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文字数 558文字

「あたし、この歌嫌いだな」
郁が言った。俺は返事をしなかった。
立ち止まって合唱部が歌っている方を見る。そばを何人もの生徒が通り過ぎていく。立って聞いてるやつもいるし、全く気にしていないやつもいる。
友達と泣いていたり、笑っていたりする。
卒業式の風景って毎年こんなものだ。
「こんなんさあ、みんな三日もしないうちに忘れちゃってるよね」
「そうかな、早くないか?」
「そうかあ、あたしはもっと早く忘れちゃう、明日にでも」
そう言って郁は笑った。
郁はそうかもしれない。
俺は?
というか、ここにきて先輩のこと思い出してるなよ、と自分にイラっときた。
もう、あの人の卒業から二年だぞ。いったい何やってるんだ俺は。
その間、彼女も作らなかった。告白されたこともあったのに。馬鹿か。
でも、もう終わりだ。あの校門を出るときに全部、置いていってやる。
二年、無駄にした。何やってんだ。……何やってたっけ。
ああ、ギターを弾いていた気がする。

正直、ギターに元々そこまでのめり込んでいたわけではなかった。やたらと弾いたのは、むしろ高二になってからだ。
先輩たちが卒業して四月になって、いつもの日々が繰り返される中、急に苦しくなる時があった。
あの人いないし。声も、音も、ない。
そんな時、なつき先輩の横で練習した曲を、何度も弾いた。そうしていると落ち着ける気がした。
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