや駄目だ。母さんは、土曜日の9時から15時まで近所の百貨店のパートをしていて、そんな余裕はない。ここから、最短で母さん住んでいる実家に向かっても1時間30分。どう考えても間に合わない。
母さんを意識不明の重体にさせるのは・・・?
それも駄目だ。病院に行った時点で、恐らく親族である僕に連絡が来てしまう。
確実に僕を意識させず、24時まで経過させる方法は?・・・母さんを・・・殺す?
-----------------------------------------------------------------------------------------------
悩みに悩んだが、最悪の方法しか選択肢が無いことに気が付いてしまった。
最愛の母親を自らの手で殺害する。そんなこと到底できる訳がないと思ったが、それ以外に方法が思いつかず、ヒロキは時計の針が15時30分を指すまでずっと悩み続けた。
そして、携帯が鳴った。電話を掛けてきたのは勿論、母親だった。
「もしもし、ヒロキ?どう元気してた?」
母親はいつも、この言葉を最初に言ってくる。毎日電話してるから元気であることは知っているはずなのに。
「あぁ元気だよ。母さんこそ元気?」
「私はいつでも元気だよ。仕事は順調?」
「うん。順調だよ。今からドラマの撮影があって行かないといけないんだ。じゃあ切るね」
「いつも、いつも忙しそうね。また、実家に帰って顔でも見せてね。じゃあね」
母親とは毎日電話していて、話すこともないから、いつも理由をつけて早く電話を終わらせる。
ツーツーツー (電話が切れる音)
ピロロン ピロロン ピロロン ピロロン
大音量の目覚まし時計がなって、ヒロキは目が覚めた。
ヒロキはいつものように、モーニングルーティーンをこなした。しかし、いつもと違ったのは決意を固めたところだった。
(母さんのパートが終わるのは15時。そこから実家に到着するのは恐らく15時20分・・・15時20分から30分までの10分間が僕に与えられた時間だ・・・)
そうして、ヒロキは13時にわかば荘を出発し、予定の時間に着くように調整をして実家に向かった。
ヒロキの読み通り、母親は15時20分に帰宅してきた。
ガチャ
母親が実家の玄関カギを開け、ドアを開いた。
家に入って行ったのを確認して、覆面をしたヒロキも後に続く。
覆面をしたのは、少しでもばれないようにする意味もあったが、自分の視界を悪くして母親の顔を見えづらくする目的もあった。そうしなければ、実行できる気がしなかったからだった。
おそるおそるヒロキは玄関のドアを開けた。
ガチャ
「誰?」
母の声がする。声の方向的に母親はリビングにいるようだった。
場所がわかったヒロキは、そのままリビングに侵入し、持っていた包丁を母親に向けた。包丁を向けた時、ほんの一瞬だけ、母親の目と自分の目が合ってしまった。
ドスッ
ほんのわずかではあったが、ためらってしまったのもあり、急所に刺して即死させることが出来なかった。母親は痛みに苦しみながらうめき声を上げている。
即死させられなかったという後悔と、母親を刺してしまった罪悪感で押しつぶされそうになったヒロキは、覆面を外した。
「ごほっごほっ、ひっ・・・ひろき・・・?」
血を吐きながら母親が、虫の息で声を発する。
「母さん・・・。ごめん。本当にごめん・・・」
ヒロキはその場に泣き崩れた。
自分がした行動に対して、酷い自責の念にかられていた。
しかし、その反面、7月3日では初めて、他人に気付かれたことを心から良かったという感情も持ち合わせていた。
ピロロン ピロロン ピロロン ピロロン
大音量の目覚まし時計がなって、ヒロキは目が覚めた。
モーニングルーティーンをこなしながら、ヒロキは別の決意を固めた。
前回の7月3日に実家に向かった時間とは違い、8時20分に家を出て、最寄り駅まで向かった。
駅に着くと、9時発の木更津行きの電車を待った。怪獣映画のエキストラに参加しに行くために乗った電車と同じものだ。
「間もなく~間もなく~9時発、木更津行きの電車が到着します。黄色い線の内側までお下がりください」
アナウンスがホームに鳴り響く。
木更津行きの電車が、減速をしながら2番線に向かって走って来るのが見えた、その瞬間、ヒロキは線路に飛び出した。
キィィィィィィ
電車が急停止を開始するが、もう間に合わない。
ペチっという音と共に、線路内に血と肉片が飛び散った。
その考えが頭をよぎった。一度試してみようと思い、ヨシミさんの居る道に向かった。
1回目の7月3日に比べて、3分ほど早かったためか、200mほど先にヨシミさんは居た。
早く確かめたいという思いから、ヒロキはヨシミさんの元まで走った。
「あらまぁ、ヒロ君。そんな急いでどうしたの?」
「朝から仕事ありまして、急がないと遅れちゃうんです」
時間は比較的に余裕はあったが、嘘をついた。
「ほんと、頑張り屋さんだねぇ」
その後、ヨシミさんと別れると前回同様に10秒後、ヒロキは意識を失った。
ピロロン ピロロン ピロロン ピロロン
大音量の目覚まし時計がなって、目が覚めた。いつもと変わらない朝だった。
歯を磨き、シャワーを浴び、髪を乾かしてから外出用の服に着替える。
チーン
用意していたオーブンがなった。トーストが出来たようだ。
冷蔵庫から、イチゴジャムを取り出し、消費期限を見る。
「やはり、戻っているな・・・」
前回は、この時点で気づかなかったが、今回の7月3日は、その反省も踏まえたことにより、日付の数字を見て、今まで起こった不思議な体験を全て思い出していた。
(今の時刻は8時ちょうどか、あと15分であのハガキが来る・・・)
そう思いながら、トーストを頬張り、いつもの癖でリモコンに手が向かっていた。
「あぁ、同じ新宿の母親刺殺逃亡事件の話か。見なくてもいいな」
リモコンを手に取るのをやめ、ヒロキは出掛ける準備をした。そして時刻は、8時15分になった。
バコン
あの黄色のハガキが落ちてきた。
ハガキを見ながらヒロキは考えていた。
(ヨシミさんと鉢合わせるのは、あの道を通るからだよな。別の道を使ってヨシミさんを避ければ良いだけか・・・)
わかば荘に住んで、五年ほど経っており、ヒロキはこの辺りの道は全て把握していた。駅までのルートで人通りが少ない道を選択するのは何ら難しいことではなかった。
頭で考えたルートに沿って歩いて行き、駅まで着いた。
いくら田舎の駅とはいえ、朝の時間帯なためか、ちらほらと人はいる。誰とも目を合わせないように、ぶつからないように細心の注意を払いながら電車に乗った。
土曜日のため、電車の席はかなり空いていた。
椅子に座ると、誰かに見られる可能性が高いと感じたヒロキは隅の方に立っていた。
「次は、五井~五井~。降車位置は左側~左側~」
プシャー―
扉が開くと、親子が電車に乗ってきた。
「ママ―、あのお兄さん、なんで隅っこの方にいるの?」
声の先に目をやると、娘と思われる少女が、ヒロキを指さしていた。
ピロロン ピロロン ピロロン ピロロン
大音量の目覚まし時計がなって、ヒロキは目が覚めた。
(なるほど・・・人の目に付かないように隅にいても、人の少ないタイミングだとかえっ
て怪しいのか・・・逆に次は座っていよう)
「次は、五井~五井~。降車位置は左側~左側~」
プシャー―
扉が開くと、あの親子が電車に乗ってきた。
「ママ―、あそこの、お外が見やすいところに行きたい!」
少女が指さしていた位置は、前回自分が居た位置だった。
「次は終点、木更津~終点、木更津~。足元に注意しながら、お降りください」
ヒロキは、何とか電車を降りて、駅からも出ることに成功した。
その後、目的地に着くまで、3回ほど7月3日を繰り返したが、何とか怪獣映画の撮影現場に到着した。
どこかの体育館だと思われる場所を利用した待合室には、100名近くのエキストラ希望者が集まっていた。
いつものように名簿に名前を書き、自分の名前が呼ばれるのを待つ。
1時間ほど経った後、スタッフの女性が体育館に入ってきた。どうやら、撮影が始まるらしい。一人一人の名前を呼び、名前の呼ばれた人は、プラカードを貰って待合室から出ていった。
スタッフの女性は名簿を見ながら、次々に名前を呼んでいく。そして
「佐藤ヒロキさん!佐藤ヒロキさん!いますか?」
ピロロン ピロロン ピロロン ピロロン
大音量の目覚まし時計がなって、ヒロキは目が覚めた。
モーニングルーティーンをこなしながら、エキストラの撮影に行くのは悪手であったこと後悔した。
自分のことを、この世界のエキストラだと思っていたヒロキは、意外なことに、社会生活において、全く注目されずに生きることが難しいことを身を持って思い知った。
(やっぱり今日は外に出ないほうがいいな・・・)
外に出れば、どこかには誰かの視線がある。家に引きこもることが、この状況の打開策であると確信した。
ヒロキの読みは当たっていた。今まで、“11時40分”が7月3日を過ごした中での最⾧時間であったが、今回はそれを大きく超えて15時25分まで7月3日を過ごすことが出来た。
(あのハガキの文章を考えると、恐らく24時まで今日を過ごせれば、終わるはず・・・)
引きこもったヒロキは、ここまでの苦労を阿保らしく感じていた。今まで周囲に細心の注意を払って過ごしてきたのに、こんな簡単なことも考えつかなかった自分に対しての感情でもあった。
そんなことを考えていた時、ヒロキの携帯が鳴った。
ヒロキの目線の先には、携帯の画面に映る15時30分という数字と、着信名にある母親という文字があった。
鳴り響く携帯をヒロキはずっと眺めていた。
ピロロン ピロロン ピロロン ピロロン
大音量の目覚まし時計がなって、ヒロキは目が覚めた。
朝のモーニングルーティーンをしながら、ヒロキは一つの不安を抱えていた。
(これは、とんでもなくまずい事になったな・・・)
完全な打開策課と思っていた引きこもりの最大の障害は、ヒロキの最愛の人である母親であったからだ。母親の息子を思う気持ちが、逆効果になっていることに対して絶望を感じざるを得なかった。
そして何よりもヒロキが絶望したのは、母親を止める方法がなかったからである。
ある一つの方法を除いては。
ヒロキはその答えを導き出すために熟考した。
-----------------------------------------------------------------------------------------------
母さんからの電話に出なかったのに、結局振り出しに戻されたということは、母さんが注目をした時点でアウトということ・・・母さんに何らかの方法で、電話を辞めさせても、僕のことを考えた時点でアウトだ。
母さんを眠らせるのは・・・?
いや駄目だ。母さんは、土曜日の9時から15時まで近所の百貨店のパートをしていて、そんな余裕はない。ここから、最短で母さん住んでいる実家に向かっても1時間30分。どう考えても間に合わない。
母さんを意識不明の重体にさせるのは・・・?
それも駄目だ。病院に行った時点で、恐らく親族である僕に連絡が来てしまう。
確実に僕を意識させず、24時まで経過させる方法は?・・・母さんを・・・殺す?
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悩みに悩んだが、最悪の方法しか選択肢が無いことに気が付いてしまった。
最愛の母親を自らの手で殺害する。そんなこと到底できる訳がないと思ったが、それ以外に方法が思いつかず、ヒロキは時計の針が15時30分を指すまでずっと悩み続けた。
そして、携帯が鳴った。電話を掛けてきたのは勿論、母親だった。
「もしもし、ヒロキ?どう元気してた?」
母親はいつも、この言葉を最初に言ってくる。毎日電話してるから元気であることは知っているはずなのに。
「あぁ元気だよ。母さんこそ元気?」
「私はいつでも元気だよ。仕事は順調?」
「うん。順調だよ。今からドラマの撮影があって行かないといけないんだ。じゃあ切るね」
「いつも、いつも忙しそうね。また、実家に帰って顔でも見せてね。じゃあね」
母親とは毎日電話していて、話すこともないから、いつも理由をつけて早く電話を終わらせる。
ツーツーツー (電話が切れる音)
ピロロン ピロロン ピロロン ピロロン
大音量の目覚まし時計がなって、ヒロキは目が覚めた。
ヒロキはいつものように、モーニングルーティーンをこなした。しかし、いつもと違ったのは決意を固めたところだった。
(母さんのパートが終わるのは15時。そこから実家に到着するのは恐らく15時20分・・・15時20分から30分までの10分間が僕に与えられた時間だ・・・)
そうして、ヒロキは13時にわかば荘を出発し、予定の時間に着くように調整をして実家に向かった。
ヒロキの読み通り、母親は15時20分に帰宅してきた。
ガチャ
母親が実家の玄関カギを開け、ドアを開いた。
家に入って行ったのを確認して、覆面をしたヒロキも後に続く。
覆面をしたのは、少しでもばれないようにする意味もあったが、自分の視界を悪くして母親の顔を見えづらくする目的もあった。そうしなければ、実行できる気がしなかったからだった。
おそるおそるヒロキは玄関のドアを開けた。
ガチャ
「誰?」
母の声がする。声の方向的に母親はリビングにいるようだった。
場所がわかったヒロキは、そのままリビングに侵入し、持っていた包丁を母親に向けた。包丁を向けた時、ほんの一瞬だけ、母親の目と自分の目が合ってしまった。
ドスッ
ほんのわずかではあったが、ためらってしまったのもあり、急所に刺して即死させることが出来なかった。母親は痛みに苦しみながらうめき声を上げている。
即死させられなかったという後悔と、母親を刺してしまった罪悪感で押しつぶされそうになったヒロキは、覆面を外した。
「ごほっごほっ、ひっ・・・ひろき・・・?」
血を吐きながら母親が、虫の息で声を発する。
「母さん・・・。ごめん。本当にごめん・・・」
ヒロキはその場に泣き崩れた。
自分がした行動に対して、酷い自責の念にかられていた。
しかし、その反面、7月3日では初めて、他人に気付かれたことを心から良かったという感情も持ち合わせていた。
ピロロン ピロロン ピロロン ピロロン
大音量の目覚まし時計がなって、ヒロキは目が覚めた。
モーニングルーティーンをこなしながら、ヒロキは別の決意を固めた。
前回の7月3日に実家に向かった時間とは違い、8時20分に家を出て、最寄り駅まで向かった。
駅に着くと、9時発の木更津行きの電車を待った。怪獣映画のエキストラに参加しに行くために乗った電車と同じものだ。
「間もなく~間もなく~9時発、木更津行きの電車が到着します。黄色い線の内側までお下がりください」
アナウンスがホームに鳴り響く。
木更津行きの電車が、減速をしながら2番線に向かって走って来るのが見えた、その瞬間、ヒロキは線路に飛び出した。
キィィィィィィ
電車が急停止を開始するが、もう間に合わない。
ペチっという音と共に、線路内に血と肉片が飛び散った。