第3話 エキストラ

文字数 3,501文字

「おいおい、誰か飛び込んだぞ」
「いやぁぁぁぁぁぁ」
 ホームにいた人達が騒ぎ出す。

「ただいま、当駅で飛び込み事故がありました。車両を緊急停止しております。駅員が確認しておりますので、運転再開まで暫くお待ちください」
 ホームにアナウンスが流れる。

 駅員が、線路内で大きめの肉片と衣服などのゴミを回収し始める。

「伊藤さん!こっちにリュックがありました!ところどころ破れていますが、中身は無事のようです」
「了解。一度、中身を確認して、財布の中に運転免許証があるか見てくれ」
「ええと、あ、これか!ありました!」
「名前は何て書いてある?」

 後輩らしき駅員は、運転免許証の顔写真を見ながら口を開いた。

「佐藤ヒロキです」


ピロロン ピロロン ピロロン ピロロン

 大音量の目覚まし時計がなって、目が覚めた。いつもと変わらない朝だった。
 しかし、この日はベッドから起き上がることが出来なかった。

 自分は死んだと思っていたのにも関わらず、7月3日が訪れていることに恐怖して、身体が竦んでいるのがわかる。
 目を瞑ると脳裏には、迫ってくる電車の様子をハッキリと覚えていた。死というものの重さを感じざるを得なかった。ヒロキはなぜ、自分がまた7月3日の朝に戻ったのかが、起きたときには理解できなかった。

 そしてある仮説を考えた。

(確かにあの時、電車に轢かれて死んだはず・・・なのに、また戻っている。死んだ後でも注目されてもいけない・・?ドラマで良くある、髪の毛などのDNAから特定したのか?)

(・・・ってことはだ。自殺するのであれば、誰にも気付かれない場所で、死ななければいけない。いや待てよ。15時30分には母さんから電話が来るから、どちらにせよ意味がない・・・)

 ヒロキに残された選択肢は1つしかなかった。
 
 母親を殺す。これ以外に7月3日を注目されずに乗り切る道は無かったのである。

 体が震え、目からは涙が溢れえてくる。いつもであれば、ベッドから出て歯を磨いている時間ではあるが、今日は何もしたくなかった。

ヒロキはもう一度眠りについた。

 目が覚めると、時計は15時25分を指していた。

「あと5分後には、母さんから電話が来る・・・」

 全く上がらない気分をよそに、時間だけが過ぎていく。そして時計の長針が30の数字と重なった。

プルルルル プルルルル

「もしもし、ヒロキ?どう元気してた?」
「あぁ、母さん元気だよ。今日は母さんに話さないといけないことがあるんだ」
「え、どうしたの?」
「恐らく今日、俺は母さんを殺すことになる」
「え?」
「これは本当なんだ、信じてくれ」
「ウフフ、大丈夫よ。ヒロキのためならお母さん、何回でも死んであげる」
 
 その言葉を聞いたヒロキは感謝をしながら、意識を失った。


ピロロン ピロロン ピロロン ピロロン

 大音量の目覚まし時計がなって、目が覚めた。いつもどおりのモーニングルーティーンをこなし、準備をする。いつもと違うのは、準備がエキストラ役の準備ではなく、殺害の準備であることだけだった。

時刻は15時19分、ヒロキは実家の横にある電柱に隠れていた。

 実家前の細い道から母親が、自転車に乗って帰宅してくる姿が見えた。この光景をヒロキは見たことがあった。

 ガチャ

 母親が玄関のカギを開けて、ドアを開けて家の中に入っていく。この光景も2回目であった。

 ヒロキも後を続く。

 ガチャ

「誰?」
 母親の声がする。リビングから声を出していることは知っている。

 ヒロキは、包丁を取り出し、勢いよく走り出した。何も考えずに、ただ無心で
リビングに向かった。

ドスッ

 母親の心臓付近にちゃんと包丁が刺さり、動かなくなっている姿が見える。この光景は初めてだった。

 動かなくなった母親であった物体を、横に寝かせて床のカーペットで包んだ。
 出血が酷かったのもあるが、何よりも姿を見たくないという本心からだった。

「終わった・・・」

 すべてをやり切った達成感と、かけがえのないものを失った喪失感からヒロキはかなりの疲労を感じていた。

「少し横になろう」

 そう言うと、ヒロキはリビングのソファーに寝転がった。覆面を投げ捨てて、目を閉じ、深い眠りについた。


「・・・んん・・・今は何時だ?」

 目を覚ますと、外は暗くなっていた。腕時計に目をやると、時刻は23時40分を指している。
 リビングには、ひどい鉄の臭いが充満している。それが何なんかは考えなくてもわかった。

 ヒロキは立ち上がり、壁に掛けてあるカレンダーを見に行った。これまで散々自分を苦しめてきた7月3日が漸く終わると思うと、何とも言えない感情になり、日付を見たくなって来たからだった。

「長かった7月3日も、ようやく終わる・・・ん?なんだこれは?」
 
 ヒロキの人生で最も長かった1日である7月3日を見るためにカレンダーを覗き込んだが、別の部分に目が行った。
 
「7月1日と2日に“ハナマル”が書いてある・・・7月だけじゃない。6月も毎日書いてある・・・」

 今日である7月3日にはハナマルが付いていないことに疑問を感じながらも、カレンダーに大きめの付箋が貼り付けてあるのが見えた。
 付箋には、母親の手書きで何かが書いてあるのが見える。

【ルール①:ヒロキに電話をしたら、その日付にハナマルを付ける。ルール②:ヒロキが日本一の俳優になるまで毎日継続する。】

 その文字を見たヒロキは、涙を流しながら崩れ落ちた。
 立っている気力も残っていなかった。そして何よりも、世界の誰よりも自分を応援してくれている最愛の母親を失ったという事実を受け入れたくなかった。

 おもむろにヒロキは立ち上がると、玄関から家を出た。
 向かった先は、部屋に明かりの点いていない隣の家だった。

ヒロキはインターホンを連打した。時刻は既に23時50分を回っており、もう寝ているのか、誰も出ない。

庭の方を見た。リビングと思わしき部屋の“掃き出し窓”がある。

ガッシャーン

 ヒロキは迷う事なく、ガラスを突き破り、部屋に侵入した。ガラスの破片で手は血だらけになった。
 階段を駆け上がり、急いで部屋を一つ一つ開けていく。ドアノブには血がべっとりと付いている。
 そして、23時57分を回ったころヒロキは一人の老人が寝ているのを見つけた。

ヒロキのことを、小さい頃から良くしてくれていた人だった。

「起きてくれ!早く、起きてくれ!!」

 ヒロキは老人を揺さぶりながら、大声を上げる。高齢なためか、それでも中々起きる気配ははない。リミットである24時まで、猶予がないために、ヒロキの口調と老人を揺さぶる力は激しくなっていく。

「早く起きろって言ってんだクソジジイ!!早く、早く!!早く起きろ!!!」

「・・・んんん、なんなんだ!?あ、君は隣の家のヒロキ君じゃないか?」

 時刻は23時59分であった。


ピロロン ピロロン ピロロン ピロロン

 大音量の目覚まし時計がなって、目が覚めた。いつもと変わらない朝にヒロキが安堵した。
 モーニングルーティーンをこなしながら、ある別のことをヒロキは考えていた。

(誰が何のためにハガキを送って来ているんだ?この意味不明な状況をそいつなら、
知っているはず・・・)

 ヒロキはハガキが送られてくる8時15分が、新聞配達の時間でもなく、郵便配達の時間ではないことから、送り主本人が投函しているのではないかと疑っていた。

 最愛の母親を殺すという選択肢を選ばないためにも、そいつを捕まえて、このイかれた状況から抜け出す方向で考え直していた。

 そして、時刻はあの黄色いハガキは送られてくる8時15分まで、あと1分に迫ってきていた。
 
 ヒロキは10分以上前から、玄関の扉の前で待機しており、ずっと外の音を聞いていた。しかし、音は何も聞こえなかった。聞こえるとすれば、近くの小学校で学生達が騒いでいる声だけだ。

(8時15分まで、あと10秒・・・)


 電波腕時計の秒針を見たあと、意を決してヒロキは玄関のドアを開けた。

 玄関の前には誰もいなかった。しかし、あの音をヒロキの耳は捉えた。

バコン

 ヒロキの目の前に見慣れた黄色いハガキが落ちてくる。

 ハガキを拾って、裏面を見る。今までと何ら変わらない、あの一文が書かれている。しかし、じっくりと見ると違和感あった。

「ん?なんだこれは?」

 黄色いハガキが普通のものでなく、捲れるタイプの“圧着ハガキ”であることに気が付いた。

 ゆっくりと、捲っていくと、中のページには、また別の一文が書かれていた。
 
 その一文を見ると、自然とヒロキの口元は綻んでいた。


【君はこの小説の主人公だ。初めからエキストラには、なれやしないのさ】
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